聖夜に捧ぐ思い(前編)
クリスマス番外編です。本編第二章までのネタバレ含みます。
ローディア王国にクリスマスは存在しないので、パラレル設定です。
本編よりやや糖度高め?
はあ。
「……」
ふう。
「…………」
はああ。
「……溜め息ばかり吐いてないで、ちゃんと仕事しろ。阿呆王子」
「阿呆は酷くないか?」
「仕事もしないでぼんやりしてる奴を阿呆と言わないで何と言う」
「不敬罪でしょっ引かせるぞ」
「そういうことは敬われるような人間になってから言え」
そう言ってアルフレッドは積み上がった書類の山を指差した。
今日は十二月二十四日。世間はクリスマスのお祝いムード一色に染まり、家族や恋人と過ごす時間を楽しむ日。この日を一秒でも長く愛する人と過ごしたいと、休みを取ったり早めに帰宅したりする者は多い。
これは王城に勤める者達にもあてはまることだった。しかし職業柄、騎士団は全員が一斉に休む訳にはいかず、今日の休暇と昼番を巡って壮絶なバトルがあったと聞く。レイヤードはどんな勝負だったのか知りたかったが、勝負を仕切ったはずのアイザックは何も教えてくれなかった。
「やる気が出ない……」
休みという単語から最も遠いレイヤードは、空っぽのソファを見て何度目ともしれない溜め息を漏らした。
クリスマス・イブに休めないことは別に問題はない。彼自身に休暇などというものはほとんどなく、あったとしてもその休みはいつも突然生まれるもので、何か特別の日に休むなど一度もできた例がない。そんな状況に彼自身は納得していたし、事実去年までは何も不満はなかったのだ。
しかし、今年は違った。いや、休めないこと自体は問題ないのである。問題なのは、自分が休んでいないないのに休んでしまった人物だ。
「キャス……」
いるはずの席に彼女がいない。それはちょくちょくあることなのに、今日に限ってレイヤードの胸をざわつかせる。
クリスマス・イブの休暇をもぎ取った彼女は、ステップでも踏みそうな勢いで朝から出て行ってしまった。実家に帰るのかと問えば、そうではないらしい。行き先を訊いても上手くはぐらかされた。
「明日の朝には戻ってきますのでー♪」
堂々と朝帰り宣言された時は、この世が終わったと思った。クリスマス・イブに、自分の家以外の所へ、機嫌良く出かけて行く。しかも朝帰り。
死にたい。
誰だ、相手は。馬鹿兄はどうした。悪い虫は全排除じゃなかったのか。それとも兄公認なのか。
「レイ。仕事」
「やりたくない……」
「良い子にしてないと、サンタクロースはやって来ないぞ」
「サンタって……。いくつだよ」
「真面目に言ってるんだけどな」
苦笑いするアルフレッドに疑問を覚えたが、扉をノックする音でそんな思考も霧散する。
「殿下、今入っても宜しいですか」
「良いよ」
生きた死体と化しているレイヤードの代わりにアルフレッドが答えた。おいおいと、レイヤードが心の中で咎める。
今のレイヤードの状態は、王太子として他人に見せていい格好ではなかった。今日の護衛であるアイザックはともかく、どこかの大臣が見れば信頼を失いかねない。彼の失脚を狙う者なら尚更だ。しかし、今のレイヤードには外面を繕う気力すら残っていなかった。どこか投げやりな気持ちで扉が開くのを待つ。
「メリー・クリスマース!」
間の抜けた挨拶と共に入ってきたのは、思いもかけない人物だった。