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Deep Bond  作者: SRNEKO
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第二章 順藤恵莉の章

  順藤恵莉




 手軽に誰もが扱えるような銃というのが、インターネットを通じて容易に購入できるなどとは思いもしなかった。ただ法外な金を払いさえすれば、送り先の書いていない紙の貼られた発泡スチロールの箱に入れられた拳銃が届く。

 それを発砲したとき、その直後の爽快感といったらなかった。凄く気分が良かった。自分を殺そうとしていた人間を殺すことができた。最高ではないか。これさえあれば、私は菊田にだって負ける気はしない。あの人間の皮を被った男を、私は殺せる。

 彼を殺せば、すべては丸く収まる。彼がいたから、私が好きだった篁君は死に、そしてあいつに侵された亜季までもが死んだ。あとは彼が死にさえすれば良い。いや、そのあと私も死ぬべきなのだろう。このことに関わってしまった人間は、誰一人として生きていてはいけない。そんな気がする。

 あの菊田銀次は、ウイルスだ。すべての人間関係を破壊する。そして人々は争い、死に至る。それを彼は自由に引き起こせる。そんな人間がいていいのだろうか。否、そんなはずがない。神が存在するのであれば、絶対に菊田銀次を認めない。彼は存在すら許されない人間だ。

 私は、彼を殺さなければならない。


 私は亜季のような安易な考えはしない。彼女は頭も良く、それでいて人懐っこい性格であったが、あの男といることによって変わっていってしまったみたいだ。そうでなければ、私を殺そうなどと考えるはずが無い。

 何故なら、私よりも彼女のほうが優れているから。成績だって彼女のほうが上。それはすべてにおいてそうだった。私たちは親友であると同時にライバルでもあった。私はそう思っていたのだが、彼女は違ったのだろうか。いや、最初はそうだったのだろう。やはり何もかも、あの男が原因だ。あの男に関わることは許されない。


 私は、自室で寛いでいた。今週中にもあの男を殺さなければならない。それと同時に、私もこの世から消え失せなければならない。何故なら、私も亜季同様、あの男に侵され始めているからだ。

 私は変わってしまった。つい最近まで普通の大学生として、至って真面目な日常を過ごしていた。それはつまらないものであったが、けれどそれでいて充実した日々を過ごせていた。しかし篁君を殺した男の恋人が近くにいると知ったとき、彼女に接触せざるを得なかった。するとその人は、私が思っているような人間ではないことがわかった。きっと、あの男が篁君を殺したことを知らないのだと思った。だから彼女とは普通に接することができた。

 そういえば、彼女には私だけの秘密を教えたことがあった。私には、篁祐爾という従兄がいて、私は彼が好きだったということ。そして彼が一年前に菊田銀次を殺そうとして、誤って転落死したということ。それを聞いた彼女は、彼のことを知らないようだった。同じ高校に通っていても、顔を知らないということは良くある話だから気にはしなかった。けれども、篁君が幼い頃から一緒にいた菊田を殺そうとするなど、考えられなかった。

 篁君からは、菊田はとても良い人だと聞いていた。そして自分の兄のようだとも言っていた。それなのに殺そうとするなど、ありえない。きっと何かがあるはずなのだ。

 そして私は、亜季に頼んで菊田に会わせてもらった。私がそれを頼んだとき、彼女は嬉しそうだった。それほど自慢の恋人なのだと思った。

 それからまだ一ヵ月半。つまり、菊田銀次に会ってからたったの一ヵ月半で、私は親友を殺してしまった。自分が殺されるのが嫌で、ただそれだけの理由で殺してしまった。けれど後悔はしていない。私は彼女を救ったのだ。どんなに犠牲を払ってでも、あの男だけは殺さなければならない。

 そう思っていたある日のこと。その日は東京には珍しく、雪が降り積もっていた。

 私はいつものようにあの男を殺す方法を考えながら、家路についていた。ただその日は特別寒かったため、コンビニで暖かい食べ物と飲み物を買うことにした。おでんを専用の器に入れている最中に、背後から声を掛けられた。私は予想もしていなかった出来事に驚き、背筋が凍るような感覚がした。それと同時に恐怖した。

「あ、驚かせちゃったかな。ごめんね」

 菊田銀次。彼が私に接触してきた。私はおでんの具を器に入れながら答えた。

「……いえ、大丈夫ですよ。でも、なんで菊田さんがこんなところにいるんですか?」

「別にたいした理由は無いよ。ほら、亜季が殺されちゃったからね。その上車も無くなった。もう僕には何も残っちゃいないから、適当にぶらぶら歩いていたんだよ。そうしたら偶然見知った顔を見たからね。ついつい声を掛けちゃったんだ。もしかして、迷惑だった?」

 いつものユルイ表情で、そしてとても優しい声。これに騙される人がいるのは仕方の無いことだと思う。だけど私はその手には乗らない。そのことは彼も知っているはずだ。なのに何故?

「迷惑なんかじゃないですよ。ただ、あんなに遠いところから良く来たな、って」

 私は動揺しながらも、それを覚られないようにおでんの入った器と熱い缶コーヒーをレジに置きながら答えた。すると彼は財布を取り出し、千円札を店員に渡した。

「おつりはいらないです」

 彼はそう言って、蓋をされたおでんと缶コーヒー、割り箸の入ったビニール袋を持って外に出た。私は慌ててそのあとを追った。

 私は、彼の隣に立った。

「それ、なんで菊田さんが払ったんですか?」

「うーん、払いたかったからかな。それより、君の家に連れてってよ。僕、今住むところ無くてさ」


 私の部屋に、私と一人の男。この状況はまさに殺してくださいと言っているようなものだ。私は銃の入っている机の引き出しのすぐ前に座っている。そのためいつでも銃を取り出し、殺すことができる。だから私は、訊くことにした。

「何故、あなたはここに来たの? 殺されるのが目的なの?」

 彼は笑顔を崩さずに口を開く。ただ、いつもとは違う雰囲気だ。

「そうだね。殺されても良いと思っている。僕と深い繋がりを持ってしまった人は必ず死んでしまう。何故なんだろうね。死んで欲しくないと望んでも、彼らは皆死んでしまう。君、祐爾のこと好きだったんでしょ? 知っているよ。前に、君に告白されたと聞いたから。それと、亜季を殺したのは君だ。原因はやっぱり僕なんだけどね。ただ、関係のない人を巻き込んだのは君の責任だ。僕には関係ないよ。まあ、僕を殺したあと自分も死のうとしている人間には、何を言っても無駄なんだろうけどね。……しかし本当に辛いよ。大好きな人が、どんどん死んでしまうのだから」

 おかしい。彼は今にも笑顔を崩し、泣いてしまいそうな表情をしている。今までの彼からは想像もできないその顔に、私は動揺した。どんなときも笑顔で対応し、笑顔で人を騙すこの男。

 あなたは一体何者なの?

 否、この男は人を騙すためならば何でもするのだ。そして私はそれを知っている。だからこうしていつもと違う自分を見せているのだ。自分を信用させるために。

「亜季が死んで、二週間が経った頃だ。僕はマンションを引き払った。家具などは全部捨てた。何着かの服と、金さえあればそれで良い。まあそれの殆どが盗まれてしまって、今やこの服と財布しかないけどね。カードが盗まれなかったのは運が良かったよ。そのおかげで死なずには済んでいるから。しかしおかしいよね。この世に存在してはいけない自分は、生きるのに必死なんだから。死にたくないなんて思ってはいけない存在なのにね」

 ついに彼は表情を崩し、悲しそうな目をした。そのとき気付いた。この目は見たことがある。きっと、私はこの人を誰よりも知っている。写真ではあったけれど、あなたのその表情は、私の好きな人とまったく同じものだ。

 ああ、ずるいな。こんな顔されたら、殺したくても殺せないじゃない。

 私の手は、自然と机の引き出しから小振りな銃を取り出す。そして銃口は、私のこめかみに当てられる。これで良い。ほら、彼が笑っている。私の好きな彼のその顔が、笑っている。

 そうだ。あなたは、菊田銀次なんかじゃない。私の大好きな、篁祐爾だ。あなたのことを悪く言ったりしてごめんなさい。

 引き金を引く、カチリという音が、頭の中に響き渡った。







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