序章 篁祐爾の章
プロローグ 〜 篁祐爾の章〜
文武両道で、目鼻立ちが整い、常に笑顔を絶やさない優しく性格の良い男なんていうのは、僕としてはいてはならないと思う。神は人に二物を与えない筈であるのに、これではその言葉は間違いである。ということから(それだけではないが)、僕は神を信じていない。しかもその二物以上を与えられた男が、僕の幼馴染で、それでいて親友だというのだ。それは良いことでもあるのだが、同時に僕に対しての陰湿な虐めが繰り返されている。
彼の名前は菊田銀次。周りからはギンちゃんと呼ばれている。彼は現在一人暮らしをしているが、二年前までは家族四人で暮らしていた。そのときの家が、僕の家から道路を挟んだ向かい側にあり、僕らはまるで兄弟のようにして育った。
そんな彼は何でもできるし、容姿も申し分ないため、周りから多くの注目を集めた。そして高校生になってからというもの、いつも一緒にいた僕は、彼と比べられ、その存在自体にコンプレックスを抱くようになった。いずれそれは限界に達し、僕は彼を鉄柵の無い屋上へと呼び出した。ここには自分の腰の高さほどの塀しかないため、誤って人が落ちるということも可能性としては有り得る。創立以来、事故が無かったのは奇跡に近いように感じるが、僕はそれを感謝している。
彼が来て、塀の側で僕の思っていることを伝えた。僕のこの先の未来のため、君は邪魔なのだと。今まで仲良くしてくれて、ありがとう、と。そして僕は、彼を突き飛ばした。しかし彼は僕の腕を両手で掴み、目一杯引いた。そうして彼はギリギリのところでとどまり、代わりに僕は頭から裏庭に向かって落下した。
落ちている最中、彼が僕を見下ろしていることに気付いた。彼は口の端を歪め、微笑んでいた。
そのとき、僕は全てを覚った。
何もかも、彼の筋書き通りなのだ。きっと、だいぶ前から僕は不要だったのだ。いや、もしかしたら、出会ったそのときから、僕は邪魔者だったのかもしれない。彼の性格を考えれば、今まで僕が生きていたのは、ただ単に彼の気紛れだったのかもしれない。
嗚呼、全ては彼に関わってしまったのがいけないのだ。彼は、普通じゃないんだ。
そういえば半年前、彼に彼女ができた。僕らと同い年で、三年間クラス委員を務めた女性だ。そんな彼女も容姿端麗で、それでいて眼鏡が似合う知的な女性だった。僕は一年生の入学式の日、彼女を見たそのときから好きだった。一目惚れだった。けれど自分に自身のない僕は、告白する勇気などなかった。そして半年前、彼女は菊田に告白した。
僕は心からお似合いのカップルだと思った。二人ならうまくいく。こんな僕といるよりも、彼といたほうが、彼女も幸せになれる。そう思っていた。しかし彼の本性を知った今、彼女のことが心配でならない。
菊田銀次。もしも彼女を死なせたりしたら、僕は君を許しはしない。
決して、許しはしない――