貝合わせ
夢を見る。
そこは、洋のかけらも見当たらない、六畳ほどの和室だった。まっしろな障子の隙間から、ゆらゆら揺れる水面が見える。屋形船。そんな単語が、ぽこりと頭の中に浮かんだ。
僕は浴衣よりもしっかりとした生地の和服を着て、畳の上に胡坐をかいていた。和服なんか滅多に着ないはずなのに、それはやけにしっくりと、僕の身体に馴染んでいる。
「貝合わせって、知っていますか?」 内側に絵の描かれた大きめの貝殻を、桜色の和服の袂から取り出して、まだ若い女性がそう、訊ねてきた。夢の外の僕よりすこし年上の、もう何度も夢で、逢っている女性。長くて綺麗な黒髪が、彼女の動きに合わせてさらり、と流れた。
僕が応えないでいると、彼女はにこり、と笑顔を見せて、取り出した貝殻をことり、畳の上に並べた。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
「はまぐりの殻って、離された片割れとしか、ぴたりと合わせることはできないんです」
そう言うと彼女は、よっつの貝殻からふたつを取って、宿主が居たころの形にお互いを合わせた。ぴたり。ふたつの貝殻は、見事にひとつの貝のかたちになる。
それから、残りのふたつの内のひとつを取って、先程ひとつになった、その片割れと合わせる。僕は、彼女の貝殻を扱う手の動きを目で追っていた。
がり、と、硬質なものが擦れ合う音。貝殻と貝殻の間に、今度は、ちいさな隙間が出来ている。
ね? とその目を細くして、彼女は僕に、ひとつになれなかったかわいそうなそれを差し出した。手を、伸ばす。受け取るときにすこしだけ触れた手は、ひやりとしていてここちよかった。
夢を見ていると、自覚はしている。けれどこの夢はただの幻想ではないとも、僕はなぜだか、確信していた。これは、僕が今の『僕』になるずっと前に、一度生きた人生なのだ、と。
床に置かれた最後のひとつを取り上げて、渡されたそれと重ね合わせる。かちり、と軽い音がして、貝殻は今度こそ、きちんとひとつになった。ああ、本当だ。そう感嘆の声を零すと、彼女は満足そうに笑う。まるくておおきな目が、僕を見上げてゆっくり、瞬いた。
「ねえ、まるで、私と貴方みたいじゃあありませんか?」
それは、それはうれしそうな、子供のような笑顔だった。
◆ ◆ ◆
錆びた非常階段を昇る、かん、かん、と高い音。ひゅう、と温度の低い風が頬を撫でて、僕はすこしだけ、身震いをした。
いちばん上、屋上へ出られる扉の前に辿り着き、息を一度、深く吐く。扉の把手に手を掛けると、心臓の鳴る音が耳に届いた。とくり、とくり。
押し開いてやると、扉は軋んで、ぎい、とおおきな音をたてた。開ききったその向こうには、ちいさな人影がひとつ、僕に背を向けるようにして空を見上げている。
くるり、音が聞こえたのか、人影がこちらに振り向いた。長くて綺麗な黒髪が、風に吹かれてふわりと舞う。人影は、──彼女は、そのおおきなまるい目で、やってきた僕を不思議そうに見た。
息が、詰まる。
夢で逢うよりも、すこし幼さの残る顔立ち。和服ではなく、紺色のセーラー服に身を包んだ彼女は、僕を見てぱちり、と瞬きをした。
夢と違って、僕もブレザーの学生服を着ていた。一歩、二歩、と近付いて、僕はようやく、口を開く。なにを言うべきかは、すでにこころが知っていた。
「……貝合わせって、知ってる?」
丸い目が、瞬間、驚いたように瞠られる。かちり、どこかでふたつの貝殻が重なる音が、した。