第七章 恐怖?美少女吸血鬼ユリナ!
茨木市立北高校の正門の前には、一人の少年がたっていた。
「お待ちしておりました。私は、茨木市立北高校昼間部生徒会副会長の田中です。大江山高校生徒会長の四条あやめ様ですね?」
「あ、いや、拙者は高木理世だ。四条会長はこちら」
「おほん。わらわが四条あやめでごじゃる」
「これは、失礼を。天狗改役を代々つとめるお家柄のご息女と聞いておりましたもので、その……、強そうな女性かと……」
「四条家は、やんごとなき公家の家柄でごじゃる。強そうに見えなくて当然でごじゃる」
「で、そのう……。噂に名高い天狗党の猛者の方々は、どちらに……」
「ここにおるでごじゃる」
「あのう……。私の目には、強そうに見える女子高生が二名ほどうつってはおりますが……」
「うむうむ。高木殿は剣道のインターハイ王者でごじゃる。吉野殿は薙刀の全国大会でベスト・エイトの強者でごじゃる」
「吉野渚です。大江山高校三年、薙刀部主将です」
「拙者は、同じく大江山高校三年、女子剣道部主将の高木です」
「あの~。男子は中学生一人しかいないようですが……」
「男子中学生? そんなのどこにいるんですか、りよ先輩?」
「新田、おぬしのことだ」
「ええっ? 失礼な。わたしは高一です」
「で、コーイチ君も、何か武道を?」
「わたしの名前は、新田義朝です」
「あ、これまた失礼。で、こちらのネコ耳女子中学生と女子小学生は、どのようなご関係で?」
「メロはネコじゃないし、高三なんよ」
「立花メロ殿は、剣道の国体王者でごじゃるぞ」
「おおっ、そうでしたか。強そうには見えなくとも、実は強者なのですね。ということは……、さっきから気になっていたグラビア・アイドル星井さゆりちゃん似のコは……」
「早川優美、大江山高校三年、女子弓道部主将です」
「グラビア・アイドル星井さゆりちゃんって誰です?」
「バスト一〇二センチの超弩級新人です」
「ひゃ、ひゃくにセンチ……。DVDでてます?」
「でてます。僕も先月買いましたから」
「おおっ! 水着シーンあります?」
「新田、そんなこと聞いてどうするんだ?」
「いえ。水着シーンがあるなら、私も買おうかと……」
「バカ新田!」
「あ痛っ!」
「で、他の男子の猛者達は……」
「実は昨日、六十七人が入院する大バトルがあったのでごじゃる」
「そ、そうだったんですか。で、その大バトルも、相手は吸血鬼軍団だったのですか?」
「相手は、この新田殿ただ一人でごじゃる」
「うっ。普通の少年にしか見えないのに……」
「というわけで、大江山高校が誇る天狗党は壊滅したのじゃが、この新田殿がいれば千人力なのでごじゃる」
「ということは、そこにいる一見普通の女子小学生にしか見えない子も、実は武道の達人とか……」
「い、いや……、その話はさておき、さっそく茨木北高校の状況を話すでごじゃる」
「おお、そうでした。その話は、生徒会室で。時間も押しておりますし」
田中に案内されて、一行は、生徒会室へと向かった。
生徒会室には、昼間部の生徒会役員が勢揃いしていた。
「お待ちしておりました。私が茨木市立北高校生徒会長の山田です。既に時刻は午後一時を回って、時間が押しております」
「予定より遅れたのは、申し訳なかったでごじゃるが、こちら側の準備も、いろいろとあったのでごじゃる」
「時間もないので、お昼を食べながら作戦会議をしましょう。わがイバキタ高校名物のもやし弁当をご用意しております」
「茨城市の名物は、もやしなんですか?」
「いえ、そういう意味ではなく……。正式名称は焼き肉弁当なのですが、もやしばかり入っている上に、たまに焼き肉が一切れも入っていないものもあったとか、なかったとか……」
「ううっ。それでは完全に詐欺ですね。訴えたらどうですか?」
「焼き肉が一切れも入っていない、と騒いだ生徒は、卒業後、詐欺罪で刑務所を出たり入ったりしてるとか……。しかし、焼き肉弁当の件については、ウソではなかったのでは、という声がいまだにあるのです」
「ううむ。恐るべし、もやし弁当」
「新田、黙ってさっさと食え」
「あ痛っ!」
「で、吸血鬼軍団の件でごじゃるが……」
「はい。実はとても言いにくいのですが……」
「遠慮することはないでごじゃる。わらわ達は、鬼退治のプロ集団なのでごじゃる。大船に乗ったつもりで、任せるでごじゃる」
「その、人数が……」
「で、人数は、何匹くらいでごじゃるかな?」
「三〇〇人ほどで……」
「さ、三〇〇人?」
「りよ先輩、落ち着いて」
「う、ううっ……」
「はい。我が校は市立高校なので、夜間部があります。その夜間部の生徒の大半が、やられてしまって……。昼間部の生徒も一部、感染しています」
「せいぜい三〇匹くらいだと思っていたでごじゃる」
「今週に入ってから、爆発的に広がりまして……」
「血清は五〇人分しか持ってこなかったでごじゃる」
「血清? 何ですか、あやめ様?」
「うむ、これでごじゃる」
あやめは、自分のスポーツバックの中から、黒い箱を取り出した。その箱を開けると、プラスチック製注射器が、ぎっしりと詰まっていた。注射器には、透明の液体が入っていた。
「あやめ様、それって、覚醒剤ですか?」
「アホ! 人前で物騒なことを言うなでごじゃる! これは、ヴァンパイア・ウイルスの治療薬なのでごじゃる」
「ええっ! そんな便利なものがあるのですか?」
「うむ。これを打てば、感染して吸血鬼となった者でも、元の普通の人間に戻るのでごじゃる」
「元に戻るまでには、どのくらいの時間がかかりますか?」
「感染後何週間経っているかや、変異がどの程度進んでいるかにもよるでごじゃる。感染後一週間以内なら、二四時間ほどで元に戻るのでごじゃるが、感染後三週間以上なら、戻るのにも三週間はかかるでごじゃる」
「三週間は、けっこう長いですね」
「うむ。人間の細胞は普段から、約三週間かけて、古いものと新しいものとが入れ替わっているのでごじゃる。ヴァンパイア・ウイルスに感染して変異した細胞が、全部消滅して、普通の人間の細胞に入れ替わるのには、やはり約三週間かかるのでごじゃる」
「三〇〇余名のうちの大部分は、この一週間の間に感染したようです」
「わずか一週間で三〇〇人も?」
「はい。ねずみ算式に膨れあがったようで……」
「ところであやめ様、変異が進んで羽が生えているような吸血鬼は、どうですか?」
「うっ。そんな吸血鬼がいるんですか?」
田中副会長が絶句した。
「はい。短期間に大量の生き血を吸うと、背中から羽が生えてきて、空を自在に飛べるようになるのです」
「そういう羽付吸血鬼には、まだこの血清を試したことはないのでごじゃる」
「そうですか……」
「ということは、そういう特別な種類を除くと、その血清を打ちさえすれば、我が校の生徒全員が、無事に人間に戻れるのですね」
山田会長が、目を輝かせて尋ねた。
「その通りじゃが、数が……」
「しかし、そんな便利なものがあるなら、横浜であんなに死人を出さなくてすんだのになあ……」
「死人? 横浜での吸血鬼退治は、何人くらいだったんだ?」
「終わったあとに死体の数を数えたのですが、全部で一五八体ありました」
「げげっ」
「死体の処理が、大変だった……」
「そっちかい!」
「血清の数が五〇しかないということは、残り二五〇匹は殺しちゃうということですね、あやめ様」
「待つのじゃ、新田殿。今わらわの手元にあるのが五〇だけということでごじゃる。わらわの父上が理事長をつとめる四条大江山病院には、まだ在庫が残っているはずでごじゃる」
「ひょっとして、その病院で開発したものですか?」
「もちろんでごじゃる」
「その血清、関東にも回してくださいよ」
「昨年開発に成功したばかりなので、まだデータ収集が終わっていないのでごじゃる」
あやめは携帯電話を取り出すと、病院にかけるために、いったん席を外した。五分ほどで、戻って来た。
「在庫のうち五〇人分を、こちらまで車で届けに来てくれるそうでごじゃる。二時間ほどで着くそうでごじゃる」
「まだ、二〇〇人分足りないですね」
「それは、これから病院で生産するでごじゃる」
「その生産には、どれくらいの時間がかかるのですか?」
「原料のいくつかは在庫切れで、これから発注を出すため、二~三週間はかかるのではないか、ということでごじゃる」
「では、二〇〇人は殺しちゃいますか?」
「新田殿!」
「あの~。我が校の大切な生徒ですので、なるべくお手柔らかに……」
「でも、一〇〇人には今日血清を打つとしても、残り二〇〇人を、二~三週間どこかに監禁しておかなければならないとは……。それに加えて、人間に戻るまでにさらに三週間。合計六週間……。かなり困難ですよね」
「あの~、素人考えで恐縮ではございますが……」
「何でごじゃる、山田会長?」
「吸血鬼軍団のリーダーに説得してもらって、その期間中、自主的に待機してもらう、というのはどうでしょう」
「ということは、吸血鬼軍団には、リーダーがいるということでごじゃりますな」
「はい。写真を用意してあります。これがそうです。夏休み前の写真なので、感染前ですが」
「おお~!」
「新田、何を興奮しておる?」
「いや、これが興奮せずにおられますか」
「この写真の女が、どうかしたのか」
「す、すごい美人! まさに、絶世の美女!」
「そうか?」
「しかも、巨乳!」
「バカ新田!」
「あ痛っ」
「彼女は、夜間部三年の早乙女百合奈です。感染前から、不良グループのリーダー的な存在だったのですが、今では完全に、吸血鬼軍団のリーダーとして、三〇〇余人を掌握しております」
「で、この吸血女は、今どこにいるのでごじゃるかな?」
「はい。昼間は、吸血鬼軍団の大部分は、体育館の第一倉庫で寝ております。そして、ユリナと幹部達は、第二倉庫にいるようです。ちなみに、第一倉庫は、ステージの裏側にありまして、第二倉庫は、その二階です」
「では、その第二倉庫を急襲して、ユリナと幹部達に血清を打って人間に戻してから、他の連中を説得させましょうか」
「うむ、新田殿。その線で行くでごじゃる。では、準備をするでごじゃるか」
「あれ? あやめ様、ゴムチューブで左腕なんて縛って何するんですか? もしや覚醒剤?」
「いい加減、覚醒剤から離れるでごじゃる。血清を打つのでごじゃる」
「まだ感染してないのに?」
「感染前に打てば、予防薬になるのでごじゃる」
「ほう。それは便利な」
「しかし、効き目は二四時間程度しか持たないのでごじゃる。二四時間後には、血清の有効成分は、全て体外に排出されてしまうのでごじゃる」
「副作用は?」
「感染前に打てば、副作用はゼロでごじゃる」
「ほう。では、感染後に打った場合には、副作用があるのですね」
「そうでごじゃる」
「どんな副作用ですか?」
「死亡率が、三%ほどあるでごじゃる」
「ということは、感染者三〇〇人に打ったら、九人は死亡するということですね」
「うっ。我が校の生徒が、九人も死亡するなんて……」
「あやめ様、私にも一本打ってください」
「新田殿にも必要なのでごじゃるか?」
「わたしだって感染したくありません」
「横浜の吸血鬼退治の時は、どうしていたのでごじゃる?」
「その時は、返り血を浴びないように、これを着ていました」
新田は、自分のスポーツバックから、透明のビニール製レインコートを取り出した。
「では、今回もそれを着れば良いでごじゃる」
「あやめ様~!」
「痛いっ。髪を引っ張るな、でごじゃる」
「わたしにも一本くださいよう」
「じゃが、普通の人間には副作用がないことが実証されているものの……」
「今の言い方、わたしが普通の人間ではないような言い方ですね」
「おぬしは充分普通ではないぞ」
「りよ先輩まで、何ですか」
「新田殿は、不死身一族の末裔ではごじゃらぬか。オオカミ人間と同様、感染なぞしないのではごじゃらぬか?」
「ぜぇ~ったいに、感染します」
「なぜ断言できるんだ?」
「だって、普通のインフルエンザとか、ふつ~に、感染してますから」
「ええっ? おぬし、カゼをひくのか?」
「そうです」
「バカなのに?」
「りよ先輩、バカはカゼひかない、というのは、単なる俗説です」
「そうか?」
「そうです。今ここで、それを証明してみせましょう」
「どうするんだ?」
「あやめ様は、カゼひきますか?」
「むっ? なぜじゃ? ひくに決まっているでごじゃる」
「ほら。俗説であることが、証明されました」
「ちょ、ちょっと待つでごじゃる。わらわはバカではないから、カゼをひくのではごじゃらぬか?」
「いえ、バカなのにカゼをひいているのです」
「わらわは去年の冬もカゼをひいたでごじゃる。だからバカではないのでごじゃる!」
「だから、バカなのにカゼをひく見本が、あやめ様なのです」
「なんじゃそれは!」
「あの~、時間もだいぶ押しているので、準備のほうを……」
「おお、そうでごじゃる。こんなことをしていると、日が暮れてしまうでごじゃる。日が暮れたら、吸血鬼どもが起き出してしまうので、寝込みを襲う計画が台無しになってしまうでごじゃる」
「あやめ様~。血清、わたしにもくださいよ~」
「分かったでごじゃる。ほれ」
「あやめ様、さっきの手慣れた注射の様子、見事でした」
「そうでごじゃるか」
「というわけで、わたしにも打ってください」
「世話が焼けるでごじゃるな」
「お願いします」
「うむ。では、打ってつかわそう。腕を出すのじゃ」
「はい」
「どれ、どれっ、と」
「痛っ!」
「注射は、痛いものでごじゃる」
「痛っ!」
「痛っ!」
「痛っ!」
「痛っ!」
「これ! がまんするでごじゃる!」
「あやめ様、なぜ何度も針を突き刺すんですか?」
「静脈が見つからないのでごじゃる」
「見つける前に刺してたんですか?」
「新田殿には、静脈はないようでごじゃるな」
「そんなわけありません!」
「えっ? 静脈はありません?」
「そんなこと言ってません!」
「静脈は見つからないので、動脈に刺すことにするでごじゃる」
「そんなのやめてください! もういいです! 自分でやります」
「そうでごじゃる。高木殿達も、自分でやってるでごじゃる」
新田は、見よう見まねで、何とか自分に血清を打った。
「ところで、あやめ様。わたしとあやめ様が組むのは、これが初めてです。お互いに、使う武器の見せ合いっこをしましょう」
「うむ。では、新田殿の武器は、どんなものでごじゃるかな?」
新田は、スポーツバックから、金属製の大型懐中電灯を、二つ取り出した。
「まず、これは紫外線ライトです」
「うむ。わらわも持っているでごじゃる」
あやめは、自分のバックから、ペン型ライトを取り出した。
「ずいぶん小さいですね」
「大きいと、動きが鈍くなるでごじゃる。背後から吸血鬼に襲われることもあるでごじゃるからな。ペン型なら、すぐに振り返って紫外線を当てることができるでごじゃる」
「それで、そのライトの紫外線を当てると、吸血鬼はどうなるんですか?」
山田会長が、新田達に尋ねた。
「吸血鬼に紫外線を当てると、皮膚が火傷を負ったようになります。さらに長く当て続けると、肉が溶けて骨が露出します。吸血鬼になって何年も経っているような奴は、骨までヴァンパイア・ウイルスで変異しているため、骨も紫外線で溶けます」
「恐ろしい武器ですね」
「人間には、無害ですが。ほらっ!」
「なんで、わらわに当てるのでごじゃるかな?」
「いえ、普通の人間には無害なことの証明として。あやめ様は、ふつ~以下の人間の代表ではありますが」
「いいから、早く消すでごじゃる」
「なぜです? 紫外線を当て続けたら、何か起きるのですか?」
「シミやソバカスができたら、困るでごじゃる」
「ああ、そう言えば、紫外線は女性のお肌の大敵でした。たしかに、こうして当て続けている間にも、あやめ様の顔のシミが拡大して……」
「シミが拡大? どこじゃ?」
「目の下です」
「これはクマじゃ! 夕べは眠れなくて睡眠不足なのでごじゃる」
「遠足に行く前の晩は、興奮して眠れませんよね」
「吸血鬼退治は遠足と違って楽しい行事ではないわっ! いいからもう、紫外線を当てるな、でごじゃる」
「では、次に……」
「新田、拙者には当てるなよ」
「うっ。先を読まれてましたか。では、メロ、ちょっと手を出してみて」
新田は、紫外線をメロの手のひらに当ててみた。
「おっ。やはりだいじょうぶでしたね」
「当たり前でごじゃる。紫外線で怪我をするのは、吸血鬼だけでごじゃる」
「うち、ふつ~の人間なんやね」
「いや、その解釈は、違うでごじゃるぞ……」
「ひな子にも光当てて~」
紫外線を、ひな子の手にも当ててみた。
「はい。ひなちゃんも、だいじょうぶでしたね」
「ひな子も、これで、ふつ~の人間です」
「いや、それも違うでごじゃるぞ……」
「では、次の武器、いきます」
「むむっ? なんでごじゃるかな? その金属製の短い棒は?」
「これは、組み立て式の銀の槍です」
「ほほう。ねじ式になっておるでごじゃるな」
「一本三〇センチの銀の棒を、三本接続します。そして先端には、銀の穂先をつけます」
「純銀製でごじゃるか?」
「いえ。棒の中身は鉄製で、表面に銀の板が張り付けてあります。穂先は、先端部分は鋼鉄ですが、それ以外の刃は、銀製です」
「それで刺された吸血鬼は、大変でごじゃるな」
「そうです。銀がふれた部分は細胞が壊死するので、傷口がふさがりません。そのため、急所以外に刺さっても、出血多量で死ぬことになります」
「吸血鬼といえども、我が校の生徒ですので、なるべく殺さないでいただきたいのですが……」
「あれ? メロ、何逃げてるの?」
「うち、銀アレルギーやし」
「じゃあ、ちょっとだけ」
「ちょっとも無理やし」
「じゃあ、先っちょだけ」
「先っちょも無理やねん」
「先っちょだけだからぁ~」
「先っちょだけでもイヤやねん」
「何でそんなに、イヤなの?」
「銀に触ると、火傷したようになるねん。しかも、三日間くらい、傷が治らへんし」
「三日間も治らないんなら、止めておこうか。じゃあ次、ひなちゃんは、銀とか平気?」
「平気です」
「じゃあ、手を出して」
「はい」
新田は、銀の棒の端を、ひな子の手のひらに、軽く当ててみた。何も起きなかった。
「ひなちゃんは、だいじょうぶだね」
「当たり前でごじゃる。天狗には、弱点らしい弱点なぞ、ないのでごじゃる。新田殿と違って、ありとあらゆる病気にも感染しないのでごじゃる」
「あっ。ひょっとして、さっきの血清、天狗の血から作ったのですか?」
「非覚醒の天狗の血液を分析して、作ったのでごじゃる。非覚醒でも、天狗の血をひく者は、ヴァンパイア・ウイルスには感染しないのでごじゃる」
「そうですか。で、あやめ様の次の武器は?」
「ないでごじゃる」
「紫外線ライトだけですか」
「そうでごじゃる」
「威張って答えないでください」
「その代わり、血清を五〇人分も持って来たでごじゃる。そなたにも、一本あげたではごじゃらぬか」
「そう言えば、あやめ様は、天狗改役として、何か武道の心得があるのですか?」
「ないでごじゃる」
「今、得意げに答えましたね」
「当たり前でごじゃる。武道を身につけるのは、武家の者でごじゃる」
「たしかに、言われてみれば、そのとおりですね。では、やんごとなき公家の家柄の四条家では、何を身につけるのですか?」
「う~む」
「武家では、武道を身につけます。公家では、何を身につけるのですか?」
「むむむ……」
「何もないのですか?」
「能でごじゃる」
「答えは、ノーですか」
「そうでごじゃる」
「何も身につけなくていいとは、楽ですね」
「だから、能でごじゃる」
「だから無能なんですね、あやめ様は。いや待てよ。無能だから、何も身につけられないのかな」
「だから、わらわは能楽をやっておるのじゃ!」
「えっ? だからノータリンの学なしなんですって?」
「誰がノータリンでごじゃるか。伝統芸能の能楽でごじゃる」
「芸能ゴシップ好きのノータリンの学歴なし?」
「新田殿は、日本が世界に誇る伝統芸能の能楽を、知らないのでごじゃるか? ほっーほっほっ!」
「気味の悪い笑い方は、やめてください。たしかに、武家には縁遠いものなので、詳しくは知りません」
「そうでごじゃろうの~」
「とても難しいものだとは、聞いております」
「うむうむ。その通りでごじゃる」
「その難しい能楽を、若くして修めているとは、お見それいたしました」
「分かればよいのじゃ」
「能楽には、古武道などのように、様々な流派があるとか」
「その通りでごじゃる」
「で、あやめ様は、何流を修めておられるのですか?」
「うむ。四条流でごじゃる」
「おお! 自らの家の名を冠する流派があるとは、家元なのですね」
「うむ。独学でここまで来るのは、大変でごじゃった」
「独学? あやめ様、それって、自分で好き勝手に、テキトーにやってる我流っていうことですね」
「そうではごじゃらん」
「そうです!」
「あ、痛いでごじゃる! 髪を引っ張るな、でごじゃる!」
「テキトーな我流なら、そこら辺の道ばたで踊ってるバカ女子高生と同じです! 一瞬でも尊敬してしまったわたしがバカでした。あの瞬間のわたしの尊敬心を、返してください!」
「ち、違うでごじゃる! 一〇〇〇年前から四条家に代々伝わる流派が、あるのでごじゃる! しかし父上様は、後妻の娘ばかりをかわいがって、わらわには教えてくださらなかったのでごじゃる。だからわらわは、自分で四条家に伝わる秘伝書を読みながら、独学したのでごじゃる」
「秘伝書を読みながら独学とは、まるで、昔の香港カンフー映画の修行シーンのようですね。それで、能楽の妖精とかは出てきたんですか?」
「そんなものは、でてこないでごじゃる」
「では、どうやって細かい動作を覚えたのですか?」
「それは、妹の稽古を密かにのぞいて……」
「妹のケイコさんを密かにのぞくなんて、ストーカーですね」
「違うでごじゃる! じゃが、妹の話は、これ以上したくないでごじゃる」
「そうですか。しかし、そこまで実の父親に嫌われてるとは、あやめ様は幼い頃から、よほど酷い性格だったんですね」
「うっ。そなたには、いたわりや同情の心は、ないのでごじゃるか」
「えっ! 新田家に板張りの道場がないことを、なぜ知ってるのですか? うちの道場は畳敷きなので、剣道の練習には不向きなのです」
「そんなことは知らぬわっ!」
「なにをそんなに怒ってるんです?」
「もうよいでごじゃる。そういえば、他にも持って来たものがあるでごじゃる」
「何ですか?」
「これでごじゃる」
あやめは、バックの中から取り出した。
「ひょっとこのお面ですか」
「ひょっとこではごじゃらぬ! 天狗の面じゃ! そなたは、ひょっとこと天狗の区別もつかぬのでごじゃるか」
「プラスチック製ですね」
「うむ。天狗党員達のために、大量生産したのでごじゃる。新田殿の分も持って来たでごじゃるぞ」
「いえ、わたしは結構です」
「そう言わずに」
「いえ、ホントに結構です」
「なぜ、そんなに嫌がるのでごじゃるか?」
「だって、そんなお面かぶったら、ダサイですよ」
「ダサイ? そうか?」
「うわっ! りよ先輩、いつの間にひょっとこの面を!」
「天狗です!」
「うわっ! ゆみ先輩までかぶるなんて……」
「当たり前でごじゃる。わらわ達は天狗党なのでごじゃる。新田殿もかぶるでごじゃる」
「いえ、ちょっと……」
「新田くぅん、なぎさのお面、似合うっちゃ?」
「いえ。背が高い分、マジで天狗みたいで不気味です」
「ほれほれ、新田殿も、かぶるでごじゃる」
「マジで結構です」
「ダメでごじゃる。わらわ達は皆、天狗党なのでごじゃる」
「では、わたしは、天狗党プラスアルファということにしてください」
「なんじゃそれは。まるで、付け合わせのパセリみたいでごじゃる」
「それでは、天狗党フィーチャリングよっしい、ということで」
「なんじゃそれは! ラッパーかい!」
「アーティストと呼んでください」
「アホか! いいから天狗の面をかぶるでごじゃる!」
「ほんっとに、勘弁してください」
「わがままを言ってないで、ほれほれ、かぶるでごじゃる」
「やめてください」
「ほれほれ、かぶるでごじゃる~」
「押しつけないでください」
「ほれほれ、ほれほれ~」
「あやめ様、みょうに楽しそうですね」
「新田殿の嫌がる顔を見ると、無性に楽しくなってくるでごじゃる」
「そうですか」
「あ痛っ! 頭が割れたらどうするでごじゃるか!」
「デコピンくらいで頭蓋骨は割れません」
「あの~。もう二時をだいぶ回ってますけど……」
「で、あやめ様、今日の日没時刻って、何時ですか?」
「知らないでごじゃる」
「あ、や、め、さ、まあ~」
「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 髪を引っ張るな、でごじゃる!」
「もう初秋ですから、五時を過ぎますと、薄暗くなりますので、その前に、何とかしていただけますと……」
「分かってるでごじゃる。五時までにはカタをつけるでごじゃる」
あやめ達一行は、山田会長らの案内で、体育館へと向かった。
第七章・終




