第六章 勃発?膝の上争奪戦!
車の中。五人乗りの普通乗用車に、七人が乗っていた。ひな子は、りよの膝の上に座っていた。ひな子の翼は、背中の皮の下で折り畳まれていた。その上から、赤いワンピースを着ているので、服の上からは、翼はまったく見えない。ただ、背中の部分が、こぶのように盛り上がっているだけだ。
メロは、先ほどと同じく、新田の膝の上に座っていた。
「ご主人様ぁ。メロのおっぱい揉むの、やめてくださぁい」
「うっ、ごめん。つい、揉み心地がいいもので……」
「新田、小学生の前だぞ。少しはわきまえろ!」
「だいじょうぶです。ひなこも、もう大人ですから」
「お、おとな? 小五なのに?」
「それは、翼が生えた、ということでごじゃるかな?」
「いえ、大人の女の体になった、ということです」
「ええっ?」
「りよ、何驚いてるの? それって、初潮がきたってことでしょ」
「そ、そうか。一瞬あせったぞ。考えてみれば、そうだよな。拙者も小五の時だったし」
「りよ先輩、何だと思ったのですか?」
「いや、別に……」
「あ痛っ! いきなりまたエルボーですか」
「ひなこは、もう一つの意味でも、もう大人です」
「ええっ?」
りよと新田が、同時に驚きの声をあげた。
「小学校の保健の授業で、習いました」
「あ、習っただけか」
「実際にやってみました」
「ええっ!」
「授業中ですけど」
「授業中?」
「はい」
「授業中に、実際にやってみたって、それどういうこと?」
「担任の女の先生が、ではみなさん、女子は男子のパートナーを選んで、ビデオのようにやってみましょう、って言ったの」
「な、なにをやるんだ?」
「えっと……。なんていったか……。名称は忘れちゃったけど、女子が男子の上に乗るんです」
「乗ってどうするの?」
「腰を、前後に動かすんです」
「ううっ。それって……」
「その女教師は、アカでごじゃるな」
「アカってなんです、あやめ様?」
「アカとは、共産主義者のことでごじゃる。奴らは最近、フェミニズムやらジェンダーフリーやらを表の看板にして、全国の小中学生や高校生に、洗脳教育をしているのでごじゃる」
「教室で、教師の前でやったということは、女子も男子も服を着ていたということだな?」
「はい。だけど、ひなこもイキました」
「ええっ~!」
りよ、あやめ、新田の三人が、いっせいに驚きの声をあげた。
「ゆ、許せん、その女教師……」
「ひなこ、先生にほめられちゃった。自立した大人の女は、男に頼らず、自分でイケることが重要です。これから毎日、自分一人でイケるように、家でも練習しましょう、って言ってました」
「な、何を練習するんだ?」
「マス……、マス何とかです。何でしたっけ、おねえちゃん?」
「せ、拙者にふるな!」
「りよ先輩、なぜわたしのほうを見るんですか?」
「新田、おぬしが答えろ。もちろん、適切に、だ」
「適切に、っていうところが困難ですが……」
「マスカット」
「なぎさ、でかした! そうだ、ひなこ、マスカットだ」
「マスターベーションよ」
「ゆみい~! なぎさの努力をなぜ踏みにじるんだ?」
「りよ、落ち着きなさい。もう小五なのよ。正確な知識を知っておいたほうが良いわ」
「し、しかし……」
「ひなちゃん、マスターベーションは、何も恥ずかしいことではないのよ」
「い、いや、恥ずかしいだろ、やっぱり……」
「そうです。恥ずかしいことではありません。で、ゆみ先輩は、週に何回マスターベーションをしてるんですか?」
「他人に答えることではありません!」
「恥ずかしくないんでしょ?」
「プライベートなことは、他人に話すことではありません!」
「ゆみ先輩、ガード硬すぎ……」
「ひなこも、おにいちゃんの膝の上で、マスターベーションしたいなあ」
「ええっ?」
「だって、このおねえちゃん、さっきからマスターベーションしてるよ」
「メ、メロは、なんもしてへんよ」
「だけど、さっきから小刻みに腰を動かしてるよ」
「こ、これは、がまんしてるんよ」
「メロ、何か様子が変だぞ!」
「がまんしてるのに、体がほてってきて……」
「それでさっきから腰をゆすってるのか……」
「ああ~~!」
「どうしたでごじゃる?」
「髪の中から、ネコ耳、いや、イヌ耳が出てきた!」
「犬じゃないんよ。オオカミの耳なんよ」
「どっちでもいいわっ! 早く変身を止めるでごじゃる!」
慌ててあやめは車道の脇に車を停め、脱兎の如く車外に逃げ出した。続いて、他の女性陣も、車外に逃げ出した。
「メロ、がまんして止めるんだ!」
「で、でも自分では……」
「じゃあ、こうしてやる」
新田は、左右の拳をメロのこめかみに当てて、力を入れた。
「い、痛い!」
「がまんだ、がまんするんだ」
「いやぁん。そんなとこ、グリグリしないでぇ~」
「がまん、がまん」
「い、痛いよぅ。もう堪忍してぇ~」
「おさまったか?」
「う、うん。なんとか……」
「だけど、まだ耳が出たままだぞ」
「中途半端な状態で、おさまったから……」
「それに、スカートの下から出ているものは、何だ?」
「しっぽです」
「ひっこめろ!」
「はい」
メロは少し腰を上げると、スカートの下に、尾を引っ込めた。
「それって、スカートの下に隠しただけだろ」
「はい。股の間に挟みました」
「新田、メロはどうなった?」
車の窓から中をのぞき込み、りよが尋ねた。
「とりあえず、おさまったみたいです」
「とにかく、メロを新田殿の膝の上にのせるのは、危険でごじゃる」
「たしかに。しかし会長、車は定員オーバーですし……」
「ひなこ、おにいちゃんの膝の上にのりたい!」
「なぎさも、のりた~い!」
「いえ、なぎさ先輩は遠慮してください」
「そうだ、それが良いアイデアではないか。拙者の膝の上にメロをのせるのはイヤだしな。なぎさが新田の上で、メロは一人で座る。これで一件落着だ」
「それは、ちょっと……。そうだ! じゃんけんで決めましょう」
「じゃんけん?」
「そうです。メロ以外は全員参加で」
「わらわは車の運転があるから、参加しないでごじゃるぞ」
「会長、あたしも車の運転免許を持ってます」
「ええっ? 早川殿、いつ取ったのでごじゃるか?」
「今年の夏休みです」
「ゆみ先輩は、ちなみに、何回目の挑戦で合格しましたか?」
「一回目よ」
「あ、や、め、さ、まあ~」
「何じゃ、その目は?」
「車の運転免許って、簡単に取れるんですね……」
「な、何を言っておるのじゃ。それよりそんな話はさておき、さっそくじゃんけんじゃ! 一回勝負じゃ! 最初はグー、じゃん、けん、ぽん!」
「あ……」
「決まったでごじゃるな」
「りよぉ~ん、なぎさに譲ってぇん」
「ダメだ!」
「なんでぇ~」
「勝負は勝負だ」
「でも~」
「たかがじゃんけんであっても、勝利は勝利だ。よって、この勝利を他人に譲ることはできん。なぎさ、敗者はおとなしく引き下がるのだ!」
「えぇ~ん」
「りよ先輩、どうせなら、ゆみ先輩に譲ってあげてください」
「譲らんと言ってるだろうが」
「あたしは結構です」
「新田、拙者がそんなにイヤなのか?」
「イヤというか……、りよ先輩のほうが、わたしより少し背が高いし……、それに体重も……」
「体重は、拙者のほうが軽いだろ」
「そ、そうですかね……」
「あ痛っ! 拳で鼻を殴んないでください! 曲がったらどうするんですか!」
「おぬしならすぐ治るだろ」
「鼻は軟骨ですから、曲がった状態で固定化してしまうんです。だから、鼻はやめてください」
かくして、新田の膝の上には、りよが座ることとなった。新田の左にはメロが座り、その膝の上には、ひな子が座った。
車は、再び走り出した。
「あ痛っ! 鼻にエルボーするの、やめてください!」
「ひとのうなじに息を吹きかけるからだ! 気色悪い!」
「違います! りよ先輩のポニー・テールが鼻に入って、息が苦しいんです」
「なに? ひとの髪を鼻の穴に入れて遊ぶな! 変態め!」
「遊んでなんかいません! マジで息しづらいんです。この髪、何とかしてください!」
りよは、ポニー・テールの髪をほどいた。
「これでどうだ?」
「助かります。これで息もしやすく……」
「こらっ!」
「あ痛っ! エルボーするの、やめてくださいよ~!」
「おぬしが、いやらしいことをするからだ」
「別に、何にもしてません」
「では、この手は何だ?」
「これは、シートベルトの代わりです」
「シートベルトが、拙者のへそを撫で回すのか? おぬしはへそフェチか!」
「あ痛っ!」
「お、今度は上にきたか。さらしを撫で回して、楽しいか?」
「いえ、楽しくありませんでした」
「だったら、その手は下におろしておくのだ」
「はい」
「あ痛っ! 何でまたエルボーするんですか?」
「脇腹を撫でるな! くすぐったいだろ!」
「だって、他にさわるところがないし……」
「だったら、さわるなボケ!」
「りよ先輩、て、手を握らないでください」
「この手が悪さをするからだ。こんな手、握りつぶしてやる」
「ううっ。すごい握力。だけど、この程度なら、潰れません」
「では、こうだ!」
りよは、思いっきり力を入れた。
「どうだ!」
「ううっ」
「どうだ新田、痛いか?」
「す、少し……」
「お、おぬし、ちょっと待て!」
「そう言われても……」
「何か、硬くて熱いものが、拙者の尻にあたってるぞ」
「だって、りよ先輩が腰を振るから……」
「振ってないぞ! 両手に力を込めただけだ!」
「だけど……」
「おい、バカ新田、その硬いもの、何とかしろ!」
「む、無理です。だって、りよ先輩のお尻、柔らかくて……」
「いやらしいこと言うな!」
「あ痛っ! エルボーやめてください」
「おりゃ、おりゃ、おりゃ~!」
「エルボーの連打やめてくださぁい!」
「こら! どういうことだ! ますます大きくなってるぞ!」
「エルボーしながら、りよ先輩がお尻を振るからです」
「わかった。それなら、これでどうだ!」
りよは向きを変え、新田と向かい合った。
「な、なんです? だっこちゃんスタイルですか?」
「違う! マウントポジションだ!」
「そ、そうですか?」
「おりゃ!」
「痛い! 拳で顔面を殴んないでください!」
「おりゃ! おりゃ! おりゃ! これで少しは頭を冷やせ!」
「やめてくださぁい~」
「早く何とかしないと、顔面がボコボコになるぞ! おりゃ!」
新田は、りよの拳を避けようとして、りよの胸に抱きついた。
「こ、こら! 拙者のEカップに気安く抱きつくな!」
「さらしが硬くて気持ちよくありません」
「だったら、さっさと離せ!」
「イヤです! 鼻が潰れたら一大事ですから」
「離せ、この! この! この!」
「りよ先輩、そんなに腰振らないでください」
「腰なんぞ振っておらん……」
「りよ先輩!」
「バカ新田!」
「腰振らないで~」
「おぬしこそ下から突き上げるな……」
「うううっ」
「あああっ!」
「りよ! あんた今もしや、あたしの新田君で……」
「このおねえちゃん、マスターベーションで、今イッたよ。次はひなこが、おにいちゃんの上で、イキたいなあ」
「新田くぅん、りよなんかでイッちゃダメぇ~」
「まだイッてません。危うくイクところでしたが……」
「今度は、なぎさが新田君の膝の上にのるぅ~」
「や、やめてください」
「りよ、ちょっとどいて」
「押すな、なぎさ……。ううっ。体がガクガクして、力が入らん……」
りよはなぎさに押し出されて、新田の足下に尻もちをついた。
「なぎさ先輩、重いですよ」
「新田くぅん!」
「あ、ダメです! キスしないでください!」
「あはぁ~ん」
「ダメです! 舌入れは禁止です!」
「じゃあ、こっち」
「そっちはもっとダメです! ズボンのチャック、下ろさないでください!」
「ねえねえ、ネコ耳のおねえちゃん、さっきから何ぶつぶつ言ってるの?」
「ネコ耳じゃなくて、オオカミの耳なんよ。興奮しないように、集中して数を数えて、見ざる聞かざる言わざるしてるんよ」
「数を数えるなら、羊さんにしたら?」
「そやね。ほな、羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……」
「なぎさ先輩! パンツ下ろさないでください!」
「羊が七匹、羊が九匹……」
「八匹目が抜けてるよ。食べちゃったの?」
「羊を食べる? あぁん。よだれが出てきちゃった」
「おねえちゃん、牙が生えてきたよ」
「ええっ? ほんま? 羊じゃ食べたくなっちゃうからダメやん。牛が一匹、牛が二匹、牛が三匹……」
「牛を数えて、眠くなる?」
「えっ? 牛丼が六杯、牛丼が八杯……、ダメや、目が冴えてきたやん! 牛もおいしそうやし。あぁん。よだれが……」
「おねえちゃん、牙が伸びてきたよ」
「集中、集中、集中……」
「新田君すごい! カッチカチ!」
「ダメです! 直接さわるのは反則です!」
「集中、集中、集中! そや、まずそうな動物ならいいやん」
「じゃあ次、カマドウマとか」
「そやね。カマドウマが一匹、カマドウマが二匹、カマドウマが三匹、カマドウマが、げっ! まずそうで吐きそうになってきたやん」
「ああっ! ダメです! なぎさ先輩!」
「やった! ついに新田君と合体!」
「なぎさ! おぬし……」
突然、車が急ブレーキをかけた。
その反動で、なぎさは新田の膝の上から、りよの上に落ちた。
「なぎさ、重いぞ。さっさとどけ!」
「あやめ様! また黒猫ですか?」
「着いたでごじゃる」
「た、助かった……」
新田は慌ててズボンを上げて、車外に逃げ出した。
「危うく、なぎさ先輩の中でイッてしまうところだった……」
「なぎさ、おぬし、合体なぞして……。痛くなかったのか?」
「痛い? あんたが新田君といちゃついてるのを見てたら、十二分に濡れちゃったわ」
「そういうことではない。おぬし、もしや、初めてではないのか?」
「えっ? まさか! そんなわけないでしょ」
「ええっ! 知らなかった。女子寮では、一年生の時から同室だったのに……。いったい、いつの間に?」
「あれっ? 言わなかったっけ?」
「聞いておらんぞ」
「昨年の夏合宿の時に、先輩にやられちゃったのよん」
「ううっ。一年以上も前に……」
「あやめ様、そこの建物が吸血鬼の根城ですか?」
「これはただの公民館でごじゃる。根城となっている茨木北高校は、その奥じゃ。高校には駐車場がないので、公民館の駐車場を借りるのでごじゃる」
「りよ、あんただって、剣道部の後藤君と……」
「バカ言え、そんな関係ではない!」
「ええっ! まだやらせてあげてないの? 後藤君かわいそう」
「バカなことを言うな! そんなふしだらなこと……」
「ということは……。りよ、あんたまだ……」
「うわぁ~! そんなことより、ここはどこだ~!」
「りよ先輩、ここは茨城県だそうです」
「茨城県? ドアホ! 茨木市の間違いだろうが!」
「あ、やはり茨城県ではなかったのですね。おかしいとは思いました。しかし、京都に茨城市なんて市があるとは……」
「ちなみに茨木市は大阪府だ」
「ええっ? いつのまに大阪府に? 京都にいたはずなのに……」
「そんなに驚くな。京都府と大阪府は隣どうしだ。なお、茨城県と茨木市は、漢字が一字違うぞ」
「そんなこと、言われなくても分かります。県と市は、まったく違う字です」
「ギとキだ!」
「えっ? ぎとぎと? 何が?」
「バカ新田!」
「あ痛っ!」
「こら! いつまでもじゃれ合ってるな、でごじゃる! 各自、さっさと自分の荷物を持つでごじゃる。みなの衆! これから吸血鬼退治じゃ!」
あやめはそう言って、車のトランクを開けた。一同は、各自荷物を手に取り、茨木市立北高校へと向かった。
第六章・終




