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『てんぐと~』  作者: あずま ときお
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第四章 変身?オオカミ少女メロ!

 「あやめ様、それで、どんな強者なんです?」

 「うむ。良い質問じゃ。吸血鬼が苦手とするものといったら、なんでごじゃるかな?」

 「やっぱり、銀でしょう。奴らは銀にふれると、その部分の細胞が壊死(えし)してしまいます。鉄の刀で切り裂いても、その傷口は数十分で治ってしまいます。しかし、銀のナイフで切り裂けば、傷口が壊死してしまうため細胞は再生せず、出血多量で死んでしまいます」

 「うむ。良い答えではあるのでごじゃるが……」

 あやめは、既に車から降りていたりよに、視線を転じた。

 「高木殿!」

 「はい、会長」

 「吸血鬼の苦手なものは何じゃ?」

 「え~……。十字架ですか?」

 「それは映画の見過ぎじゃ。次、吉野殿」

 「えっ? 聖水、とか……」

 「それも映画の見過ぎ! 次、早川殿」

 「狼男」

 「その通りじゃ」

 「なるほど! ナイスなアイデアです、あやめ様。吸血鬼の天敵と言えば、狼男。狼男には、ヴァンパイア・ウイルスは感染しません。そのうえ、パワー、スピード共に、吸血鬼をはるかに凌駕(りょうが)します」

 「その通りでごじゃる。これから、そのオオカミ人間をリクルートしに行くのでごじゃる。では、新田殿、制服を着替えるのじゃ」

 あやめは車の後ろに回り、トランクを開けた。

 「これから行く高校の制服ですか?」

 「これを着るのじゃ」

 「あの~。これって、セーラー服ですけど」

 「そうでごじゃる」

 「そうでごじゃる! じゃないでごじゃるる……、あ痛! 舌かんだ」

 「いいから、さっさと着替えるでごじゃる」

 「あやめ様にそんな趣味があったとは……。無理です。そんな趣味には、つきあえません」

 「趣味ではごじゃらん。これは高度な作戦でごじゃる」

 「許嫁の女装を見て楽しむのが高度な作戦なのですか? ただの悪趣味です」

 「これから行くのは、女子高なのじゃ」

 「げげっ! 狼男ではなく、オオカミ少女なのですか?」

 「そうでごじゃる」

 「それじゃあ、女子陣だけで行ってください」

 「新田殿、そなたの力が必要なのじゃ」

 「無理です。わたしは男ですから」

 「大丈夫じゃ」

 「絶対ばれます」

 「ばれないように、小道具も用意してあるでごじゃる。これじゃ」

 「アフロヘアのかつらですか……」

 「それにサングラスと、花粉用マスクじゃ」

 「こんなの身につけると、大昔のスケバンみたいですね」

 「それで良いのでごじゃる。これから、殴り込みに行くのでごじゃる」

 「ええっ? それがあやめ様の高度な作戦ってやつですか?」

 「それ以外の方法では、オオカミ女をおびき出す方法はないのでごじゃる。いいから、早く着替えるでごじゃる」

 「でも……」

 「これは、鬼退治に関わる命令でごじゃる」

 「ううっ。そう言われると、逆らえません」

 新田が、着替え始めた。

 「新田くぅん、そのパンツ、どこのブランド?」

 「だめです! なぎさ先輩、パンツを引っ張らないでください!」

 「吉野殿、いちゃつくのは仕事が終わってからにするでごじゃる」

 「は~い」

 新田が、スカートをはいた。

 「あれっ? あやめ様、このスカート、長すぎるんじゃないですか?」

 「それでいいのでごじゃる」

 「でも、すそが足首までありますよ」

 「不良少女は、皆そうでごじゃる」

 「そ、そうかなあ。いまどきそんなスケバンいないと思いますが」

 「いいから、着替え終わったら、わらわについて来るでごじゃる」

 

 * * *


 あやめと新田の二人は、市立長岡京女子高校の校門の前に着いた。

 「よいか、新田殿。これからは、いっさいしゃべってはならぬでごじゃる」

 「はい、分かってます。しゃべると、声で男だってばれますからね」

 「それから……」

 「まだ何かあるんですか」

 「不良少女達とのケンカは、打撃技は禁止じゃ」

 「ええっ? 何ですかそれ?」

 「当たり前じゃ。そなたが殴ったり蹴ったりすると、全員病院送りになってしまうでごじゃる。他校でそんなことをしたら、四条家の政治力をもってしても、警察沙汰になってしまうでごじゃる」

 「ううっ。そんなこと言われても……」

 「分かったでごじゃるな」

 「はい……」

 あやめは、校門をくぐった。新田が、後に続いた。

 広い校庭の向こう側に、四階建ての校舎があった。

 あやめは、校門を入ってすぐに足を止め、校舎に向かって大声で怒鳴った。

 「こちらにおわすは、大江山高校の総スケバン、新田よしこ様でごじゃるぞ! ナガジョの腰抜けども、痛い目にあいたくなければ、よしこ様に服従するのじゃ!」

 すぐに、校舎の全ての窓から、女子高生達が顔を出した。

 一人の不良少女が、窓から怒鳴り返した。

 「いい度胸やん! たった二人で乗り込んでくるなんて。あんたら二人とも、桂川に沈めたるで!」

 新田が、小声でささやいた。

 「あやめ様、かつら皮って、どんなかつらですか? このアフロヘアかつらと、何か関係あるのですか?」

 「いいから、黙ってるでごじゃる」

 三分もしないうちに、校舎から、五〇人ほどの不良少女が出てきた。

 「あやめ様、どれがオオカミ少女ですか?」

 「まだ出てきておらぬでごじゃる。いいから黙っておれ」

 「あんたら、いい度胸やん! ボコボコにしちゃるで!」

 「よしこ様、どうぞ!」

 そう言ってあやめは、一歩後ろに下がった。

 新田は、無言で一歩前に出た。

 「そうかい、タイマン勝負ちゅうわけかい。ほな、まずは一年坊、誰か行けや!」

 「はい。うちが行きます」

 一人の不良少女が、前に出た。背は低いが、体格は良い。つかつかと新田に近づくと、いきなり頭突きをかましてきた。

 新田は上体を左に傾け、その頭突きをよけた。

 同時に、左手で少女の右そでをつかんで引っ張り、右手で少女の左肩を押した。右足を少女の右足にかけながら。

 柔道の技、大外刈りだ。

 少女は、勢いよく後ろに倒れた。後頭部から地面に叩きつけられ、白目をむいて失神した。

 不良少女達が、一気に殺気だった。

 「次、二年坊、誰か行け!」

 「うちが行きますよって」

 長身の不良少女が、前に出てきた。

 「おりゃ!」

 少女が、殴りかかってきた。オーバーハンドの右ストレートだ。

 新田は、左手刀でその拳を払うと同時に、左手で少女の右そでをつかみながら引き寄せ、右手で少女の胸ぐらをつかんだ。

 次の瞬間、新田が後ろを振り返った。

 少女の体が、宙に浮いた。

 背負い投げだ。

 少女は、背中を地面にしたたかに打ちつけ、悶絶した。

 「い、意外と、強いやん」

 「総番、どないします?」

 「しゃあない。全員でいっせいにかかるんや! 全員、行けや!」

 その号令と共に、五〇人ほどの不良少女達が、いっせいに新田に向かってきた。

 新田も、自から進んで前に出た。そして、不良少女達のそでや胸ぐらや奥襟(おくえり)をつかむと、次々に柔道の技で投げ飛ばした。

 新田につかまれた少女で、三秒以上立っていられた者は、誰もいなかった。全員、つかまれてから一秒か二秒で、地面に叩きつけられた。

 三分もたたないうちに、一人を除いて、全ての不良少女が、失神した。

 「あとはそなただけでごじゃるぞ」

 あやめが、新田の後ろから、総番に声をかけた。

 「ナガジョを甘く見ると、痛い目みるで! うちらにはな、最強の裏番がいるんやで!」

 「では、はよ呼ぶでごじゃる。さもないと、そなたもボコボコになるでごじゃるぞ」

 「メロ様~! うちらに助太刀を~!」

 総番が、天を仰いで叫んだ。

 「うるさいって。もう来てるし」

 「メロ様!」

 総番が、後ろを振り返った。

 そこには、一人の小柄な少女が立っていた。長い髪を茶色に染めているが、不良少女には見えない。

 「どうしたん、これ?」

 「こいつが、たった一人で、あっという間に……」

 「へえ。そんなに強いん?」

 「メロ様、お願いします」

 「そなたが、立花芽露(メロ)でごじゃるか?」

 「そや。あんた誰なん?」

 「そなたに決闘を申込みに来たでごじゃる」

 「あんたとそっち、どっちねん?」

 「こっちのよしこ様でごじゃるが……、ちょっと待つでごじゃる」

 「なんやねん?」

 「ここは人目が多すぎるでごじゃる。互いに潜在能力を最大限に発揮するには、人目のないほうが良いのではごじゃらぬか」

 「ほな、隣の公園にでも行こか。あそこなら、周囲に木が生い茂っていて、外からは見えへんし、今の時間帯なら、誰もおれへんやろ」


  * * *

 

 あやめ、新田、メロの三人は、公園に向かった。

 公園の中心の広場には、りよ、なぎさ、ゆみの三人がいた。

 「これって、待ち伏せなん?」

 メロが、不快そうな顔で尋ねた。

 だが、あやめはメロのその言葉を無視し、新田に呼びかけた。

 「新田殿、もういいでごじゃるぞ。マスクとサングラスを外すでごじゃる」

 新田は、マスクとサングラスを外し、かつらをとった。

 「あ~、恥ずかしかった。このかつら」

 「あ、あんた! 男なん?」

 「そうです。あやめ様、スカートも脱いでいいですか。なんか、スースーする感じがイヤなんですけど」

 「女に暴力を振るう男は、最低やん」

 メロは、強い怒気のこもった目で、新田をにらみつけた。

 「あんたのことは、許さへん! 覚悟しい!」

 「ちょっと待った!」

 りよが、大声で怒鳴った。

 「立花メロ、ここで会ったが百年目、いや二年目。おぬしを倒すのは拙者だ!」

 「あんた誰なん?」

 「げっ。拙者のことを覚えておらぬのか?」

 「ぜんぜん。前に会ってるん?」

 「拙者は、大江山高校の高木理世だ!」

 「覚えてへんなあ」

 「思い出せ! 一年の時の国体予選京都府大会だ」

 「決勝で当たったのは、上級生やったから、もう卒業してるはずやしなあ」

 「準々決勝だ」

 「そんなもん覚えとらへん」

 「拙者は、同学年の者に負けたのは、あの時が初めてだった。あの屈辱は忘れん!」

 「やめとき。うちはもう、剣の道は捨てたんや」

 「あの日以来、おぬしを倒すことだけを考えて、ひたすら剣の修行に明け暮れた。だが、翌年、おぬしは京都府大会に出場しなかった……」

 「いろいろあったんや」

 「おぬしが国体全国大会を制覇したあと、ドーピング疑惑がでて、あわてて引退したという噂を聞いた。たしかにあのスピードは、尋常ではなかったしな」

 「ドーピングではあらへん」

 「拙者は昨年、インターハイを制したが、心は晴れなかった。おぬしを倒さぬかぎり、この心は晴れん! メロ! 勝負せよ」

 「うち今、竹刀持ってへんし」

 「そんなもの、必要ない。なにせおぬしは、人間ではないのだからな」

 その言葉を耳にした瞬間、メロの顔色が変わった。動揺したのだ。

 「な、なに言うてんねん。うちは人間や!」

 「おぬしの正体は、オオカミ女だ! だから、こっちは真剣で行くぞ! 素手と真剣で、これで五分と五分だ!」

 りよが、刀を(さや)から抜いた。

 「ひ、卑怯やん!」

 りよが、踏み込んだ。

 右から胴を打ち込むと見せかけて、次の瞬間、左から胴を打ち込んだ。

 りよの刀は、空を切った。

 その場所には、既にメロは、いなかったのだ。

 「うっ。どこに消えた?」

 「りよ先輩、上!」

 りよが、天を見上げた。刀の切っ先を上に向けた。

 だが、りよが刀を上に突き上げるよりも早く、メロの手刀が、りよの脳天に振り下ろされた。

 りよは、白目をむいて、崩れ落ちた。

 「次は、あたしだ!」

 なぎさが、薙刀を構えた。

 「あんた誰なん?」

 「あたしは、大江山高校薙刀部主将、吉野渚!」

 「薙刀なんてやったことないんやけど……。どこかで会ってるん?」

 「会ってない。今が初対面だ。しかし、友を倒されて黙っているわけにはいかない」

 「なに、それ」

 「行くぞ!」

 なぎさは、薙刀でメロの足を払った。

 だがその場所には、メロの姿はなかった。メロは、驚異的な跳躍力で、なぎさの頭上に跳び上がっていたのだ。

 「もらった!」

 なぎさは、薙刀の切っ先を上に返して、一気に薙刀で頭上をなぎ払った。

 「あっ!」

 なぎさが、思わず驚きの声をもらした。

 空中で器用に体をひねり、薙刀の刃先をかわしたのだ。

 メロは、手刀をなぎさの脳天に振り下ろした。

 なぎさは白目をむくと、両膝を地面に着いた。そして、ゆっくりと地面に崩れた。

 「次は、あたしよ! 女子弓道部主将、早川優美!」

 ゆみが、弓に矢をつがえた。

 「まだいるん? しかも、飛び道具やし」

 「問答無用よ」

 ゆみが、矢を放った。

 だが、その矢は空を切った。

 既にメロは一跳びで、五メートル斜め前に移動していた。だが、ゆみとの距離は、まださらに五メートルはあった。

 ゆみは、第二矢をつがえると同時に放った。

 だがその矢も、空を切った。

 跳び上がったメロは、ゆみの頭上三メートルのところにいた。メロが、手刀をつくった。

 次の瞬間、メロの体は、横へはじき飛ばされた。

 地面に転がったメロは、胃液を吐いた。

 「今の何があたったん?」

 メロは、左右を見回した。

 新田が立っていた。空中のメロに、跳び蹴りを喰らわしたのだ。

 「あんたかい」

 メロは、新田に向かって突進した。右拳で、殴りかかった。

 だが、メロの拳が当たるよりも早く、新田の左拳が、メロのあごに炸裂した。

 メロは三メートルも後方にはじき飛ばされ、失神した。

 「よくやったでごじゃるぞ、新田殿」

 「いえ、これしき」

 「今のうちじゃ、さあ、この首輪をつけるのじゃ」

 あやめは、犬用の首輪を、新田に渡した。

 「はい。喜んで」

 「……。こらこら。なぜわらわに首輪をつけるのでごじゃるか?」

 「あやめ様のご命令通りにしただけですが」

 「わらわにつけるのではないでごじゃる! 首輪は、犬につけるものでごじゃる」

 「はい。だからメス犬のあやめ様につけたのです。良くお似合いですよ」

 「ドアホ! わらわはメス犬ではないでごじゃる! そこのメス犬につけるのでごじゃる!」

 「だから、ここのメス犬につけたのですが」

 「アホ! ふざけておると、あのオオカミ女が目を覚ますでごじゃる。逃げられたら、計画が台無しでごじゃる」

 「ああ、なるほど。この首輪はオオカミ用ですか。それで太い鉄の鎖がついているのですね」

 「分かったなら、早くわらわの首から外すのじゃ。これっ! 鎖を引っ張るでない!」

 「いえ、引っ張ってみたら、あやめ様がメス犬に目覚めるかと」

 「目覚めるかいドアホ! さっさと外すのじゃ!」

 新田は渋々、首輪をあやめから外し、失神しているメロの首につけた。

 「新田殿、そのオオカミ女、まだ失神しているでごじゃるか」

 「はい。起こしますか?」

 「いや、そのままでよい。せっかくの好機じゃ。新田殿、そのオオカミ女を犯すのじゃ!」

 「ええっ? 何ですって?」

 「何を驚いておるのじゃ? 新田殿なら、喜んで犯すと思っておったのじゃが」

 「あやめ様って、ホント変態なんですね。許嫁が他の女を犯すところを見たいだなんて」

 「アホ! 趣味で命じておるのではごじゃらぬ。これは高等な作戦じゃ」

 「放蕩(ほうとう)な作戦ですか?」

 「いいから犯すのじゃ。新田殿、考えてもみるでごじゃる。そなたの不死身一族の遺伝子と、オオカミ人間の遺伝子をあわせ持った子供が生まれるのでごじゃるぞ。どうじゃ? 史上最強の子供を欲しくはないでごじゃらぬか?」

 「たしかに、すごい子供が生まれそうですね。さすが、あやめ様。悪知恵にかけては天下一品。それでは、遠慮無くいただきます」

 新田は、失神しているメロの両足を肩に担ぎ上げ、パンツを脱がせた。自分の指に、たっぷりとつばをつけた。

 「あっ! 何をしてるん?」

 「もう気づきましたか?」

 「や、やめるんや」

 「もう遅いです。もう入れちゃってますから。それに、失神しながらも、感じてたでしょ」

 「何言うてんねん……」

 「ほら、呼吸が乱れてますよ。感じてるんでしょ」

 「こんなことして、あとで後悔するよってに」

 「あとで後悔? じゃあ、あとになってから考えましょう」

 「うち、どうなっても知らんしな」

 「どうなっても知らない? 感じすぎると乱れすぎちゃうとか?」

 「乱れる程度じゃあらへん」

 「へえ、どんな風になるんですか?」

 「ああっ!」

 「イキそうなんですか? わたしもイキそうになってきました。お姉さん、すごい締め付けです……」

 次の瞬間、メロが、ケモノのように咆吼(ほうこう)した。全身を、何度も震わせた。それからメロは、白目をむいて、失神した。

 「ううっ!」

 新田は脱力し、メロの上に覆いかぶさった。

 「新田殿、よく見るのじゃ!」

 「えっ?」

 新田は、あやめの顔を見た。

 「オオカミじゃ!」

 「あっ!」

 新田は、慌てて離れた。

 メロの体から、茶色い体毛が急速に伸びてきた。頭の上からは、オオカミの耳が生えてきた。次第に顔の形が変形し、あごが伸びて牙が生え出した。両手の爪が伸び、オオカミの前足へと変形した。

 三〇秒ほどで、メロは、オオカミの姿となった。

 オオカミが、起き上がった。人間だった時よりもサイズが小さいせいか、セーラー服は、ひとりでに脱げ落ちた。

 「新田殿! 絶対に鎖を離してはならぬでごじゃる!」

 「分かりました。あっ! こら、逃げるな!」

 新田は、鎖を強く引いた。

 オオカミが新田をにらみつけ、うなり声をあげた。

 「新田殿! 調教するのじゃ! 誰が主人かを、そのオオカミに教え込むのじゃ」

 「はい、分かりました。メロ、お手」

 新田は、腰を少し屈めて右手を出した。

 うなりながらオオカミが、ゆっくりと近寄ってきた。

 「ほら、お手!」

 ガブリと、いきなり手を噛んだ。

 「いてえ~~~~! このバカ犬!」

 新田は、鎖を握った左手で、オオカミの頭部を殴りつけた。だがオオカミは、噛みついたまま、離さない。

 「離せ、この! バカ犬! バカ犬! バカ犬!」

 新田は、めちゃくちゃに、オオカミの頭を殴りつけた。そのうちの一発が、オオカミのこめかみに入った。

 きゃん、という声を漏らしてオオカミは失神し、地面に倒れた。

 茶色の体毛が、急速に縮み始めた。顔の形が、変形しはじめた。頭頂部の耳が縮んで、茶色い髪の中に隠れた。三〇秒ほどで、人間の姿に戻った。

 「このバカ犬! さっさと起きろ!」

 新田は、裸のメロを足蹴にした。

 「う、ううん……」

 メロが、上体を起こした。

 「お手!」

 「えっ?」

 「お手だ、このバカ犬!」

 新田は、再びメロを足蹴にした。

 「きゃん」

 「お手!」

 「メロは犬じゃないし……」

 「バカ犬! 主人には絶対服従だ!」

 新田は、メロを足蹴にした。何度も何度も。メチャクチャに蹴りまくった。そのうちの一発が、みぞおちに入った。

 「うげっ」

 うずくまったメロが、胃液を吐いた。

 「お手!」

 メロは、今度はおとなしく、新田の右手に自分の左手をのせた。

 「良い子だ。良くできた。次は、お座り!」

 メロは、裸のまま、地面に体育座りをした。

 「そうじゃないだろ!」

 新田が、メロの頭を殴りつけた。

 「ううっ」

 メロは嗚咽しながら、犬のような格好で座った。

 「そうだ、良い子だ。次は、チンチンだ!」

 だがメロは、動かなかった。

 「チンチン!」

 メロは顔を背け、動かなかった。

 「この、バカ犬!」

 新田は、右の回し蹴りを、メロの顔面に見舞った。

 「ぎゃっ」

 鼻血が、飛び散った。

 地面に倒れたメロの体を、上から何度も何度も踏みつけた。

 「堪忍(かんにん)、堪忍してください」

 「じゃあ、チンチン」

 「メロは女の子だから、おちんちんはありません」

 「そうじゃない。犬の芸のチンチンだ」

 「どんなのか知りません」

 「あやめ様、このバカ犬、チンチンも知らないんですって」

 息を飲んで見つめていたあやめは、何も声を出せなかった。

 「あやめ様、では、見本を見せてください」

 「誰がじゃ!」

 ようやく気を取り直したあやめが、言葉を吐き出した。

 「あやめ様、メス犬の先輩として是非見本を」

 「イヤじゃ……、というか、誰がメス犬じゃ!」

 「仕方ない。では、チンチンは省略しましょう」

 「新田……、おぬし何をやっておるのだ?」

 ようやく目覚めたりよが、驚愕の声をあげた。

 「なにって? バカ犬の調教です」

 「調教だと? 裸の女に首輪と鎖をつけて……、しかも体中アザだらけで、顔面は、四谷怪談のお岩さん状態……」

 りよは、地面に落ちていた真剣を拾い上げた。

 「このくず野郎! 許せん! ぶった斬る!」

 りよが、刀を振り上げた。

 「りよ、待つのよ!」

 その声は、ゆみだった。

 りよは、刀を振り上げたまま、後ろを振り返った。

 「新田君は、あたしを助けてくれたのよ」

 「助けた?」

 「そうよ。メロに襲われそうになった時に」

 「しかし、かよわい女にこんな非道なことをして、黙ってられるか」

 「たしかに酷い暴力だったけど、メロは、かよわい女じゃなくて、凶暴なオオカミ女なのよ」

 「ううっ。たしかにそう言えば……」

 「高木殿、落ち着くのじゃ。オオカミ女をしもべにするのは、わらわの計画じゃ。ほら、そこのオオカミ女、いつまで裸でおるのじゃ? さっさと服を着るのじゃ」

 メロは黙ってセーラー服を着た。

 「それでは、皆の衆、出発でごじゃる」

 失神したままだったなぎさをりよが起こし、六人は、車に乗り込んだ。


  第四章・終

 先日のニュースを見て思い出したのですが、冬季オリンピックの女子選手に、夢路メロという人がいましたね。漢字まで同じだとまずいので、こちらの小説は芽露にします。メロと名付けた理由は、オオカミ少女なので、女狼めろうだからメロ、という単純なものです。

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