隔離病棟の生活
白いベッドの上に物田は横たわっていた。今は気絶しているために、彼の顔からはイケメンの輝きはない。夕陽の照らす窓の外から、カラスがかあかあと鳴いていた。
「はっ」
彼は目が覚めた。たちまち彼の顔はイケメンフラッシュでまあまあ輝きだした。彼はしばらく、ここはどこだろう…とあたりを見回し、やがてイケメンパラダイスにいたことを思い出した。自分は逃亡に失敗して収容されたのだ。彼は悔しくて、激しく泣こうとしたが、いくら泣いても、目から涙が伝うだけのイケメンの泣き方しかできなかった。
アナウンスが流れた。
「イケメンの皆さま、夕食の時間です。夕食の時間です。食堂にて配給しています。」
食堂に物田は行った。食堂内はどれを見てもイケメン、イケメン、イケメン。ただ進行度だけは異なり、光っているイケメンもいれば地味なイケメンがいた。細いのから太いのまであった。その人一人一人によって違うイケメンが与えられていた。
物田は配給マシンから食事をもらった。なぜかワインとキャビアみたいなグルメな食べ物ばかりであった。以前おかゆだったころに、イケメンにこんな貧相な食べ物では食べれないとイケメンらしいクレームがあったためである。
そして、物田が席に着いたとき、隣の、ちょい悪イケメンが離しかけてきた。イケメン進行度は物田とほぼ同じくらいだ。
「YOU、新入りかい?」
「はい。」
「そうか・・・いつから?」
「・・・1ヶ月ほど前から。」
「そうか。どうしてかYOUは分かるかい?」
「取引先が感染していました。」
「なるほど。実にBADだったね。」
その後イケメンらで会話がされたが、彼らは決して悪口や下品な話などは絶対できず、とにかく教養やロマンチズムやポエティといったイケメンにふさわしい会話しかできなかった。したがって今まで大して高尚な趣味を持ってなかった物田は話を合わせるのも一苦労だな、となんとなく思って口を開かなかった。
だがある細マッチョのイケメンが物田に話しかけてきた。
「きみは、どう思うかい?アルカイックスマイルの法悦について。」
アルカイックスマイルの意味もしらない物田はどう答えていいか分からなかったはずなのに、なぜか言葉がひとりでに出た。
「それはギリシャの悦びの中でも至上の宝だね。」
物田はますますぞっとした。自分のかつてブサイクだった「元の自分」は薄れて、どんどん「イケメンの自分」になりつつある。このまま自分は作り変えられてしまうのか・・・でもイケメンが頂点に達すると死ぬ点を考えると、イケメンにも限界があるのかもしれない。激しすぎるイケメンに耐えられなくて死ぬのかもしれない。
そんな退屈な毎日が続く。日が続くにつれ物田のイケメンはどんどん進行する。いまや何も考えずに、ロマンティックな詩を奏でられる。
「アルタカシスの向こう側に 黄金のサルカティアがある。
その芳香は アルゴリンのごとく
風に乗って運ばれる」
もはや、彼はブサイクなころの自分を忘れていった。ブサイクというのがもはや理解できなくなった。今、彼はイケメンの言葉しか言う事ができない。イケメンのしぐさしかできない。なぜか解放感がする。なんだかふわふわする。自分から解放され、自分のイケメンに委ねればいいのだ。だんだん彼はイケメンになるにつれ“自分”として考える力を失っていったのである。
*
自分の夫がイケメンになってしまったという事で、物田君子はどこの病棟に運ばれたかを一生懸命調べた。そして、口コミなりなんなりでとうとう突き止め、面会を要求した。だが感染の危険があると今までは拒否された。
だが、今日、とうとう許可された。スカイプを応用して、大画面のテレビ電話を使う事になった。テレビを通じてならイケメンフラッシュは受けない。君子はばっちりブサイクの化粧をして病棟に向かった。