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イケメンの生活

突如自分の部屋に引きこもった物田康夫に、妻、君子が呼びかけた。

「康ちゃん、どうしたの?入るわよ。」

そう言って君子はドアを開けた。鍵をかけ忘れた自分の不用心さに腹をたてながら、物田は布団で顔を隠した。

「どうしたの?顔を見せて。」

「いやだ。」

「あなた声も少し変だわよ。心配だわ。顔を見せて。」

そうやって布団を脱がそうとする妻を物田は頑なに拒んで叫んだ。

「だめだ!見ちゃだめだ!」

「見せなさい!」

「だめだ!だめだ!わ!」

布団が脱げた。布団の下には少しイケメンになった物田がいた。その顔は暗がりでもうっすら輝いているように見えた。

「あなた!」

妻が叫んだ時、物田は急いで布団で顔を隠しながらやや低音ボイスで言った。

「そうなんだ。感染した。」

「どうするの?病院に連絡する?」

「やめてくれ!隔離病棟だけは入りたくない…」

隔離病棟とは、特に症状の進行したイケメン病患者が閉じ込められる場所であった。通称「イケメンパラダイス」と呼ばれ、病棟の中には無数のイケメンが揃っていると言う悪夢の館である。

「…隔離病棟だけは…。とにかく僕は家にしばらくこもる。」

「そう…」




その日から物田は会社を病欠し始めた。家では常にそのイケメンを晒さないためにホワイトマスクを着けていた。だがイケメン病で精神も冒されつつある物田はこのホワイトマスクではどうも落ち着かなかった。どうせ着けるなら仮面舞踏会みたいな仮面がいいと考えた時、物田は思考もイケメンになりつつある自分自身にゾッとした。


いつも彼は、朝洗面所で歯を磨くときを怯えていた。洗面台に鏡があって、いつも毎朝鏡を見る度に、(こんなにイケメンになってしまったのか…)と恐怖を覚えた。事実彼の顔はどんどんカッコ良くなりつつある。今のところ症状の進行はゆるやかである。だが時に急激にイケメンが進行する事があり、それを彼は恐れていた。


徐々にイケメンになる彼に反して、世間は徐々に不細工な方向にいきつつあるのを彼はTVや窓の外の人々を見て感じた。ドラマやアニメやバラエティーやニュース…どれもこれも不細工であった。それも只の不細工ではない。いわゆる「ブサ可愛」といったイケメンを含んだものではなく、選りすぐりの最強の不細工で、容姿は勿論、態度や性格やユーモアセンスや技能等、何から何まで不細工なのを選んだのである。その結果、以前なら絶対テレビに出れない大々根役者や、とんでもない悪声で歌う歌手、キワモノ芸ばかりのお笑いが並びに並び、スタイリッシュな語法や話術もイケメンの一つに数えられたため、トークのテロップや大抵の歌の歌詞などは、思わず目を覆うような放送禁止用語が8割を占めるようになった。


当然、ファッション事情もがらりと変わった。バラエティーのお洒落コーナーでは「技あり!不細工化粧のテクニック」なんていう末期的なコーナーもあった。


窓の外を見れば、いかにイケメン差別が激しいかが分かる。小学生が集団で一人のクラスメートをいじめていた。指を指して何度も連呼していたのである。

「イ・ケ・メン!イ・ケ・メン!」

「イケメンじゃないもん!」

いじめられている小学生はそう叫ぶが連呼は続いた。

「イ・ケ・メン!イ・ケ・メン!」

「ちがう!イケメンじゃない、イケメンじゃないもん!」

「イ・ケ・メン!イ・ケ・メン!」

「イケメンじゃないもん、イ…ケメンじゃ…ない…もん…うっ・・・うっ・・・」

小学生はそのまま泣き崩れるが日が暮れるまでイケメンコールは続いた。


物田の妻も働いているのだが、彼女も職場のいじめを恐れてか、ファッション雑誌で流行っているという「不細工化粧」とやらをやっていた。まるで特殊メイクのような化粧をしている彼女を見て物田は、こんな化粧が職場に溢れているのかとゾッとした。

彼女の話によれば、イケメン病が流行って以来、もともとイケメンだった人は急いで不細工に演出するように服装や髪型、はては化粧まで変え始め、性格のいい、すなわち性格イケメンは身を削って根性悪になるようにがんばっているという。


物田はため息をついた。そのため息は思いもがけなく、深い明瞭のいい声だったので物田は途中でため息を止めてしまった。

そしてホワイトマスクを付け直した時、ドアホンが鳴った。


誰だろうと窓から覗くと、三人の友人が来た。お見舞いだ。

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