第8話:事件というのは待ってはくれない
そういえば、そうだったなと尊は少し前の、弓弦と初めて会った時のことを思い出した。自由に捜査をし、自分のペースで事件を解く。
それでいて、初対面の相手に対して「奢ってください」と言える豪胆さと遠慮のなさ。それは今でも変わらないし、彼はきっと変えるつもりはないのだろう。
源藤管理官にも「彼との付き合いには慣れるしかない」と言っていたのだ。これも仕方ないと尊は突っ込むのも止めてコーヒーを飲む。
「なんでしょうか、その仕方ないといったふうの眼差しは」
「なんだろうね?」
「まぁ、いいですよ。今日は休みですし、ゆっくりしてから帰ります」
祖父には伝えてありますしと弓弦はマイペースさを表す。別に追い出すつもりはないけれどと、思いつつ尊は「それはいいけれど」とマグカップをテーブルに置いた。
「ご両親は心配しないのかい?」
「あれ、聞いていないのですか?」
「と、いうと?」
「僕の両親は事故死していますよ」
なんでもないような話をするように弓弦は言った。そのあまりの軽い口調に流しそうになる。
尊はなんと口にすればといったように頭を掻けば、「気にしないでいいですよ」とまた軽い調子で話す。
「四年前ですね。首都高速でトラックと乗用車を含む複数の玉突き事故があったの覚えていますか?」
ちょっとした規模だったのでニュースになったと言われて、そういえばそんな事故があったなと尊は思い出した。
確か、トラックのわき見運転が原因で起こった事故で軽自動車三台、普通乗用車二台を巻き込んでいたと記憶にある。
トラックと直接衝突した軽自動車は大破し、運転手を含む乗員が死亡していたはずだ。
尊の様子に察したのか、「トラックと直接衝突したのが僕の両親です」と弓弦はトーストを食べる。
本人が居たって落ち着いているものだから尊は「平気そうだね」としか返せない。弓弦は「事故は事故ですし」と答えた。
「起こってしまったものは仕方ないですから。悲しかったですし、多少の怒りもありましたが、怒ろうと泣こうと父も母も戻ってこない。なら、現実を受け止めて前を向いて歩いていくしかないでしょう」
悲しみと怒りがないわけではなかった。両親を失なった消失感は胸が苦しくなったし、現実から目を背けたくもなった。
けれど、どんなに喚こうとも父も母も戻っては来ない。ならば、前を向いて歩いていくしかない。
「それに僕には祖父がいましたからね。立ち直りは早かったですよ」
「……なるほど」
「なんですか。別に気にしなくていいですよ。源藤管理官もなんですけど、気にされるほうが嫌ですよ」
「あぁ、すまない」
尊が謝ると弓弦は「そんな気にしなくていいのになぁ」と、コーヒーを飲む。そうは言うけれど、こういった話題は相手の心の傷を抉ることにもなりえるものだ。
慎重になってしまうのも仕方ないと思うのだかと尊は思いつつも、彼がもう気にするなと言うのだからこれ以上は触れないでおこうと話題を逸らす。
「弓弦くんのお祖父さん、新作即日重版だったらしいね」
「久々の新作長編でしたからね」
綾坂寿一郎は年を重ねるにつれて、シリーズものと短編を書くことが多くなった。完全新作を生み出すというのはそう簡単にはいかないらしい。
シリーズものも今でも大人気なのだが、それでも完全新作を待ち望んでいたファンはいたようで、発表があってから予約殺到、発売当日に重版させてしまった。
「構想していたネタが纏まったのかい?」
「僕の探偵としての活躍を聞いて『孫をモデルに書きたい!』と、創作意欲が暴走したらしいですよ」
寿一郎は孫の探偵としての活躍を聞いて、『こんな探偵が活躍する物語を綴りたい』と、湧いて出る創作意欲を燃え上がらせた。
その熱量で僅か一ヶ月で構想からプロットまでを完成させてしまったのだと、弓弦は笑って教えてくれた。
「同じ作家仲間の人には〝孫バカ〟って言われたみたいです」
「まぁ、可愛くなる気持ちは分からなくはないかな」
妻には先立たれ、一人息子すらも事故で亡くし、残された肉親は孫の弓弦だけなのだ。そうなったら大事に想うだろうし、育てることだってする。
そんな子を可愛くないとは思わないだろうから、寿一郎の気持ちが分からなくもなかった。
弓弦は「まぁ、寿一郎さんが元気なら良いのですがね」と笑っている。
弓弦にとって自分を大事に育ててくれたのは祖父の寿一郎だけだ。自分の活躍で大切な存在が元気になってくれるのならば、多少の事は許してしまうのだろう。自分をモデルされるのは気恥ずかしいようではあるけれど。
「尊さんは今日は何か予定でもあるのですか?」
「今日かい? 今日は特にないからのんびりしていようかと」
久々の非番なのだから家でゆっくり休みたい気分だなと尊が答えれば、弓弦はでしょうねと頷いている。「今回の事件、かなり面倒だったみたいですもね」と、分かっているように返事を返してきた。
今回、解決した事件に弓弦は関わっていなかったはずだがと尊が目を向ければ、「源藤さんからちらっと聞きました」と何でもないように言った。
「事件の内容とかは聞いてませんよ。というか、源藤さんは情報を漏らすようなことはしませんし」
「それはそうだな」
「尊さんからメッセージに返信がなかったので、どうしたのかなと様子を聞いただけですよ」
いつもなら遅くても一日ぐらいで返信がつくのにと、弓弦は気になって源藤管理官に連絡を取ったのだという。それに源藤管理官が「面倒な事件やまを引いてしまってね」と、やんわりと教えてくれたらしい。
それだけで弓弦は察してしまい、連絡を暫くしなかったのだという。「協力者なのですからその一言だけで理解できますよ」と弓弦はお疲れ様でしたと労いの言葉をかけてくれた。
「僕はコーヒー飲み終わったらカードショップに行きます」
「大会かい? それともイベントだろうか?」
「今回は交流会ですね。日曜日のお昼の部に参加しようかと」
新弾パックやストラクチャーデッキなどの発売日の次の土日は記念イベント的な交流会が開かれると教えてくれた。
フリーなので大会と違って気楽に対戦を楽しめるのだとか。カードゲームの中でも人気のあるジャンルなので参加人数も多いと。
趣味らしい趣味を尊は持っていなかった。強いて言えば、隙間時間で気楽にできる読書だろうか。それでも多くの書籍を読むわけではないので、無趣味だと言われればその通りだなと尊は思う。
「君みたいに趣味があれば楽しそうだね」
「なんですか、尊さんも始めますか?」
「カードゲームをかい? 難しいイメージがあるが……」
カードゲームのルールは複雑だと聞いたことある。カードの効果の処理だとか、理解力だとか。
そういったものを一から覚えていくのは、一度も経験したことがない自分には難しいのではと尊は返すが、弓弦は「大丈夫ですよ」と軽く言った。
「やりながら覚えていけばいいんですよ。僕が教えますよ」
「うーん……」
「なんらな、尊さんに合いそうなテーマのデッキをプレゼントしましょうか?」
「君、かなり押しが凄くないかい?」
ぐいぐいとくる弓弦に尊が不思議そうにしていれば、「沼に引きずり込みたいので」と、なんとも怖いことを言う。どうやら、趣味などに引き入れることを沼に落とすと表現するようだ。
弓弦は「カードゲーム仲間は多いほうが楽しいですよ」と笑う。気軽に遊べる仲間というのは楽しいものだと。
「あと、協力要請でイベントに参加できなかった時に補ってもらえるじゃないですか」
「君の貴重な趣味の時間を取らせてしまった詫びってか」
「はい」
それはもうにこやかに弓弦は返事をした。だって僕は貴重な時間を調査協力に費やしているのだから、それぐらいしてくれたっていいだろうという圧を放ちながら。
(確かに、彼の貴重な趣味の時間を割いてもらってはいる……)
大学生として勉学に取り組みながら、認められた探偵としても調査に協力してくれているのだ。趣味の時間も少なくなっているのではないか、そう考えると少しばかり罪悪感というのが芽生えてしまう。
「少し考えさせてくれるかな?」
「どうぞ」
いつでも歓迎しますよと弓弦は楽しげにしながらコーヒーを飲み干した。おかわりを淹れようとする彼の様子に遠慮はないなと思いつつも、尊は突っ込むことはしない。
弓弦を見送ってからもう一度、寝るかなどと休日の過ごし方を考えていれば、スマートフォンが鳴った。なんとなく嫌な予感がしながらも着信相手を確認して、はぁと溜息を吐く。
「どうした」
『警部、事件です。非番の日にすみませんが……』
なんとも申し訳なさげな部下の声に尊は「気にしなくていい」と、現場の住所を聞く。メモを取ってすぐに向かうと返事をすれば、「実は……」と言い難そうにし言葉を返した。
『認められた探偵である天花寺弓弦くんも、一応の為に捜査に協力させろとの指示が……』
あぁこれは言い難いなと尊は納得した。部下の間でも弓弦が趣味の時間を邪魔されるのを嫌がるというのは知れ渡っている。
露骨に機嫌が悪くなって当たり散らすようなことはしないけれど、淡々とした口調になるので少しばかり怖いと感じるようだ。
だが、これも上からの指示だ。仕方ないと尊が電話を切って弓弦を見遣れば、それはもう分かりやすく顔を顰めていた。
「すまない、弓弦くん」
「尊さん、お詫びとしてカードゲーム始めてください」
「前向きに検討するよ……」
むすっとしながらも淹れようとしたコーヒーを戻して、荷物を纏める弓弦に尊は自分も準備をするために立ち上がった。
また一つ、彼、天花寺弓弦が事件を解決することになる。いつものように、物語を紡ぐように。




