第3話:天花寺弓弦との出逢いの事件②—事件は突然、起こる—
「うわぁっ! だ、大丈夫か!」
「おい!」
交流会スペースのほうで声が上がり、振り返れば床に一人の青年が倒れていた。二人の青年が傍で声をかけ、スタッフが慌てて駆け寄っていく。
明らかに様子のおかしい状況に尊が近寄っていこうとするよりも早く、弓弦が動いた。
弓弦は倒れた青年を動かそうとするスタッフに「触れないでください」と声をかけて、彼の脈を計る。口元を確認してから「警察に連絡を」と指示を出した。
その一言で察した尊がスーツの内ポケットから警察手帳を取り出し、スタッフと周辺にいた参加者たちに「動かないでください。周辺のものにも手を触れ合いように」と声をかける。
場が騒然とする中、尊が連絡をし、警察がこちらに向かっていることを弓弦に伝えると、彼はじっと倒れる青年を観察する。
返答がないのが気になったが、尊は事情を聞こうと青年の傍にいた二人の人物の元へと歩み寄った。
「倒れている彼とは友人だろうか?」
「はい。この交流会で知り合って、今日も対戦していました」
「おれもです」
そう答えた二人は倒れていた青年の本名は知らないようだ。この交流会ではペンネームで参加登録するため、呼び合う時も同じ名前を使う。だから、本名は聞いていないと。
尊は倒れた青年の荷物を確認し、財布から運転免許証を見つけると確認した。
佐々木直也、年齢は二十二歳のようだ。尊は二人にも名前を聞くと、彼は顔を見合わせながら答える。
「オレが田中将司です。年齢は二十一歳になります……」
「おれは南野一郎、二十五歳です」
将司と名乗った狐目が特徴的な青年は左手をジーンズのポケットに入れながら不安げだ。
眼鏡を弄りながら動揺している一郎と名乗った彼が「あいつ、大丈夫なんですか」と質問している。
尊自身は生死を確認していなかったので、弓弦に聞こうと彼のほうを見遣れば、倒れる直也の手首を掴みじっと観察していた。ご丁寧に白い手袋をつけて。
「天花寺くん。一応、聞くが何をしているんだい?」
「少し気になったことがあったので。あぁ、彼でしたらすでに死亡していますよ」
恐らく毒殺でしょうねとなんでもないように答えて弓弦は遺体の指を見つめている。それはもうさらりと言うものだから、話を聞いていた将司と一郎はえっと驚きに声を零していた。
「まだ、鑑識たちが来ていないというのに君は……。勝手に捜査を始めないでくれ」
「早いほうがいいでしょう」
どうせ協力させられるのですからと、もう片方の腕を掴んで指をまた確認する。
確かに認められた探偵がいるのだから、そうなる可能性は否定できなかった。源藤管理官ならば「協力してもらえ」と言うような気がしなくもない。
尊は「せめて、鑑識が来てからに」と言ってみるが、弓弦は聞いていなかった。遺体の両指を見終えるとテーブルへと目を向けている。
これは何を言っても駄目だなと、尊は将司と一郎に当時の現状を聞くことにした。
「倒れる前の彼の様子を教えてくれないか?」
「えっと、対戦してたのはおれじゃなくて、シュウで……」
「シュウとは、田中将司さんですね?」
「はい、オレです。りくじんは隣で観戦してました」
将司は「対戦中に倒れて……」と状況を説明した。対戦が開始されてから十数分経った頃に急に苦しみながら倒れたのだという。
最初は普通にカードを捌いていてプレイにも問題はなかったということだった。
尊が何か気づいたことはないか、したことはないかという質問に一郎が、「特におかしなことはしてないけど」と腕を組んで考える。
二人とも何かあったかと思い出そうとしている様子に尊が、「対戦を始める前から倒れるまで何をしていたかを教えてほしい」と聞き返すと、それならと二人は話した。
「最初におれとたけやんが対戦して、終わった後に少し雑談したんだよな」
「そうそう。たけやんが負けて愚痴ってるのを聞いて……。でも変なことはしてなかったよな?」
「そうだな。おれが持っていたジュース一本、取ったぐらいだよ」
ジュースを飲んで少し喋ってから将司と対戦し、被害者である佐々木直也が負ける。
けれど、彼に「もう一回!」とリベンジを申し込まれて、二回目の対戦を始めた。それから十数分ぐらい経ってから苦しみ倒れたのだと。
その間にしたことと言えば、ジュースを何度か飲んでいたぐらいだろうかといった感じで怪しい動きはしていなかったようだ。
怪しい動きをしておらず、対戦をしていたということを考えるに自殺という線は低そうだと、尊は考えて弓弦のほうを見る。彼はテーブルの状況をじっと観察していた。
テーブルでは対戦の途中であるのを物語るようにカードが並べられている。尊はカードゲーム自体に疎いのでどういった状況なのかは理解ができなかった。
テーブルの足元に倒れる遺体の傍には、手に持っていただろう手札のカードが散らばっている。
「天花寺くん、何か気づいたのか?」
「この盤面、被害者は劣勢でしたね」
そう返してカードを指さした。モンスターの数は三対二と被害者側のほうが少ないことが分かる。
このことを言っているのだろうかと尊が思っていれば、弓弦は「負けてますね、これ」と語り出す。
「この永続魔法は指定されたテーマのモンスターが通常召喚されると、そのモンスターの攻撃力以下の同じテーマのモンスターをデッキから手札に加えることができます」
「はぁ……」
盤面の説明をする弓弦に尊は首を傾げながらも話を聞く。
「さらにこのモンスターの効果を利用して召喚しているので二度、効果が発動できますね。で、手札には特殊召喚できるモンスター。このままシンクロしていけますし、盤面的にフルアマも立てられますから……被害者の手札を見るにこのターンで負けですね」
「えっと、それが何か関係あるのかい?」
話は最後まで聞いてみたが、対戦状況を説明されても尊にはいまいちよく分からなかった。
盤面の説明をされてもそれが今回の事件に関係があるようには見えない。なので、そう聞いたのだが弓弦は「そうですね」と顎に手をやる。
「自分の手札が悪い状況で相手が、ガン回ししてきたら苛立つかもしれないですね」
「苛立つ? 遊んでいるのにか?」
「いますよ、中には」
負け越したり、勝てると思った相手に負けそうになったり。理由は様々だが、それを楽しめずに苛立ってしまうプレイヤーはいるらしい。
遊びであっても不機嫌になったりするのは、どのゲームでもよくあると弓弦は教えてくれた。
それがなんの関係があるのか。尊が疑問を抱いていれば、「被害者の指を見てみてください」と指示された。言われて遺体の指を確認してみる。
男性特有の骨ばった指は太く、健康的な肌の色をしているが、よく見てみれば爪が荒く削れていた。
「爪か」
「被害者は恐らく爪を噛む癖があります」
考え事をしている時や、苛立った時、不安や恐怖を押さえる時になど、爪を噛んでしまうのではないか。弓弦の考察に尊が二人に確認してみれば、一郎が「噛み癖があった」と答えた。
どうやら、苛立った時などにガジガジと爪を噛んで指を舐め、それからウェットティッシュで拭くのだと教えてくれた。
テーブルには彼の手元だろうところにウェットティッシュが置かれている。これを使って指を拭いていたようだ。
「指も舐めるのですか?」
「あぁ。なんか癖みたいで。ちょっと気持ち悪いなとは思ってたけど、ちゃんとウェットティッシュで拭いてくれるから指摘はしなかったんだよ」
将司の返答に一郎はそうそうと頷いた。佐々木直也は親にも爪を噛んで舐める癖を直せと何度も指摘されていたらしい。
普段は気を付けているのだが、イライラした時に噛んでしまうことがあるのだと本人から聞いたと。
「だから、指を拭くウェットティッシュは持ち歩いてるって言ってたな」
「なるほど」
弓弦は将司の話にゆっくりと目を細めた、何かを考えるように。
ざわざわと店内が騒がしくなる。警察官が関係のない客を店内から出して事情を聞き、鑑識が荷物を抱えて現場へと入ってきた。
連絡を受けた警察が到着したようで、やってきた刑事が尊に事情を聴きに来る。自分の見たことや、聞いたことを伝えて、彼らは残っている交流会の参加者に話を聞きに行った。
自分もこのまま捜査に参加しようと再び将司と一郎に声をかけようとして、弓弦が「鑑識さん」と呼ぶのが聞こえた。なんだろうかと彼を見遣れば、鑑識にカードを調べてもらっている。
「天花寺くん?」
「あぁ、すぐに分かるので待っていてください」
尊にそう言って弓弦は鑑識に「当たっていますか?」と聞いている。何が当たっているのだと尊が待っていると、鑑識の男性が「当たりですね」と答えた。
「毒物反応が出ました」
「でしょうね」
「カードに毒物?」
床に散らばった数枚のカードに毒物反応が出たと鑑識が報告する。それはどうやら弓弦の予想通りだったようで、「これしかないでしょうね」と顎に手をやった。
「刑事さん」
弓弦がそっと耳打ちをしてくる。
「田中将司と南野一郎の気を逸らしてください」
できれば、捜査しているところを見せないようにと指示を出される。さらに「捜査している時の二人の様子を見ていてください」と言われて、尊は理由を聞こうと口を開こうとして黙った。
弓弦が自身の唇に一本の指を添えていた。しっと内緒にするように。
(これは何かあるということか)
尊はそう解釈し、将司と一郎に「捜査の邪魔になってしまうので」と言って交流会スペースから二人を出した。




