第2話:天花寺弓弦との出逢いの事件①—最初の印象は良くない二人—
「認められた探偵、ですか」
警視庁捜査第一課の部署で尊は上司である源藤管理官に呼び出されていた。
源藤管理官は尊の問いに「そうだ」と返す。そのなんとも鋭さのある眼力に一歩、引いてしまいそうになるのを尊は堪えた。
源藤英明警視は捜査の鬼とも呼ばれて恐れられている刑事の一人だ。眼力の強さが渋面とオールバックにされた黒髪によって強調されてしまっている。
認められた探偵というのは尊も知っているし、実際に見たこともある。他の刑事とバディを組んでいる姿を何度か。
とはいえ、尊自身は一般人が捜査に加わるのはどうなのだと、少し思っているタイプの人間だった。それを察してか、源藤管理官は「能力は認めざるおえない」と言う。
「彼らの頭の造りというのは刑事である我々とは違う。故に違う視点から見ることができ、それが結果的に事件解決へと導いてくれる。君だって経験はあるだろう?」
「まぁ……いくつか」
自分が担当した事件の中には認められた探偵が捜査に加わり、解決してしまったものがあった。
実力というのはその目で見ているので言い返すことができない。黙る尊に「実は君の今抱えている事件に」と源藤管理官は話を切り出す。
「一人、探偵をつけることに決めた」
「突然ですね」
「手を焼いているようだからな」
なかなか決定打が見つからないのだろうと指摘されて、尊は頷くしかない。現在、自分が抱えている事件は決め手がなく、容疑者を犯人として捕まえることができていなかった。
源藤管理官はその打開策になるかもしれないと、認められた探偵をつけることにしたようだ。
上司が決めたことなので尊には断る選択がない。手を焼いているのは本当のことなので、猫の手も借りたい状況であった。だから、尊は「どんな人でしょうか」と、探偵のことを聞くことにした。
「都内大学に通う現在、大学二年生の天花寺弓弦という青年だ」
「大学生!」
「彼は高校三年生の時に認められた探偵で、確か最年少だったな」
さらりと天花寺弓弦という青年の経歴を話す源藤管理官に尊は聞き返す、本当ですかと。
嘘をついてどうすると言われてしまうが、どうも信じがたかった。高校生探偵など漫画や小説じゃないのだからと疑ってしまう。
「彼は少々、自由なところがあるが、そこ以外は問題ない。いくつもの事件を解決しているし、私も何度か組んでいる」
「その少々、自由で考え方が特殊な探偵を俺につけると」
「あぁ。君ならまぁ……問題なく対応できるだろう」
気性の荒い人間や神経質な人間と組み合わせると酷いことになるのだと、源藤管理官は遠くを見つめる。何かあったのだろうなと、それだけで理解できてしまった。
そんな青年と自分は付き合いきれるだろうかと少しだけ不安になる。源藤管理官は大丈夫だと言うが、尊にだって許容範囲というのがあるのだ。
「彼を迎えに行ってくれ」
「分かりました」
「ただ、今日は日曜日……。彼の趣味の時間だから少々、説得が必要かもしれない」
彼は趣味を邪魔されるのが嫌いだからねと、追い打ちをかけるような事を源藤管理官に言われて尊は眉を下げた。
「まぁ、なんとかなるはずだ」
「安心できないのですが」
「はい。これ天花寺弓弦くんの写真と彼がいるだろう場所」
渡された写真と場所の書かれたメモ用紙を尊は受け取る。「本人には場所確認済みだから安心してくれ」と肩を叩かれた。
何を持って安心すればいいのだろうかと突っ込みたかったが、返答に期待ができなかったので飲み込んでおく。
尊はなんとも重い足取りで部署を出ると天花寺弓弦を迎えにいった。
***
秋葉原駅から徒歩十分、ビルの三階にその店はあった。トレード・トレカというトレーディングカードゲーム専門店だ。
子供から大人まで出入りしている店内は、カードが並べられたショーケースで埋まっている。見ても違いが分からないカードに高値がついていて、理解ができずに尊はなんとも場違い感を抱いた。
ショーケースが並ぶ奥には対戦スペースが設置されており、そのテーブルの多さにこのカードショップがどれだけ利用されているのかが窺えた。
今はどうやらとあるカードゲームの交流会が行われているようだ。自由に対戦を楽しんでいるプレイヤーたちを観察していた尊は、一人の青年に目を留めた。
襟足の長い黒髪が頬を撫で、綺麗に整った顔立ちを際立たせている。すらっとした、けれどしっかりとしているスタイルの良い体格の青年が対戦をしていた。
源藤管理官から貰った写真と見比べてみれば、彼が天花寺弓弦で間違いないようだ。
交流会スペースにいた店員に軽く事情を話し、彼らの輪に尊は足を踏み入れる。自由な交流会だからだろうか、人の対戦を横で観戦している参加者も中にはいた。弓弦の傍までやってきて彼の対戦を覗いてみる。
弓弦の盤面は素人が見ても分かるほどに圧倒的だった。流れるようにモンスターを召喚し、魔法や罠というカードを使って相手を確実に追い詰めていく。
尊はカードゲームにそこまで詳しくないのだが、相手の妨害札を退け、時に乗り越えていく様というのは綺麗なものだと感じた。
完璧とも言える状況を対戦相手は覆すことができなかったようで、ゲームは終了してしまう。
「ゆづさん、そのテーマ使いこなしすぎだよ」
「好きですからね、このテーマ」
「おれも極めてぇ」
もっと研究するしかないかぁと青年はカードをケースに仕舞った。尊は終わったのだろうかと弓弦に声をかけようとして、彼に「僕に用があるのでしょう」と話しかけられた。
「源藤さんの部下ですよね」
「よく気づいたね」
「何も持っていませんので」
カードゲーマー特有のデッキケースやプレイマットといった物を持っていないのを見れば分かることだと教えてくれた。
「それに交流会スペースには参加者しか入れませんからね」
「それなら話が早い。協力してくれないだろうか?」
「協力ねぇ……」
尊が本題にはいるために聞いたのだが、弓弦がなんとも乗り気ではない。カードを片付けながら「どうしましょうかね」とやる気が感じられなかった。
「僕はまだ対戦を楽しみたいのですがねぇ」
どうやら、趣味であるカードゲームを楽しみたいらしい。源藤管理官の言っていたことはこのことみたいだ。さて、どうしたものかと尊は頭を悩ませる。
警察からの協力要請なので大人しく従ってほしいのだが、周囲に一般人がいる前でそれを言うこともできない。余計な騒ぎなっても面倒なのは弓弦も同じだろう。
ちらりと見遣れば他の参加者たちが不思議そうな目を向けていた。先ほど対戦をしていた青年が「ゆづさんの知り合い?」と聞いている。弓弦は「そうですね」と当たり障りない返答を返した。
「少し彼と話してきます」
「了解っす」
デッキケースとプレイマットをトートバッグに仕舞い、肩にかけて弓弦は「ちょっと避けましょうか」と室内の奥を指さした。
そこは対戦スペースとショーケースの間で死角になっている。人もおらず、騒がしい店内であれば二人の声は聞かれずにすみそうだ。
その提案に尊が頷いて移動すれば、弓弦は「今からじゃないといけないのですか?」と問う。
「明日でもよくないでしょうか」
「できれば早めに話を伝えておきたい」
捜査を長引かせたくはないと尊が話せば、弓弦はこちらの都合も考えてほしいと主張した。趣味を楽しむ時間を奪わないでほしいと.言って腕を組んだ。
壁に寄り掛かりながら目を細めて眉をひそめている姿は不機嫌そうである。これは面倒くさいなと尊は源藤管理官が人を選ぶと言った意味を理解した。
「ついこの間も源藤さんに協力したばかりなんですよ。今日みたいな交流会の日に。少しは都合を考えてほしいものですね」
「そうは言ってもだな……。こちらも急いでいるから」
「源藤さんから軽く聞いていますよ。だいぶ手を焼いているみたいですね」
決定打がないとかと弓弦に言われて、その通りだと尊は頷く。そうすると、彼は「素直に答えてくれますね」と意外そうに見つめてきた。
素直も何も、本当の事なのだから嘘をつくことはないだろう。尊の返答に弓弦は「いるんですよ、たまに」と話す。
「プライドが高いのか、馬鹿にされたくないのか知りませんけど、そんなことはないと嘘をついたり、言い訳をしたりする刑事さん」
協力者となる以上は信頼してもらわねばならないし、できなくてはならない。そういった嘘や言い訳というのはマイナスな印象を受ける。
弓弦は「その点は貴方はまともそうですね」と少し考える素振りをみせた。
弓弦の話を聞いてそういった刑事がいたのかと自分の事でもないのに恥ずかしくなってしまう。いくら警察としての意地やプライドがあったとしても、嘘や言い訳をして良い理由にはならないのだ。
「それと僕が大学生と下に見ている方もいるのですよね」
「それはどうしてわかったのだろうか?」
「態度と口調で分かりますよ」
二十歳になっているので子供という年齢ではない。立派な大人であるというのに子供扱いをし、偉そうにする。
弓弦の顰めた顔に何度もあったのだろうことはそれだけで分かってしまう。こちらの人間が申し訳ないと謝罪すれば、弓弦はふっと吹き出した。
「なんで貴方が謝るんですか」
「同じ部署の人間の不手際だ。年下だろうと君を不愉快にさせていいなどないと俺が思ったからだ」
同じ刑事としてそういったことは許せないと尊は答える。
「……なるほど」
弓弦は尊の言葉を聞いて細めていた目を開いた。それから組んでいた腕を離し、ジャケットのポケットからスマートフォンを取り出して何かを確認し始める。
その様子を眺めながらこれは説得が長引くかもなと尊は頭を掻いた時だった。




