09
その手の存在に気が付いていたのは、わたしと高月くんだけだろう。店員さんはその手を避ける素振りも見せず、ひょいひょいとレジ袋の中に割りばしとおてふきを入れていく。そのたびに、その死人の手を、店員さんの手がすり抜けている。
死人の手は、そのたびに、少しぼやけ、しかし店員さんの手にまとわりつくように動きながら、再び姿を定めた。
わたしと同じく生きていない人の手だ、とか。
わたしも、生前はあの子供の幽霊と、あんなふうにすれ違っていたのか、とか。
――あの手の持ち主がカウンター下から這い出てきたら、どうなってしまうのか、とか。
いろんな考えが頭を巡り、あの指が、わたしの思考を支配する。
「ありあっしたー」
もはや原型のない、店員さんの挨拶にハッとなる。わたしは慌てて高月くんの後ろを追った。
高月くんを見失うのも困るけれど、物に触れないわたしは、誰かに扉を開けてもらわないとコンビニを出入りすることができない。斎場でも知ったけど、自動ドアは幽霊までは感知してくれない。このままではコンビニの中に閉じ込められてしまう。
なんとかぎりぎりで、扉が閉まる前に隙間をすり抜けると、「高月くん!」とわたしは彼を呼ぶ。一瞬立ち止まってくれたけど、また歩き出してしまう。
けれど、その立ち止まってくれた一瞬で、なんとか高月くんに追いつくことができた。
「あの真紅の爪を持つ手は、いつもあそこにいる」
わたしが追いついたことに気が付いたらしい高月くんが、わたしを一瞬見てから、そんなことを言った。
唐突に言うものだから、何のことか即座には分からなかったけど、すぐにあのカウンター下から出ようとしていた手のことだろう。
「い、いつもって……。じゃあ、あの手の持ち主を見たことはあるの?」
わたしの質問に、高月くんは少しためらったように息を止め、それから、「……直接、この目に収めたことはないな」と言った。
「外からなら、何度かは。だが、アレがいるときに我はあの……、……。コンビニ、には足を踏み入れないようにしている」
「じゃあ、……、……こ、コンビニ、言い換えが出なかったの?」
「沈黙せよ!」
高月くんでも恐れるような幽霊だったの、と聞こうとして、わたしは誤魔化す。それに気が付いていないようで、高月くんは簡単に食いついてくれた。なんだよ、沈黙せよって。
でも――そうだ。わたしが死んから初めて会った幽霊が子供で、突飛ばせたから勘違いしちゃったけど。
生きているときと同じように、力で勝てない相手も普通にいるのだ。なんなら、子供の幽霊の方が幽霊歴は長いはずだから、何か特別な力を使える可能性もある。
突き飛ばした最初の一回は、不意打ちでなんとかなっただけで――本当なら、どうしようもないくらい、歯が立たない可能性だってあるのだ。




