04
その声に、わたしは我に返る。
――母だ。
この家に住んでいるのはわたし一人ではない。高校生だから当たり前と言えば当たり前なのだが、わたしが死んだ後のことは何も考えていなかった。この場に留まることになるとは一切想定していなかったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
「……まや、か……麻耶花……?」
帰宅したらしい母が、わたしの元につき、縋りつくようにしている。必死になって、ロープを外そうとし、震える指が何度も滑る。
「ぁ……、お、ぁ、あ」
「――!」
先ほどまでわたしに触ろうとしていた子供の霊が、動きを止めたかと思うと、母に手を伸ばし始めた。
「――、ッ、ママに触らないでよ!」
わたしは慌てて子供を母から遠ざけようとする。伸ばしたわたしの手は、母の体をすり抜けたのに、子供には確かに触った感触があった。
ドタ、とわたしに突き飛ばされた子供は、床へと叩きつけられた。生きていた頃、他人を触ったときと何も変わらない感触。ただ、今まで見えなかったそれに、見えただけではなく触れることができた気持ち悪さに、わたしは思わず手をさする。
でも――触れた。
「き、救急です! 娘、娘が、首、首を吊って……!」
わたしとドアノブを繋ぐ紐をほどくことを諦めたのか、母はスマホに向かって必死に叫んでいる。
母の方を見て、もう一度子供の方を見たら――子供はいなくなっていた。どこかに隠れたのか。きぃ、と、別の部屋の扉が開いたような音が聞こえた気がした。
この目で確かめたわけではないけれど、子供は消えていなくなったのではなく、この家の、別の場所へと移動しただけのように思えた。ただの勘、としか言いようがないのだが、こうして幽霊になった以上、そう言った、非科学的なものも馬鹿にできない。
「――ママ」
「はい、はい……いつからかは分からなくて、紐、紐がほどけなくて……! 息は……し、してないです……」
耳と肩でスマホを挟み、そのスマホに話しかけながら紐をほどこうとしている母。声をかけても、気が付いてくれない。床にへたり込んでいる母の隣にしゃがみこみ、目線を合わせても、全くこちらの気配を感じ取ることができていない。
当たり前と言えば当たり前だ。わたしと違って、母は生きているのだから。
わたしは、もう一度、自分の手を見る。透けているとかはなくて、生きているときと同じように見える。この手では、あの子供に触ることができた。
なら――あの幽霊を遠ざけなきゃ。この事故物件に住む、霊から。
母と父は、まだ、この霊に殺されるべきではない人だから。




