男が先か女が先か
二人が部屋を整えている間に、俺は風呂場を掃除する。
普段より少しだけ丁寧に、床も壁も念入りに洗った。入るのは自分だけではないのだ。そう思うと、いつもより手が抜けない。
最後に浴槽を流し終えると、給湯ボタンを押してお湯はりをする。機械的な音声が淡々と流れ出す。
風呂場から出ると、二人はダイニングに戻っていた。
「終わった?」
そう声をかけると、フィオナが優雅に頷く。
「布団を敷いて、物を置くだけですもの」
「速攻なんだぞ!」
ルッカも胸を張る。行動力だけは本当に頼もしい。
俺は今後のことを考え、普段使っている財布とは別の財布を取り出した。そこに数万円ほど入れて、フィオナへ差し出す。
「これ。お金を入れておいたから、食材とか買いに行くときは使ってほしい。買い物はもう問題なさそうだし、頼んでもいいかな」
フィオナは一瞬驚いた顔をしたあと、ふわりと微笑む。
「任せてちょうだい」
その声は、どこか誇らしげだった。
「それと、少し多めに入れてあるから、他に必要なものがあったら買ってほしい。二人の身の回りのもので、俺が気付かない物もあると思うし。足りなくなったら、また渡すからさ」
そこまで言うと、フィオナは少し視線を落とした。
「ありがたいのだけれど……私たちが来てから、沢山お金を使わせているわよね。大丈夫、なのかしら……」
不安と遠慮が混ざった声音だった。
「お金がピンチなのか!?」
横でルッカが慌てている。汗までかいている。早い。
「いやいや、そこまでじゃない。こつこつ貯めてた貯金があるから、すぐどうこうってことはないよ。ただ、これから先を考えると、収入面はちゃんと考えないといけないかもしれないけど」
それを聞いて、フィオナはほっと胸を撫で下ろす。
ルッカも「よかったんだぞ……」と額の汗を拭った。
「とりあえず、今は目の前のことからだな。足りないものを買い足して、この生活に慣れること。少し落ち着いたら、そこから収入をどう増やすか考えよう」
自分の収入が上がれば一番早いのだが……資格取得や転職、キャリアアップ。考えただけで気が重い。
出来ることなら、二人にも何かしら収入を得る手段を見つけてあげたい。
いつまでも俺の金だけで暮らすのは、精神的にも負担になるだろう。フィオナは申し訳なさそうにしているし、ルッカだって自分の金があれば好きなことに使いたいはずだ。そこまで考えたその時。
『お風呂が沸きました』
電子音が部屋に響いた。
そこで俺は、次の問題に気付いてしまう。
「……風呂の順番、どうしよう」
先に入っても気まずい。
後に回っても気まずい。
どっちに転んでも落ち着かない未来しか見えないのは、経験のなさのせいだろうか。
「フィオナ、ルッカ。風呂が沸いたから順番に入ろう。誰から入る?」
答えが全く出ないので、二人に丸投げする。
「私はどの順番でも構わないけれど……」
「先に入るぞー!」
フィオナの言葉を食い気味に遮って、ルッカが宣言する。そのまま部屋へ走っていき、スウェットと下着を抱えて戻ってきた。早い。決断も行動も早い。
「ちょっと待った」
俺は慌てて止め、二人を風呂場へ案内する。
シャンプーやリンスの使い方、シャワーの温度調整、追い焚きボタンの位置まで一通り説明する。ネットを使いこなしている二人なら知っているかもしれないが、念のためだ。
説明が終わると、ルッカは脱衣所へ消えた。
俺とフィオナはダイニングへ戻る。
しばらくすると、風呂場の方から聞こえる声が。
「極楽なんだぞー!」
風呂場の方から、心の底からの叫び声が響いた。
フィオナがくすっと笑う。
「随分と気に入ったみたいね」
どうやら、現代日本の風呂文化はドワーフにも通用するらしい。




