別れとはじまり
内容は変わってませんが、少し内容を厚めにしました
じいちゃんが亡くなった。
早くに両親を亡くした俺に、親族たちは優しい言葉こそ掛けてくれたが、それだけだった。遠巻きに気遣うだけで、誰も「一緒に来い」とは言わなかった。
そんな中で、じいちゃんだけが俺迎えてくれて、親代わりになってくれた。
無口で、不器用で、でも真っ直ぐな人だった。
「正しくありなさい」が口癖で、悪いことをすれば本気で叱る。でも、夜になると黙って俺の部屋の前に立って、「眠れんのか」と声を掛けてくれた。
両親を失って泣き続けていた俺を、優しく、時に厳しく育ててくれた人だ。
高校を卒業して、大学進学を機に、俺はじいちゃんの元を離れた。比較的都会と言える場所へ引っ越した。離れはしたが、連絡はよく取っていたし、長期休みには必ず帰省していた。それは就職してからも変わらなかった。
だからこそ、入院したと聞いた時は慌てて電話をした。
「歳をとるとよくある事だ、心配はいらん。自分の事に集中しなさい」
今思えば、あれは強がりだったのかもしれない。
電話越しの声は、いつもより少しだけ弱かった気がする。
けれど俺は仕事を理由に、すぐに見舞いへ行かなかった。
そして、そのすぐ後に、じいちゃんは亡くなった。
休みを取って田舎へ帰省した。
何も無い離島の田舎だ。新幹線と船を乗り継ぎ、一日半。
潮の匂いを含んだ風と、昔から変わらない街並みが、俺を出迎えた。
少し小さくなったように見える家。
子供の頃は広く感じた道も、今はやけに短い。
じいちゃんは兄弟が多かった。葬儀には想像以上の人が集まっていた。俺は周囲に合わせて焼香をし、静かに手を合わせる。
白い花に囲まれた遺影のじいちゃんは、いつもの無骨な笑みを浮かべていた。
その顔を見た瞬間、言葉が次々と蘇る。
「幸せになれよ。お前の両親も、わしも、それだけを祈ってる」
「いい事もあれば悪い事もあるもんだ。辛い思いをした分、幸せが後からきっとやってくる」
「わしが死んだら、お前1人にさせちまうのが心残りだが、きっといい出会いもこれからあるだろう。縁を大事にするんだぞ」
どれも何度も聞いた言葉だ。
そのたびに「うん」と軽く返していた自分を思い出す。
胸の奥が熱くなり、視界が滲んだ。
俺は声を出さないように、ただ俯いた。
葬儀が終わり、俺はすぐ帰ることにした。仕事もあるし、長くは滞在できない。
親族に挨拶をして回る中で、じいちゃんの弟である大叔父に呼び止められた。
手渡されたのは、一冊の古びた本だった。
「この本を、凪にって預かってたんだ。見たことない本だったから開いてみようとしたけど、開けなかった。凪なら読めるから渡してくれ、と言ってたよ」
不思議な話だが、じいちゃんが俺に残してくれた物だと思うと、それだけで胸がいっぱいになる。
「ありがとうございます」
本を受け取り、大事に鞄へしまう。
「船の時間があるので、失礼します」と頭を下げ、帰路についた。自宅へ戻ったのは夜だった。
部屋の中は、数日空けただけなのに妙に静かに感じる。俺は普段は飲まない酒をコップに注いだ。
机の前に座り、ひと口飲む。
「随分年季の入った本だな……」
鞄から取り出したそれは、重く、分厚く、古びている。革の表紙は擦り切れ、角は丸くなっていた。
開けなかったと聞いていたが、試しに手をかけると、ぱらり、とあっさり開いた。
「普通に開いたな」
最初のページには、見慣れた筆跡があった。
『凪へ。この本はわしの人生を纏めたに等しい物で、日記のようなものだ。持っていてくれると嬉しい。そして、ささやかながら凪がこれから幸せになれるよう、祈りを込めて細工をした。どうかこれが凪の幸せの一助にならん事を願っている』
「じいちゃん……」
涙が一滴、ページに落ちた。
祈りを込めた細工?
何を言っているんだ、と苦笑しながらも、続きを読む。
ページをめくると、最後に書かれていた一文が目に入った。
「祈りを、感謝を、祝福を。幸運を、幸せを、我が孫へ」
俺は、無意識にそれを読み上げた。
その瞬間、本が光った。
「な、なんだこれ」
白い光が本から溢れ出し、机を、床を、壁を照らす。
光は渦を巻き、まるで魔法陣のような模様が空中に浮かび上がった。
現実感がない。夢かと思う暇もない。
眩しさに耐えきれず、俺は目を閉じた。
数秒か、数十秒か。
時間の感覚が曖昧になる。
やがて光が収まっていく気配を感じ、恐る恐る目を開けた。
そこにいたのは、取っ組み合いをしている、二人の女の子だった。




