ホットケーキの罠
シャンデリアが煌めき、花々のようにドレスが舞っている中、突然声が聞こえた。
「ローズマリー、君との婚約を破棄する!」
「……理由を……お聞かせ願えますか?」
心細そうな声に合わせて楽団の音が響く。
「クレア、大丈夫だ。噂のいつもの芝居だよ」
お兄様がそっと耳打ちする。そういえば、最近の舞踏会では婚約破棄のお芝居が流行っていると聞いたわ。デビュタントの私は初めて見るけれど。
流行の発端は、婚約者以外に目移りしていたという、第二王子の目を覚まさせるため、一芝居打ったことらしい。とある舞踏会で婚約破棄の末路を劇で見せたのだ。
それを見た貴族たちに、ことのほか好評で、娯楽として続いているのだとか。
多くの貴族たちがお芝居に夢中なのをいいことに、私はスイーツコーナーに行くことにした。
甘い香りを漂わせ、魔石コンロで何かを焼いているところがあったのだ。
「ホットケーキ……」
近づくとわかる。その魅惑的な香りを漂わせているスイーツは、シンプルな円を描いて形作られた香ばしいホットケーキだった。
焼きたてのホットケーキに、果物のコンフィチュールのソースとバニラアイスが添えられた皿を受け取り、席に向かおうとした時だった。
「メープルシロップがあればよかったんだけどね」
ふいに声をかけられ、驚く。振り向くとシルバーブロンドにアメジスト色の瞳で、整った顔立ちの男性がいた。
砂糖楓の木があるなんて聞いたことはないし、甘い樹液が出る樹のことも聞いたことはなかった。
「この国では見たことがないですわ」
私はつい思ったことを答えてしまった。満足そうな表情をした男性は、私の顔を見つめて言う。
「クレア嬢はフランス人形みたいに美しい」
「フランスは……」
私の名を知っている?
ふわふわのブロンドヘアに蒼い瞳の私は、確かに人形のような色味だけれど、この世界にフランスという国もフランス人形も存在しない。
やられた!? メープルにフランス? 私は何を探られてるのかしら。
『メープルシロップって何ですの?』
と、とぼけるのが正解だったんだわ。目を瞠り、青ざめていく私に青年は口を開いた。
「私はライオネル。ライオネル=アスターだ。クレア嬢、ダンスに誘っても?」
宰相のアスター侯爵家の子息がなぜ私に? そういえば、婚約破棄のお芝居の発案は、宰相との話だわ。答えから目を背けていたら、挑発的に言葉を紡がれてしまった。
「ああ、そうか。もしかして踊れないかな?」
「失礼ですわ!」
あぁもう、反射的に応えてしまう自分が恨めしい。心の中で頭を抱えながらも微笑んだ。
彼がスマートに手を差し出したら、手を取るしか選択肢はなかった。ホットケーキは諦めた。
踊りながら彼は言う。
「あの菓子は私が作らせたもので、グリドルケーキと名付けたんだ。ホットケーキよりかっこいいだろう?」
「!?」
「どちらもこの国にはなかった言葉だ」
この人は何を言っているの? まさか。
「ずっと表舞台に出てこなかった君が気になっていた。会いたかったよ」
「それは……。病弱で……」
ずっと領地にこもっていたのに、前から目をつけられていた? どういうことなの?
「君には、日本の記憶があるんだろう? 隠さなくていい」
驚いて彼の顔を凝視してしまった。
「探していたんだ」
彼は指を絡ませるようにしてから握り直した。微笑みは、少し甘さを含んでいるようだった。
アメジストの瞳から目が離せず、さらに私は混乱するしかなく。
その後なんと答えて帰ったのか覚えていない。




