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【BL】三角形のパラレルライン  作者: 七天八響


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7.自分勝手な義弟と、母からの突然の誘い

 ゴールデンウィーク前に、小テストが行われた。六月にある中間テストの前に実力を確かめて、連休中に遊び呆けないよう戒めておくことが目的らしい。


「海莉って意外と成績いいんだね」


 結果が配られてすぐの休憩時間に、颯から見せるように言われて結果票を手渡した。


「颯は?」

「こんなの見たあとに見せられないって……いやあ、意外だったなあ。でも海莉と親しくなってよかったかも」

「なんで?」

「海莉の親友なら、俺も脱途中入学組できるかもしれないじゃん」


 にんまりと嬉しげな笑みを浮かべた颯に、海莉は苦笑を返した。すると同じタイミングで、後ろから「無理だね」と小さく聞こえてきた。

 振り返ると神室から微笑まれ、ぞっと身を震わせた海莉は、慌てて颯のほうへ向き直った。


「隆司はどうだった? やば……さすがすぎる」

「どれどれ? まじでやばすぎ。ほぼ満点じゃん」

「さすが俊一さんの弟……」


 わらわらと男子が集まってきて、海莉の後ろあたりが窮屈になってきた。


「そこで兄さんの名前出す?」


 神室のおかしげに笑う声も聞こえてくる。


「いや、血筋って凄いなって」

「お父さんもだし、家族全員優秀なんだもんな」


 学校での神室は、母たちに向けるような人の良い笑みを絶やさず、誰に対しても分け隔てなく優しい。トップの成績を取っても謙遜するばかりで、父が理事であることを鼻にかけたりもしない。


「……ほんと、神室くんは凄いよな」


 隣からもしみじみと感嘆の声がした。

 神室が親切にする対象はすべての生徒に及ぶ。途中入学組に対しても、自ら挨拶をするし、困っていたらさり気なく助けてくれたりと、他の生徒のように、差別したりはいっさいしない。

 神室は一年でありながら、立場だけでなく能力的にもこの学校の頂点に位置している。そういった姿勢はむしろ美点として褒め称えられ、多くの生徒たちから尊敬の念を向けられている。颯を含めた途中入学組の生徒たちも、神室だけは違うと言って憧れているようなのだ。


「そうだね……」

「海莉が本当は神室くんの親戚だったらやばいよなあ」


 親戚どころか義兄弟だけど、と苦笑したくとも、表に出してしまっては針のむしろに立たされる。

 海莉の前での神室は、まるで別人のごとくだが、海莉以外の誰にも見せていないような気がしていた。


「出せよ」


 放課後自宅へ帰って着替えをしていたところ、ノックもなく神室が入ってきた。


「……着替え中なんだけど」

「どこにあんだ?」

「ノックしてよ」


 海莉の反応に眉間の皺を深くした神室は、断りもなく海莉の通学リュックの中を漁りはじめた。


「何してるの?」

「……結果票はどこにあんだよ」


 教科書やノートを床に放り投げられ、辟易した海莉は、リュックのサイドポケットから結果票を取り出した。


「ここにあるけど……」

「早く出せよな」


 奪い取った神室は、じっと結果票を見て鼻を鳴らした。


「あの途中組が騒ぎ立てていたから、どれほどのものかと思ったけど全然大したことねーじゃん」


 海莉は全教科の平均が九十五点で、最低点も九十点を下回っていない。順位は表記されていないものの、上位に位置しているはずだ。


「大したことないって、神室と比べればそうかもしれないけど……」


 むっとして海莉が反論すると、神室は義父と似た仕草で肩をすくめた。


「こんな成績しかとれないくせに、神室を名乗っているなんて、恥ずかしくないのかよ」

「なんだよそれ……どういう意味?」

「早いところ一ノ瀬に戻るか、転校したほうが身のためなんじゃないのか」


 神室は馬鹿にしたみたいに言い捨て、出ていくかと思いきや、海莉の部屋のソファに腰を下ろした。


「……まあ、思ってたよりは悪くなかったけど。電話ばっかりしてるから勉強なんてろくにしてないと思ってた」

「電話なんてしても数十分くらいだよ。神室と違って友達もいないし、勉強するくらいしかやることないんだよ」


 神室のひどい言い草にかっとした海莉は、ここぞばかりに嫌味を返してやった。しかし、大した攻撃にもならなかったそれに、神室は嘲るような笑みを返しただけだった。


「やることが他にないって言うんなら、せいぜい努力してろ。これから先も友達なんてできるわけがないだろうし」


 なんてひどいことを言うやつなのだろう。確かに神室のほうが成績はいいし、海莉と違って多くの人から慕われている。だとしても、ここまで馬鹿にしていい理由にはならない。

 部屋を出ていこうとする神室の背中に、海莉は何か言い返してやろうと言葉を考えた。しかし、突然ノックの音がして、開いたドアから母が現れた。


「あら。隆司くんもいたの?」


 仕事帰りといったスーツ姿で、疲れた顔を無理やり笑みの形に取り繕っている。


「……おかえりなさい」

「ただいま。ちょうどよかったわ。ゴールデンウィークに家族旅行へ行くから、予定を空けといてね」


 海莉はぎょっとした。背を向けている神室の肩もびくりと震えていたから、おそらく同じように驚いたのだろう。

 

「家族旅行……ですか?」

「そう。お父さんもわたしも休みが三日取れたから、二泊三日で北海道よ」

「北海道?」


 行き先を聞いて、海莉は一転気分が浮き立った。家族旅行なんて、こんなギクシャクとした家族で行っても面白くなるはずがない。気の重くなる提案だったが、北海道となれば話は別だ。観光してみたい場所はたくさんあるし、なにより飛行機に乗るのは幼い頃からの夢だった。


「そういうことだから、準備しておいてね」

「あ、母さん」


 言うだけ言って去ろうとした母を、思わず海莉は呼び止めた。


「なに?」


 勢いで呼び止めただけで、特に用事があるわけでもない。どうしようと焦った挙げ句、無難な質問をひねり出した。

 

「あの……夕食は一緒にとれる?」

「あー…………ごめん。書類を取りに帰って来ただけなの。明日……うーん、明後日なら一緒に食べられるかも」

「……そっか」

「ごめんね」


 母は疲れ切った様子のまま、笑顔をひきつらせながら去っていった。

 東京へ引っ越してきて一ヶ月と少し。母との関係は、離れていたときのままほとんど変わっていない。どんな風に関わっていくのかと抱いていた不安も、悩む必要のないくらい、関わり自体がなかった。

 登校時に毎朝挨拶を交わす近所のお年寄りや、コンビニ店員のほうがよほど顔を合わせている。

 母が話しかけてくることと言えば、先の予定やおざなりに体調を気遣う程度で、海莉に対しては以前として何も訊ねてこないし、成績さえも興味がないらしい。

 北海道旅行と聞いて上向いた気分が一気に沈んでしまった。

 海莉は大きくため息をついて、ベッドに寝そべった。


「……まじでだるい」


 神室の声が聞こえて、飛び上がりそうになった。まだ部屋に留まっていたらしい。


「だるいって、具合が悪いの?」

「家族旅行のことだ、馬鹿。ゴールデンどころかダークウィークじゃねえか」


 あまり上手いとは言えない神室の例えに、海莉は噴き出した。じろりと睨まれ、慌てて目を泳がせる。

 

「……北海道ってのは、楽しみだけど」

「そうか? 夜景見てラーメン食うだけだろ?」

「かもしれないけど、修学旅行みたいに旅程がきっちり決まってるわけじゃないでしょ? 家族旅行なんて初めてだからわかんないけど」

「初めて?」

「……うん。祖父母と暮らしてたから……神室は?」

「俺?」

「ハワイとか海外に行ってそう。フロリダディズニーランドとか行った?」


 同じく忙しい親を持っていると言っても、神室のほうは一緒に暮らしていたのだ。裕福な家だし、家族旅行なんて何度も行っているだろう。海莉の祖父母は節約家というか、旅行という概念がない人たちだったため、海莉にとって事実初めてのことだった。


「親のいないところでは話しかけんなって言っただろ」

 

 数秒まえまでは珍しくも普通に会話をしてくれていたのに、突如苛立ちをあらわにした神室は、バタンとドアの音を響かせながら部屋を出ていった。

 話しかけてきたのは神室のほうなのに、いきなり何なんだろう。


 親しくする隙がないというなら諦めもつくが、神室とは誰よりも多くの時間を共有している。食事はほとんど二人きりで、教室でも前後の席だ。多くの人に囲まれているはずの神室は、なぜか放課後に寄り道をしたり、休日に出かけている様子が窺えない。授業を受ける以外の時間は、海莉と同じくらい自室に引きこもっているようなのだ。

 何をしているのかわからないが、もし親しくなれたらと、どこかで期待している自分がいる。友人であるはずの颯は、話題といえば自分の話や他生徒の噂ばかりで、海莉といても常に周りへ意識が向いている。母や義父もそうだ。目の前にいる海莉より、スマホの向こうに気を取られている。

 神室は目を見て話してくれるばかりか、身近にいる他の誰よりも海莉の存在を意識してくれている。粗探しかもしれないし、口を開けば嫌味ばかりだが、誰も指摘しないようなことを言ってくるあたり、良くも悪くも気にかけてくれていることがわかる。

 それに、いくら表向きの仮面だとしても、あそこまで周りに気を配ったり、親切にできる人はそうそういないだろうとも思えた。学校や母たちのまえでの神室も神室であることには変わりない。

 常に近くにいるからかもしれないが、義兄弟ということもあり、海莉にとって神室は、いつか親しくなれたらと願わずにはいられない存在であり続けていた。

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