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【BL】三角形のパラレルライン  作者: 海野幻創


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5.孤独で退屈な春休み

 海莉の春休みは、退屈の一言だった。

 引っ越してきたその日以降も、食事どきに四人が揃うことはなく、常に母か義父のどちらかは不在で、ほとんどが神室と二人きりの食事だった。その神室もいないときが日に一度は必ずあり、海莉は常に祖父母のいる暖かな家庭から一転、孤独な日々を送っていた。

 ネット環境は整ってあるし、お小遣いは以前と比較にならないくらいたっぷりもらえている。しかし、出かけるにも迷いそうで怖いし、遊ぶ相手もいない。SNSやゲームのアプリを入れて試してみても、そこに面白さを見出すことができず、漫画や小説を読むくらいしか暇をつぶせることがなかった。

 

 同い年の義兄弟という、親しくなるに絶好の相手がいて、彼も毎日部屋に閉じこもっている。部屋の前を通り過ぎるときや、食事で顔を合わせるたびに、彼と時間を共有できたら楽しいだろうと何度も頭によぎったが、そのたびに無理だと頭を振った。

 初日に「話しかけるな」とバリアを張られて以降、挨拶をしても無視をされ、話しかけると睨まれる。父母がいないときは一言も口を利かないという徹底ぶりだ。

 海莉が話す相手といえば、まれに父母と、祖父母に電話をするくらい。姫宮は細々とした日常の話をしてくれるが、多くはやはりレイだった。

 レイの存在がなければ、中卒という羽目になっても祖父母のもとへ逃げ帰っていただろう。


「学校を待ち遠しく思う日が来るとは思わなかったよ」


 その日はお互いに休みだったので、たっぷり話そうと言って、レイが一眠りをしたあとの午後二時から電話を繋いでいた。


『学校にも過度な期待はしないほうがいいよ。神室みたいなやつばかりかもしれないし』


 午前六時を過ぎた時間のイギリスにいるレイは、朝食を取っているらしく、もごもごとした声が返ってくる。


「嫌な予想はやめろよ。学校でもぼっちだったら最悪すぎる」

『ぼっちでもいいじゃん。僕がいるんだし』

「そうだけど……」

『なに? 僕に不満でもあるの?』

「……不満とかじゃなくて、会って遊んだりできないじゃん……」

『電話で喋るのと変わらないよ。遊びたいなら、電話を繋いだまま出かけて、僕と喋っていれば一緒に出かけてるのと同じじゃん』

「全然違うよ!」

『何が違うんだよ。この間やったみたいに、同じ映画を見ながら電話すれば、映画デートと一緒じゃん』

「……違うよ」

『じゃあ、電話しながらマクドナルド行って店内で食べたりとかしてみる? 二人でランチ取ってるみたいになるよ』

「端から見たら不気味だし怖いよそんなの」

『周りの目なんて気にするの?』


 おかしげな声が返ってきて、海莉はかっとした。


「周りがどうこうよりも、顔も知らない相手とそんなことしてもイメージできないだろ」


 海莉が声を荒らげたからか、電話の向こうでは珍しくも怯んだような声が聞こえてきた。


『……何言ってんの。顔なんて……知ってるじゃん』

「六年前のはね」

『あれから変わってないよ』

「んなわけあるか。レイは俺の写真を逐一見てるから変化を感じないんだろうけど、俺は小三のときからレイを見てないんだ。……なんで送ってくれないんだよ」

『……僕の顔なんて見ても楽しくないし』

「楽しいとかじゃないだろ。送ってよ」

『……海莉にこんなブス顔見せたくない……』

「なんだそれ。レイがブスなわけないだろ」

『ブスだよ。学校ではみんなに言われるし……だから、送りたくないとか以前に、撮ること自体が無理なんだって。自撮りしてSNSにアップしてる奴らの頭はウジが湧いてるね。どんな頭の構造していたらあんな真似ができるのか謎だよ』

「俺がレイのことを悪く言うとでも思ってるわけ? 学校の奴らと同じにするなよ」

『…………あ、ママが呼んでるみたい。一端切るね。ごめん』


 白々しくも通話を切られてしまった。

 なぜレイはここまで頑なに拒否するのだろう。恥ずかしいのはわかるが、海莉はそれを我慢してでも送っているのだから不公平だと思えてならない。

 これまで海莉は、なにかと理由をつけて求められてきた写真を、いつかレイもと期待をして愚直に送ってやっていた。恥を忍んできたというのに、こうまで頑なともなれば、もはや送ってやる道理はない。

 今度頼まれたら不服だとして突っぱねてやろうと決めて、ベッドに寝転んだ。

 数秒ほど天井を見つめていた海莉は、これからどうしようと考えて、一人やることもなく暇になってしまったことに気がついた。レイと何時間も話すはずの予定が、あっけなくも終わってしまったせいだ。

 中学時代の友人に連絡してみることを思いつくも、これといった用件がないと気が引ける。こんなことになるなら、あんな話を持ち出すんじゃなかったと後悔に襲われた。

 強く言ったところではぐらかされ、都合の悪いことはなかったことにされる。一度逸れた話題を蒸し返せるほどの勇気も海莉にはなく、結局はレイのいいように丸め込まれてしまう。

 海莉は不甲斐なさに肩を落としながらも、すでにレイを恋しく感じている自分にため息をついた。


 入学式の前日は、家族四人でレストランへ行って外食をする予定だった。自宅でもいまだ四人揃うことがなかったため、海莉は緊張しつつも楽しみにしていた。

 そのはずが、当日になってみると、義父はどうしても抜けられない仕事があるといって、母と神室と三人での食事となり、その母も中盤で席を立つ始末で、結局はいつものごとく落胆する食事となってしまった。


「……一ノ瀬」


 デザートを終えた頃、二週間ぶりに二人きりの場で神室の声を聞いた。しかも以前の名字で呼びかけるとは、よそよそしいことこの上ない。


「……なに?」

「学校では、絶対に話しかけてくるな」

「えっ」

「義兄弟だなんて、絶対に言いふらすなよ」

「言いふらしたりなんてしないけど、それって俺との関係を隠したいってこと?」

「そうだ。俺と一ノ瀬は無関係ってことにしろ」

「なんでそんな嘘……」

「すぐに嘘じゃなくなるから、いちいち訂正するのが面倒だろ?」


 神室は吐き捨てるように言って、終わりとばかりにそっぽを向いた。

 つまり、母と義父はすぐに離婚することになるから、学校では義兄弟という関係を隠し通せと言いたいらしい。

 海莉にだけでなく、義母となった母に対しても失礼だ。

 かちんときた海莉は言い返そうとしたが、恋愛ごとに疎い男子高校生が、夫婦の何を知っているというのか、しかも義父とは姫宮以上に顔を合わせないし、母も然りで、どういう人間なのかまったくわからない。

 考えてみても言い返せるようなことは何も思いつかず、海莉は嫌味を飲み込むしかできなかった。


 入学式の朝がきた。じりりりと、耳をつんざく黒電話の音が鳴り響き、海莉は急いでスマホを手探りした。

 レイから通話を切られたあの日、一時間もしないうちに再び電話がかかってきたことで海莉は嬉しくなり、結局のところ写真がうんぬんというのはうやむやになった。そのため、目覚ましは相変わらずレイからの着信だ。


「おはよ……」

『モーニン、海莉。制服着たら写真撮って送ってね』

「……何だって?」


 うやむやにしたとはいえ、やはりレイにはまったく響いていなかったらしい。

 

『入学式でしょ? 海莉の凛々しい制服姿、楽しみにしてたんだから』

「楽しみにするようなものじゃないって」

『絶対にかっこいいよ。夢の中で制服姿の海莉とデートしたいから、送ってくれるまで眠れないよ』


 いきなり小っ恥ずかしいことを言われて、顔が熱くなる。

 

「何言ってんだよ……制服姿って、中学も制服だっただろ。何枚か送ってあると思うけど」

『学ランに萌える派じゃないんだ僕は。有明高校にしてよかった唯一の点はあのブレザーだよ。海莉のためにデザインされたような制服……あー、早く見たい』

「わかった。レイが写真を送ってくれたら送るよ」


 ミジンコほどの勇気を振り絞って海莉が提案すると、数秒ほど間ができた。

 

『……What?』

「レイが写真送ってくれない限り、これから一枚も送らないことに決めたから」

『What the f……』


 スマホ越しでも、レイがわなわなと震えている様が窺える。振り絞ってみたら、意外にもすんなり口にすることができた。ビビっていたこれまではなんだったのだろうと脱力するほど、あっけないことだった。

 海莉が晴れ晴れとした気持ちで時計を見やると、時間が差し迫っていた。


「ごめん、今日は早いんだ。起こしてくれてありがと」

『待っ…………いってらっしゃい』

 

 相当堪えたのか、普段なら海莉が承諾するまで言葉巧みに誘導してくるはずが、驚くほど簡単に引き下がった。

 もしかしたら、本当にレイから写真が届くかもしれない。

 海莉は期待に胸を高鳴らせながら、制服に着替えて部屋を出た。

 浮ついているのは、入学式だからという理由もある。理事である義父はもちろん、さすがに母も出席してくれるはずだ。気恥ずかしくも緊張してしながらダイニングへ顔を出すと、当然とばかりに神室の姿しかないのを見て不安になった。

 朝食を運んできた姫宮が、二人はすでに家を出たことを説明してくれた。出席はするが、母は朝から用事があり、義父も準備や確認があると言って先に向かってしまったらしい。入学式の日の朝食すら家族で取れないとは、呆れを通り越して悲しくなってくる。


「俺は車で行くけど、一ノ瀬は電車で行けよ」


 追い打ちをかけるかのごとく、義兄弟から冷たく言い放たれた。入学式に関する話題どころか朝の挨拶すらなく、かけられた言葉はそれだけだった。

 海莉は一転、沈んだ気持ちで朝食を済ませ、いまだのんびりとコーヒーを楽しんでいる神室を尻目に家を出た。

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