6 国王の懺悔
国王視点のお話しです
昨日、神殿から戻った後、神託への対策を検討するための会議を行なった。
皆が自己保身に走ったため、概要が判明するまでにかなりの時間が掛かったが、ようやく分かった。
『牢に繋がれた少女』とは息子エリックの婚約者ソニア嬢だった…
会議の後、私は一晩中考え抜いて王としてひとつの決断をした。そして今、神にそれを伝えるべく一人で創造神の神殿を訪れた。
人払いを済ませて創造神様の神像の前で膝をつく。
「本日は創造神様にご報告とお願いがあって参りました。
真実の神様の示めした少女が判明し、冤罪で捕らえていた事もわかりました。そして、それを行なったのは我が国の王侯貴族でございました…。」
エリックの捏造による冤罪。
そもそも、王太子の一存で国外追放など決定できるはずがない。貴族なら誰にでも分かることなのに翌日には刑執行の予定だったというのだから呆れる。
エリックに何故こんな事をしたのか問いただしたところ「私には美しい婚約者が似合うからだ」と悪びれもせずに言ってのけた。
どこで間違えてしまったのか…息子を正しい人間に導けなかった自分に腹が立つ。
「冤罪の事実を知りながら黙認していた者が多くいたことも判明しています。全員、この国の王侯貴族でございました…。国を率いる者として恥いるばかりでございます。」
共犯者以外にも多くの者がエリックの愚行を知っていた。
冤罪であることを知りながら見て見ぬ振りをした。いや、息子に言われるがままに、私に知られないよう隠蔽に協力していたのだから共犯だな。
「主犯は我が息子ですが、そもそもの原因…真実の神様の仰る"歪み"は別の所にございました。それは貴族達の心です。」
息子や貴族達の美しさに対する"美至上主義"とでも言える考えは危険だと知っていた。ことあるごとに正そうと口煩く指導してきたつもりだった。だが、それは少しも伝わっておらず、既に貴族社会に深く根付いていた…。
今回の事があるまで、気が付かなかった私は本当に王失格だ。
今回、冤罪捏造事件として相応の罪を言い渡して終わらせることも出来るだろう。
だがそれではダメなのだ!各自の思想を変えなければ何も変わらないのだ!
しかし、どんなに考えても私の力では、そんな方法は浮かばなかった。
「正しき道に導くのが王である私の役目なのでしょう…しかし、もう正すことが出来ないほどに"歪み"は深く根付いておりました…。すべては、これまで気が付かなかった私の責任、力の無い私の責任でございます…。」
これから願うことは、国は崩壊させるかもしれない―
しかし、危険な思想を持った人間が導く国に未来などない。遅かれ早かれ滅びを迎えるのであれば早いうちに、被害の少ないうちに決断するしかない。
私は自分が涙を流していることにも気づかず、必死の思いで訴え続ける。
「ソニア嬢から『ざまぁの神様』なる神様にお会いしたと聞きました。今回の件のきっかけとなった神様でごさいましょう。その神様にお伝えいただきたい事がございます。
本日午後、ソニア嬢への謝罪の場を設けました。その様子をご覧いただいた上で、この国の間違った思想を持つ者達に神の裁きをお願いいたします。」
昨日のうちに、国を代表して謝罪を行うためにソニア嬢に面会した。彼女は冤罪で捕らえられていたとは思えない晴れやかな顔をしていた。
不安はなかったのかと聞くと「ざまぁの神様」が助けてくれると分かっていたと彼女は語った。
最初は彼女の空想かとも思ったが、話を聞くうちに今回その神様が創造神を始めとする神々を動かしたのかと得心した。
この国を正すにはその神様にすがるしかない―
もしかしたら、間違った願いを口にしてしまったのかも知れない…しかし、どんなに考えてもこの国を救う方法はこれしか思い浮かばなかったのだ。国民よ愚かな王ですまない…
私の目からは涙が溢れ続けていた。
「本来は私がすべき仕事…なれど愚かな私にその力はございません。王などと言いながら何もできない自分が情けない…。今回すべてを見届けたのちに、王としての責任を取り、この命を終わらせるつもりでございます。
最後に…誠に勝手ではございますが、出来ますれば、罪なき国民にはお咎めなきようお願い申し上げます。」
神像が答えるように一瞬ほのかに光を発した。
それを見て私は涙を拭い、城へと戻ったのだった。
ソニア嬢への謝罪の為に関係者一同が集まった。そこへ、彼女が入ってきた。
「エリックお前からだ。」
不満な顔を隠そうともしない息子にため息が出る。おそらくまともに謝罪などしないだろう。
ソニア嬢には、皆が謝罪しないであろうこと、それも含めて神に見ていただきたいのだと隠すことなく話してある。嫌な思いをするかもしれないと謝ったが「慣れていますから」とほんのり微笑んだ。心の強い少女である。
今更ではあるが彼女を娘として迎えたかった、などと物思いに耽っていると、エリックが彼女の前に出て話し始めた。
「ソニア!お前のことで、父から廃太子だと言われた。お前が許すと言いさえすれば王太子に戻れる。今すぐ父に伝えるんだ!」
「そうよ。あなたのせいで私は王妃になれなくなるかも知れないのよ。早くエリック殿下の言う通りにして頂戴」
あぁ、やはり救いようがない…。
一晩時間を置き少しは冷静に考えたかと思ったが、私の言葉などまるで届いていないか。
そもそも王太子になど戻れるはずもない。通常とおりに罪を償ったとて死刑か良くて生涯幽閉だというのに。こんなにも愚かな息子だったのだな…。
「ソニアよ。お前が冤罪だと知らず廃籍しただけだ。仕方ないから我が家の娘に戻してやる。寛大な私に感謝しろ」
「冤罪については申し訳ないと謝りますが、しかし、王太子にあれ程嫌われるあなたにも問題があったのでは?」
「お前が婚約者に相応しくないから、皆が殿下を哀れに思って行動しただけだ。被害者ぶるなよ!」
「私は家まで失ったんだぞ。もう充分罪は償っているだろう。それどころかこちらから損害賠償を請求したいくらいだ」
「陛下、真実の神様は、真実を明らかにしろと仰っただけです。もう真実は明らかなのだから彼女に謝罪など無意味です。」
謝罪どころか、次々と飛び出すのは罵詈雑言。
だが、彼女は何も言わず彼らを見ていた。
彼女の心にあるのは、おそらく憐れみだろう。
私の目にも、何も知らない幼子が自分は世界の中心だぞと我儘放題に喚き散らしているようにしか見えない。
自分だけが正しいと信じて疑わないその様子は、いっそ哀れだ。あぁ…こんな国にしたのは私なんだなぁと、涙がこぼれそうになるのをグッとこらえる。
そして審判の時は来た―
部屋の空気が一瞬で変わったのがわかる。
それに続き、空間すべてから響くように聞こえたのは場違いにも思える子供の声。
『ここりょがうちゅくしくないでしゅ』
その声と同時に、その場に居た殆どの人間が顔に両手をあてて蹲った。激痛に襲われているようだ。
私とソニア嬢と他数人だけが、顔をおさえてうめく彼らをただ見ていた。いや、驚きで突っ立ったまま何もできなかった。
1分ほどだ経っただろうか、今度は女性の声が聞こえた。
『その痛みは傷つけられた彼女の痛み。その変化は己の心の醜さを映す鏡です』
その言葉が終わると、部屋の空気が元に戻っていた。
蹲っていた者達は、フラフラと立ち上がり周囲を見回して驚きの声をあげた。
「お前達その顔はどうしたんだ!」
「あなたこそ、なんて醜い顔なんだ!」
「おい、誰か鏡を持ってこい!」
自分の顔をペタペタ触りながら、皆叫んでいた。
すると前触れもなく、壁一面が大きな鏡に変化した。後から思えば神のいたずら心だったのかも知れない。
急に現れた鏡に驚く余裕もなく他人を押し退けながら鏡に殺到する者達。
鏡の前で体を動かして、鏡に映るのが自分だと分かり叫び声をあげる。中にはショックで気を失うものまでいる。
まさに阿鼻叫喚。
皆の顔は醜く変わっていた―
こうして神の審判はなされた。
だが、神の怒りはこれだけでは終わらなかったことを翌朝あらためて知ることになる。




