24 アザレア街のその後
あの大事件から5日―――
数日前までは、屋台の掛け声や人々の笑い声で活気に溢れていたのが嘘のように、街はしーんと静まり返っていた。
事件後の住民達の決断は早かった。神の怒りを受けた人間を捨てて、すぐに他の街へと逃げていったのだ。
いつ魔物の襲撃があるかわからない地に住む人々だからこそ、いざという時の心構えと準備は出来ている。それはそれは見事な逃げっぷりだった。
それにしても、人が暮らしていた残滓は漂っているのに誰もいない空間というのは何故こんなにも物悲しい気持ちにさせるのか…。
そんな誰もいない街の大通りを、ネロスはパトを連れて歩いていた。
「はぁ…やっと街に戻って来られたな。それにしても見事に誰もいないな」
(街の奥にいっぱいいるよ…エルフが…)
隣にいるパトに語りかけると嫌そうなパトの思考が流れ込んでくる。
エルフの里で散々にかまわれまくったパトはエルフが苦手なようだ。普通の人間だったら少し声を上げれば離れてくれるが彼等にそんなことは通用しない。逃げようとしても、その強い力でガッチリと捕まってしまう。
パトにとってエルフは初めての天敵だった。エルフのことを思い出してフサフサの尻尾もしょぼーんと下がってしまっている。
そんなパトの頭をポンポンと励ますように叩きながら、大通りを進んでいく。
すると、前方からガッチリとした体つきの、これぞ冒険者という雰囲気の男性が歩いてきた。男性はネロス達に近づくと、大仰な仕草でネロスに話しかけた。
「これはこれは、アザレーア子爵殿お戻りでしたか?」
「勘弁してくださいよ…」
頭を掻きながら答えるネロスを見てニヤッと楽しそうに笑ったのは『蒼穹』のリーダーアクシス。竜王がネロス達を降ろすのを見つけて迎えに出て来たのだ。
「街の様子はどうです?…と言っても、住民は殆ど残っていなさそうだけど」
「ああ、残っている住民は移動が困難な者と例の奴等くらいだな。そうそう、受け入れの準備もエルフがあれこれ手伝ってくれるから進んでるぞ。…まぁ、張り切り過ぎな気もするけどな…」
「あぁ、エルフですもんね…」
「そう、エルフなんだ…」
2人は互いの現況を語りながら、肩を並べて大通りを進む。
彼等は、フェンリルとドラゴン一行が帰ったあと、竜王に捕まってしまった。そのまま背中に乗せられて王都に連れて行かれ、そして……
竜王は王都で大暴れした――
そりゃもう、アザレア街の事件が霞むほどの酷い有り様だった。最後には国王陛下まで出て来るような騒ぎに彼等は否応なく巻き込まれたのだ。
王都での用が済んだ竜王はアザレアの街に戻って来た。ようやく解放されるとネロスが安堵したのも束の間、竜王はエルフに何事かを命じると、今度はネロスとパトだけを連れてあちらこちらの街を連れまわした。それから数日…先程やっと解放されてこの街に帰って来られたのだ。
疲れた……。
肉体的にではなく精神的に。もう、一生分以上の経験をしたし隠居してのんびり暮らしたいなぁ、とネロスが現実逃避をしていると目的地に着いたようだ。
そこには、どどーんと空き地が広がっていた。街の半分が更地にされていたのだ。
初めてその光景を見るネロスは目を見開いて絶句していたが、アクシスは苦笑しながらネロスに話しかける。
「なっ?エルフだろ?」
「……。」
かつてそこにあったはずの建物は欠片さえも残っていなかった。街が突然切り取られたかのように剥き出しの土地が広がっている。
いや、何も無い訳ではない。少し先で人がわらわらと集まっていて、その隣では大きな何かを建造中のようだ。
何を造っているんだ?
明らかにこの街の規模と釣り合いの取れない超巨大な建造物にネロスは訝しみ、隣のアクシスに問いかける。
「なんですかあれ?竜王様から大勢が一時的に暮らせる住居を用意しておくように頼まれてたみたいだけど…デカすぎませんか?」
「ああ、それはもう出来てるぞ。あっちにあるのが頼まれてた建物だな」
アクシスが指をさした方向には、木造の長屋のような建物がずらっと建っていた。ドアの数を見ると一つの棟に10世帯が暮らせるようだ。それが20棟完成していた。
「竜王様に頼まれたあとにな、エルフがドワーフを大勢連れてきたんだ。そして、街の半分を破壊し始めた…。街がどんどん更地になっていく様子は恐怖そのものだったぞ。
で、次に見た時にはもうあの建物が出来ていて、神殿を造り始めていたんだ。俺もエルフがすごいとは聞いていたが、あそこまでメチャクチャな種族だとは知らなかったよ」
あの巨大建造物は神殿だったのか……
昔、エルフが絶滅しかけたって竜王様が言っていたけど、なるほど…自由を極めるってあんな感じなんだな。
2人は遠い目をしながら、神殿を建造するエルフとドワーフをしばらくの時間呆然と眺めていた。
「エルフのことは考えても無駄な気がするので、心の安定のため考えないようにします。ところで街に戻された頭が白の奴等はどこに?」
「ああ。しばらくは家族に見捨てられたショックで落ち込んでたけど、今は色んな雑用をしてるよ。最初はフェンリル達に脅されて渋々って感じだったけど、少しは前向きに考えられるようになってきたみたいだな」
「そりゃ良かった。ちょっと可哀想かなと思ってたんですよね」
「神が怒るくらいには理不尽なことされてたんじゃないのか?」
「まぁ、嫌な思いはたくさんしたけど、あの人達には殺されそうになった訳でもないし。テイマーが嫌われるのは仕方ないって諦めてましたからね」
「お前はいい奴というか、のんきというか…」
「ハハハ、いつまでも被害者ぶって、周りの人のせいにしているような人間にはなりたくないだけですよ」
そう言ってネロスは、カラッと笑った。
アクシスはそんな彼を見て、聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。
「…こういう奴だからこそ神は手を差し伸ばしたんだろうな…」
そんなアクシスの感嘆の思いも知らず、ネロスは思い出したようにアクシスに尋ねる。
「そう言えば、壊れた街壁は?あれだけ壊れてたら修復には相当かかるし…交代で見張りをしてる感じですか?俺も手伝いますよ」
「エルフが直したよ。秒で…」
「……そうか…よかったな…うん」
エルフのやる事を気にしたら負けだ、とでも言いたげに2人は互いに顔を見合わせて、はぁ〜っと大きくため息をつくのだった。
2人が次の言葉を探していると、理不尽の塊であるエルフがこちらに向けて駆け寄ってきた。
「おかえりネロス。これから住む家の準備もできてるぞ。これから見に行くか?」
ソフォラはあの後も街に残って色々と後処理をしてくれていたらしい。それを聞いてアクシスも家の事を思い出したようだ。
「あっ!忘れてた。ネロスの家を用意したんだった。エメラーダ男爵の家を手直ししといたから今日からはそこに住んでくれ」
「えっっ⁈俺が貴族の屋敷に住むのか?」
「ハハハッ、だって貴族になったんだろう?今後はこの街を治めていくんだから慣れるしかないな」
「俺、貴族なんて柄じゃないよ…。アクシスさんが代わってくれよ」
実は、王都を襲撃した竜王がこの街の権利をもぎ取ったついでに、街を管理する者の地位も寄こせと言い張り、ネロスは子爵にされてしまったのだ。もちろん、本人の意思などお構いなしに…。
情けない顔で泣きつくネロスに笑いながらアクシスは告げる。
「ダメダメ。ここはテイマーの街になるんだろ?フェンリルを連れた国一番のテイマーがトップに立たないとな。まぁ、当分は手伝ってやるから頑張れよ」
「もちろん私も手伝うぞ。一緒に頑張ろうなっ!」
「ワオン!」(ボクもがんばるよ)
パトにまで応援されて、ガックリと肩を落とすネロスを見てアクシスとソフォラは声を上げて楽しそうに笑うのだった。
*
遥か未来――巨大神殿のあるこの場所は『アザレーアの街』と呼ばれ、テイマー達の聖地となる。
この街を最初に治めた英雄ネロスの物語はあまりにも有名だ。エルフの妻と従魔フェンリルを連れて大陸中を駆け回り、不遇なテイマーを助けるその物語は本当にあったことだったのか……今は誰も知らない遠い昔の物語。




