22 アザレア街の災厄③
『早く出て来いっ!』
ゴロゴロドッカーン、ドッカーン、ドッカーン
立て続けに街のあちこちから響く雷鳴となにかが壊れる音。
『出て来なければ次はこの建物が粉々になるぞっ』
再び聞こえた竜王の怒声に、邸から叫び声と共に使用人が次々と転げ出てきた。
「ひいぃぃぃー助けてくれー」
「だ、旦那様は中にいますが動けませんっ。私たちは関係ありません。お、お助けを〜」
外に出てきた使用人達は、別棟の建物があった場所にある大穴や上空の竜王を見て失神したり、地面に突っ伏して許しを乞うたりとパニック状態だ。
先程の騎士達もうめきながら地面をのたうち回っており、まさに阿鼻叫喚。
そんな様子を上空から冷ややかに見ていた竜王がエルフに声をかける。
『おいっエルフ、中に残ってる奴等を引き摺りだせ』
さすがエルフというべきか、先程の雷にも瞬時に対応して被害はない。ただ、何が起こっているのか分からず目の前の光景を呆然と見つめていた。
竜王に声をかけられてハッとなり、末っ子の方を見て、どうしましょうかと目で問うた。どんなに竜王が恐ろしくても神様ファースト。世界の終わりだろうと神様ファースト。
神様絶対!絶対神様!このブレなさこそがエルフの真骨頂。
エルフにじぃーっと見られている末っ子はと言うと、この惨状に怖がるでも驚くでもなく……ぷっくりとほっぺをを膨らませていた…。
竜王は動き出さないエルフをギロリと睨みつけて何か言おうとしたが、ピタリと動きを止める。
顔の真ん前、というか鼻の上に末っ子がシュタっと現れたのだ。短い腕を組んでほっぺたをぷくっーと膨らませてプンプンのポーズで竜王を見ている。
「こわちちゃめーでしゅよっ!」
さすが神様、というかザマちゃん。
誰もがビビッて震えているのに通常運転―――
竜王は大きな目をパチパチさせてジィーっと目の前の末っ子を見つめる。すると、段々と瞳から怒りの色が消えていくではないか…。
可愛いプンプンポーズに毒気が抜かれたのか理性が戻ってきたようだ。
「あーそのー、俺も仕事ができちまったんだよ。そこの家にいる人間に用があるんだ。…でもまぁ、チビ神の仕事が先だったな。わりぃ…」
竜王から謝罪を受けた末っ子は、プンプンポーズを解いて鼻の上に座り込み話し始めた。
「ちるちついたしとはつれてくでしゅ。りゅーおーのおじしゃんのおちごとはあとでへーきでしゅか?」
「ああ、俺が用のある奴も印が付いてる。多分チビ神の仕事とも関係があるから、そいつ連れて一緒に門まで戻るとするか」
話しがまとまったようだ。
エルフが建物の中から痛みにのたうち回る2人の男を連れ出してきた。一人は中年、もう一人は十代後半くらいの年齢だろうか両人ともかなりふくよかな体形で豪華な服を着ている。
男はこの街を治めているエメラーダ男爵とその息子だったが、神様達に身分なんて関係ない。他の者と同じように魔法で拘束されたままぶん投げられてドラゴンに連れていかれた。
連れていったのが竜王で、足に2人を掴んだまま上空でアクロバット飛行を楽しんで、痛みとは別の絶叫が空に響き渡っていたとしても末っ子には関係ないこと自業自得だ。
『これでさいごでしゅ。もどるでしゅよ』
街に隠れていた全員を見つけ出せたと宣言して、末っ子は西門へと戻っていった。
*
その頃、西門では和やかな会話が繰り広げられていた。
「ふふふ、我らの末っ子は凄いですね。あの状態の竜王を鎮められるのはお父様くらいだというのに、たった一言で正気に戻してしまいましたね」
「ええ本当に。可愛くて賢い自慢の弟です」
真実の神の隣には薄紫の長い髪の男性が立っていた。一見すると女性にも見える綺麗な顔で優しげな笑みを浮かべている。
「来てくれて助かりましたよ。痛みと恐怖でそろそろ精神崩壊しそうでしたからね」
「お役に立てて良かったです。今回はお馬鹿な方たちのせいであなたも大変でしたでしょう。あのお馬鹿さんたちも精神崩壊させないように手伝いますから、天界に戻ったら存分にお仕置きいたしましょうね」
「有難うございます。兄上はいつも頼りになりますね」
虫も殺さないような上品な顔で物騒な事を言っているのは感情の神。
治癒の神が施した痛みは、この門の前で待機させられていた人達にも襲いかかった。激痛と恐怖で正気を失いそうな人々の精神を安定させに来てくれたのだ。もっとも、当事者からすれば狂ってしまった方が楽だったのかも知れないが…。
目の前で数百人がのたうち回っているのに、そんなもの気にも止めず笑みを浮かべて会話をしているニ柱のもとに突入部隊が戻ってきた。
「ただいまでしゅ。ぜんぶみちゅけまちた!」
満面の笑顔で、宝探しでもしてきたかのような報告をする末っ子。
「おかえり。竜王が暴れていたけど大丈夫だったかい?」
「あい。りゅーおーのおじしゃんもおちごとっていってたでしゅ。あっ、にぃにだ!」
感情の神は自分の所にトテトテと駆け寄ってきた弟を嬉しそうに抱き上げた。
「ふふふ、お手伝いに来ましたよ。私がいれば精神が崩壊することはありませんから思う存分やって大丈夫ですからね。それとも私が恐怖の感情を直接に与えましょうか?」
うーん、やっぱり発言が不穏だ。こんなに綺麗で優しそうなのに…。
「ありあとでしゅ。でもりゅーおーのおじしゃんたちにおねがいしゅるからだいじょーぶでしゅ」
そう言うと末っ子はこの後の事について何か相談があるようで、ドラゴンとフェンリルの所へと行ってしまった。
目の前では治癒の神に与えられていた痛みからようやく解放された人々が憔悴しきった顔で倒れているのだが、エルフ達によって引越し荷物を片付けるようにテキパキと移動させられている。
どうやら頭の上に浮かんでいる印の色ごとに分けているようだ。
白色が一番多く、桃色、赤色と段々人数が少なくなっていく。
色の違いはネロスに対してどれだけ理不尽をしたかを表すもの。赤色が最も罪が重く、桃色、白色と下がっていく。
赤色は、殆どがあの三つ目熊討伐に関わっていた者達。やはり殺人は未遂でも厳しく判断される。
移動が終わったのを確認して、一歩前に出たフェンリルの長が念話で話し出す。
『だいぶ時間が掛かったが揃ったようだな。さて、貴様らはネロスにしたのと同じだけの理不尽を味わって貰うと事になる訳だが…』
その言葉を聞いて青褪める人々。
もう一生分の痛みと恐怖を味わった。これ以上なにをされるんだと体をガクガク震わせる。
『…お前たちの中には、何がいけなかったのか分からぬ愚か者もいるだろう。言いたい事がある奴は申すがいい。まぁ罪が無くなる訳では無いがな』
そう言って、長はへたり込む人々を見渡す。ここで謝罪の言葉でも出てくればいいのだが…
やはりと言うか、赤色の印を浮かべた馬鹿な冒険者が不満を言い始めた。
「お、俺は何もしてねぇ…いや、してません。何の証拠があるってんだよ」
『フッ、滑稽な。神に証拠を出せと申すか』
馬鹿な事を言い出した冒険者を鼻で笑う長。
人間達には見えないが、長の隣では真実の神が何か囁いている。それを聞きながら長は淀みなく答えていく。
『貴様…マークスが最初に理不尽を働いたのは今から5年前、花の季節の21日だな。ネロスの討伐した魔物を自分が仕留めたと言って強奪し、それ以降も同じことを53回繰り返した。他にもネロスや従魔に暴行を加えようとした事が14回。まぁこちらは全て未遂だ。お前が弱すぎて相手にされなかったからな。
そして一番の罪は先日、他の冒険者と共謀して三つ目熊の討伐に乗じてネロスと従魔の殺害を計画して実行に移したことだ』
冒険者は顔を青くしたり赤くしたりしながら聞いていたが、何を思ったか長に怒鳴り返した。
「う、嘘つくなっ!そんな事分かるはずがねぇだろがっっ!」
それを聞いて勢いが付いたのか、周囲の冒険者達もわいのわいのと騒ぎだす。
「そうだっ!適当なこと抜かすんじゃねぇー!」
「俺たちゃCランク冒険者だぞっ、テイマーごときを相手にする訳ねーだろっ!」
「無実の俺たちにこんな事していいと思ってんのかよっ!」
どんどんヒートアップしてゆく冒険者達。これに便乗して一般住民の中からも騒ぎ出す者が出てきた。自分がどんな状況か分かっていないのか、恐怖のあまり麻痺しているのか知らないが集団の勢いとは恐ろしい。
「そうよ、どうして私がそんなテイマーのせいで、こんな目に遭わなくちゃいけないのよっ」
「この街に災いを持ち込みやがって!やっぱりそいつは呪われたスキル持ちだっ」
ドラゴンとフェンリルはそんな人間達に呆れ顔。末っ子は眉をハの字にして悲しそうな顔をして彼等を見ていた。
尽きる事ない不平不満と責任転嫁の声に、そろそろ誰かが収束をはかるかと思ったその時、前に進み出たのは…意外な人物。
「お前らいい加減にしろっ!神が見ているんだぞ、この街を滅ぼしたいのかっっ!!」
住民達に怒りの声を上げたのはアクシスだった。




