21 アザレア街の災厄②
「おじしゃんだけじゃむりでしゅ」
「えっ?えっ⁈………何?誰???」
アクシスは西門を出ると竜王の前に跪き、街へ入らないで欲しいと死をも覚悟しながら訴えた。こんな巨体が町に入ったら街は壊滅してしまう。自分達が該当者を連れて来るので待ってくれないかと必死に頭を下げていた。
…が、そんな緊張の場面に突然現れた幼児。
えっ?この妙に可愛いちっちゃいのなに?自分が何をしていたのかも忘れて、目の前に浮かぶ幼児をポカーンと口を開けて見上げる。
「あとにしゃくにんくらいいましゅ。みんなでいかないとむりでしゅ…。えっとぉ…ふぇんのおじしゃんにきいてきましゅ」
そう言って幼児はアクシスの混乱などお構いなしに大きなフェンリルの方へフヨフヨと飛んで行ってしまった。
突然現れた幼児とはもちろんザマちゃん。
アクシスの必死の訴えを聞いて、街に被害を与えずにお仕事を進めようと長に相談しに行った。
「まちはおっきーとだめっていってましゅ。ちいしゃくなれましゅか?」
『ここにいる中で小さく変化出来るのは12頭だけだな』
それを聞いて、顎に手をやりフムフムと頷き死魂の神の真似をする末っ子。本人は凄く格好いいポーズのつもりだが、見ている方はほんわかしてしまう。
『ブフッ。あ、あそこで騒いでる者たちに協力して貰ったらどうだ?』
その可愛い姿に笑いをこらえながら提案するフェンリルの長。
視線の先には、街壁の上でうちわを振って大騒ぎしているエルフ達。小さな神様の登場にテンションマックスだ。
末っ子もそちらチラリと見るが、なにやら困った顔をして下を向いてしまった。
「かみしゃまはおねがいしちゃだめっていわれてるでしゅ…」
以前、兄姉達に下界の人間にお願い事をしてはいけないと言われたのを思い出して俯きながら言う。
約束を守れるとっても良い子なのだが、おしいっ!もう一つの『無闇に人間の前に姿を見せてはいけない』の方は完全に忘れているようだ。
付き添いの神様二柱も、先程止めようとしたのだが間に合わず、今は諦め顔で見守っている。
『ならば我が頼もう。街に入れるフェンリルは少ないからな。フェンリルの補助としてであれば問題なかろう』
そう言うと、パパッと指示を飛ばす。
さすが一族を率いる長だけあって手際がいい。あっと言う間に突入部隊が編成された。地上はエルフとフェンリル、上空にはドラゴンという凶悪な布陣だ。
『そこの人間よ。彼等が街に入る、案内せよ』
「は、はいっ」
一連のやり取りを呆気に取られて見ていたアクシスだが、有無を言わさぬ威厳ある声に無意識のうちに返事をしていた。
さっきから驚きの連続で思考がついていかない。指示を出しているのが白いドラゴンではなかったこともそうだが、一番の驚きは『可愛いちっちゃいの』が神様らしいと言うことだ。
えっ⁈神様と話したのか俺⁈えぇぇぇーっ!
か、神様におじさんって呼ばれたのか…
俺まだ28なのに…
心の中は驚いたり落ち込んだりとジェットコースターのように激しく波打っているが、そこはAランク冒険者。今後の展開について素早く思考を巡らせ始める。
街へ入って欲しくはないが、あと200人を自分達だけで見つける事は困難だ。先程の会話からすると建物などにも考慮をしてくれている。であるならば……自分が彼等を案内出来るこの条件が現時点での最良であろう。
そう結論付けると、小さな神様を信じてエルフ達と共に街へと向かうのだった。
だがここで問題がひとつ――
『ザマちゃん、行っちゃ駄目だよっ!』
『これっ!こっちで一緒に待とうや』
「いってきまーしゅ」
末っ子がフェンリルに乗って出陣してしまった。しかも姿を現したままだ。真実の神と治癒の神の焦りもお構いなしに笑顔で手をフリフリしている。
『はぁぁ〜、ありゃもう止められんよ』
『ザマちゃんっ、せめて姿を消してっ!』
真実の神の必死さが伝わったのか、キョトンした顔のあと、姿だけは消して末っ子は街の中に入って行った。
頭を抱える二柱だが、やる気満々の末っ子は止まらないことを良く知っている。
とりあえず、目を離す訳にはいかないと治癒の神が姿を消して後を追うのだった。
*
街の中は先程の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
印の浮かび上がった者を追いやった後、家に引きこもってしまったのだ。確かにドラゴンが上空を飛び交う街なんて恐ろしくて歩けない。
人の消えた通りをフェンリルとエルフの集団が進む。
だがエルフは前を見ずに恍惚とした表情で一頭のフェンリルの背中だけを見つめている。そう、彼等には末っ子の姿が見えているのだ。なんて褒美タイム!
神様に釘付けのエルフだが仕事はきちんとする。だって神様と一緒なのだから張り切らないはずがない。実際、彼等の連携は見事だった。
まずは、エルフのウザイ視線など気にも止めない末っ子が周囲をキョロキョロ見回して印のある者の居場所を探す。
「こことぉー、こっちのおうちにもいるでしゅ」
そう末っ子が指差すと、瞬時にフェンリルがその家のドアをブチ破る。そこからエルフが中に入ってドタバタと言う音と悲鳴が聞こえたかと思うとすぐに魔法で拘束された該当者を連れて出て来る。そして外に出ると同時に魔法で空に向かってぶん投げる。
最後に、上空のドラゴンがそれをキャッチして門の外へと運んで行くのだ。
これだけの事を末っ子が家の前を通り過ぎる間にやってのけるのだ。見事と言うしかないが、やられた方は一生もののトラウマ確定。
空に飛ばされて空中でドラゴンに掴まれる……ちょっと同情しそうになるが隠れた自分が悪いので自業自得だろう。
だが、いくら素早く処理出来るといっても街は広い。かなり時間がかかりそうだ。
見かねた治癒の神が仕方なく末っ子とフェンリルに念話を送る。エルフは無視だ、エルフに神からの念話など届こうものなら奴等はきっと嬉しさMAXで踊り出すであろうことを治癒の神はよーく知っている。
『集団で動いてたら効率が悪かろう。フェンリルの数だけ班を作って別々に動きな。これから悲鳴を上げさせるから、どんどん捕まえとくれ』
フェンリルは言われた通りにエルフに伝え、班分けする。誰が末っ子のいる班に残るかでエルフが若干揉めたが神の使命だと長老に言われて渋々散っていった。
ちなみに、アクシスは長老が気を利かせて末っ子の班にしてくれた。もっとも、エルフ達の連携技を見ていまだ放心したままの状態だが…。
しばらくすると、あちこちからギャァーっと悲鳴が聞こえてきた。治癒の神が印のある者に痛みを与えたのだ。悲鳴をあげ続けるほどの痛み……考えただけでもゾッとする。
治癒の神の暗躍のおかげで捕縛作業はスムーズに進んでいたが、大きな家の前で止まった。
そこは貴族の邸宅らしく大勢の騎士が武器をこちらに向けて構えていたのだ。
アクシスの願いもあるし、関係の無い人には被害を与えたくない。どうしようかと末っ子が考えていると、エルフの長老が騎士の前に進み出て一喝した。
「お主たちは神様の邪魔をするのかっ!不敬であるぞっ」
「神などと言っているが、お前たちエルフが魔物を操ってこの街を滅ぼそうとしているのだろうっ!我々はそんなものにだまされんぞっ」
騎士団の責任者とおぼしき壮年の男が、エルフやフェンリルに怯むことなく怒鳴り返してきた。
両者は一歩も引かずに睨み合う。
その時、急に辺りが暗くなった――
何事かと空を見上げると、邸よりも大きなドラゴンが地上を睨みつけながら浮かんでいた。
ドラゴンは凄まじい怒気を隠そうともせずに地上の人間に威圧を放つ。
ドラゴンの威圧は人が耐えられる様な生やさしいものではない。
騎士たちはガクガクと震えながら息も絶え絶えに座り込んでしまった。怖いもの知らずのエルフでさえも青褪めている。
『その建物の中の人間に用がある。すぐに出てこいっ!』
腹の底から響くような怒りを含んだ念話が一同の頭に響く。
巨大ドラゴンは門に居るはずの竜王だった…。
いつも、やる気の無いオヤジのようにだらけたドラゴンにいったい何があったのか。いつもは優しげな瞳は怒りで血走っており、完全にブチ切れ状態だ。
竜王は少しの時間も待てないのか建物から誰も出てこない様子にチッと舌打ちすると、ぶっきらぼうにエルフ達に念話を送る。
『おい、エルフども防音結界を張っておけ』
バリバリビシャーーーーーン
「うぎゃぁぁぁぁぁ」
「ひぃぃぃぃぃぃ」
言い終わると同時に大地を揺らすほどの凄まじい音が響き渡り、まばゆい光が襲いかかる。
目が焼き付き鼓膜が破れたのであろう、騎士達からすさまじい悲鳴が上がる。
それは竜王の怒りが形になったかのような、建物を粉々にするだけでなく地面にも大穴をあける威力の雷だった。




