20 アザレア街の災厄①
アザレアの街はその日騒めいていた。
朝から冒険者ギルドに調査が入ったとのことで、内部からは時折り怒声や大きな音が響き周囲の人々を不安にさせる。
それだけでは無い、察知能力系のスキルを持つ者は一様に怯えて家から出て来ない者までいる。何に怯えているのかを聞いても明確な答えは返ってこない。得体の知れない恐怖がやってくると身体を震わせるだけ。
だが、そんなスキルを持っていない一般の人々にも、その感覚は分かった。何かに急かされているような……頭の隅っこをトントンとノックされているような、なんとも形容し難い落ち着かない気持ちでいた。
穏やかな昼下がり、その不安は形となって門の前に姿を現す。
『アザレアの街に住む人間達よ、我等は神の使いである』
それは突然に街の人々の頭に響いた。
誰もが動きを止めて話し声さえも街から消えた。頭に響く声は続く。
『冒険者ネロスとその従魔に無体を働いていた者はすぐに西門前に来い。これは警告、もし出て来なければ、我らが街の中へ探しに行こうぞ。全員が揃うまでこの街は封鎖させて貰う』
そう一方的に告げると声は聞こえなくなった。
一瞬の静寂のあと人々は一斉に騒ぎ出す。
「か、神の使いだと⁈」
「ネロスって誰よっ?」
「こ、この街は神の怒りに触れて滅びるんだー」
街は一気にパニックに陥った――
だが、西門前はパニックどころでは無い。
誰もがこの世の終わりを想像して座り込んでいた。
門の前の光景…それはただ、ただ圧倒的だった。
ずらりと並ぶドラゴンとフェンリルの群れ。
中央に立つのは周囲のドラゴンの倍近くあろうかという大きさの純白の神々しいドラゴン。
その後ろに並ぶフェンリルの凛々しい出立ち。そしてさらに後ろにはこの街の一番高い建物よりも大きなドラゴン達。
生き物としての格が違う…
その姿を見ただけで、人間がいかに小さくか弱い生き物なのか無力であるかを実感してしまう。
そして、その光景は恐怖だけで無く一種の感動をも人々に与えていた。美しい……。
滅びゆく姿は美しいとは誰が言ったのか。その言葉が人生が終わるかも知れない今わかる。
人々は恐怖と同時に魅了されて、言葉も無くその光景をただ見つめることしか出来なかった。
そんなこの世の終わりを覚悟している人間達とはうって変わって、並んでいる彼等はいたって呑気だった。
『俺たちカッコよすぎ?』
『当然だっ!夜通し練習したんだぞ』
『俺、やっぱりセンターが良かったな…』
顔はキリッと保ったまま、練習の成果を喜び合うドラゴンとフェンリル。
そして、彼等を増長させる賞賛の声。
『すごいでしゅ!みんなかっこいいでしゅー』
姿を消したまま、フヨフヨと飛び回りあらゆる角度からその勇姿を眺めて大はしゃぎの小ちゃい神様。
ちなみに、神様達は人間にだけ見えないようにしていて、仲間たちには姿が見えている。
『当たり前さね。誰がプロデュースしたと思っているんだい』
『ばぁば、しゅごいでしゅー!』
鼻高々な治癒の神。
パチパチと拍手しながら褒め称える末っ子の賛辞に高い鼻は益々伸びていく。
そんななか、ちょっと不憫な者もいる。
「なぁパト…。俺たちなんでこんな所にいるんだろうな?」
「クゥン…」
「こ、このような神の御業を身を持って体験出来るとは……か、感動のあまり涙が…」
ネロスがエルフの里で寛いでいると、突如小さな神様を乗せたフェンリルが現れて「さぁ行くぞ」と何の説明も無く移転させられた。 ←イマココ
目の前にあるのは見慣れたアザレアの街。
その門の前で巨大な純白のドラゴンと長と呼ばれるフェンリルに挟まれて立たされている。さらに背後には綺麗に整列したフェンリルとドラゴン多数。
一緒に連れて来られたソフォラは、目に涙を浮かべて興奮しており、自分と不安を共有してくれそうもない。仕方なくパトに話しかけるが、周囲の強者達に圧倒されて尻尾を股の間に挟んでビビりまくっていて可哀想なほどだ。
さっきの念話からすると自分が原因な気もするが、精神安定のため深く考えない事にして、先程から気になっていることを聞いてみる。
「なあソフォラ、街壁の上にどんどん人が増えていっているんだが、あれ…エルフじゃないか?」
「おぉ、あそこは特等席だなっ!きっと全て見渡せるぞ。私も行きたいくらいだ」
そう、何故か壁の上に次々とエルフが移転してきて増えていっている。神様大好きな彼等にとっては神の御業が見られるこんなチャンス絶対に見逃せるはずがないっ!
ベストポジションを探した結果、壁の上に陣取ったようだ。
だが、手に持っている物はなんだろう?
"神らぶ"とか"こっち見て"と書かれた派手なうちわを振っている。
人間達の絶望など知ったこっちゃない。彼等にとっては推しのコンサート会場で大興奮といったところか。
「エルフって……自由だな」
ネロスは思考を放棄してつぶやいた。
一方、本日の総大将である末っ子はあちこち飛び回って気が済んだのか、ようやく決められた定位置に戻って来た。
『ザマちゃん、このあとはどうするつもりだい?』
下界まで付いてきてくれた真実の神に聞かれて「なんのこと?」とでも言いたげに、コテンと首を傾げる。
『うん…まだ何も考えてなかったんだね…』
こめかみに手をやり一瞬だけ困った顔をするが、すぐにいつもの微笑みに戻り末っ子とこの後の話しを進めていく。
『まずはここに出て来て欲しい人に印をつけようか?この人ですよって印を付けないとザマちゃん以外の皆んなには分からないからね』
『あいっ!ちるちつけるでしゅ』
元気いっぱいの返事をして末っ子と真実の神は相談を始めた。
なんだかグダグダだなぁとは思っても、決して口にはしたりしない。それが真実の神。
しばらくして、末っ子と真実の神の話が纏まったようだ。フェンリルの長に何やら伝えている。
それに頷いた長は念話で街の人間に再び告げる。
『まだ一人も出て来ないとはどう言うことか。誰だか分からぬというのであれば印をつけようぞ。頭上に光が浮かんだ者達よ、今すぐに此処へ参れっ!』
その一喝と共に、頭上に円錐形の光が浮かんだ者が現れてあちこちから悲鳴が上がった。
特に騒がしいのは冒険者ギルドの様だが、一般の人にも印がついた者がいる。
ネロスにだけ倍の値段でパンを売っていたパン屋の店主。狼達が反撃しないことを知っていて石をぶつけて笑っていた少年など、かなりの人数だ。
彼等はネロスの名前が出た時から身に覚えがあったらしく、青褪めた顔をしていたが黙っていれば分からないだろうと知らん顔をしていた。だが、もう言い逃れは出来ない。
印が浮かび上がった者の周りからサッと人が退いていく。
「お、俺は知らない、何かの間違いだっ」
「近寄らないでっ!早く門へ行きなさいよっ」
街の至るところで怒号が飛び交う。
こいつらの所為で、街が滅ぶかも知れないのだ。街の人々の視線はどんどん厳しくなり、印が浮かんでいる者は門へと追い立てられていく。
一番騒がしい冒険者ギルドでは殆ど全員の頭上に印が浮かび、一斉に逃げ出そうとして大混乱となっていた。
朝からギルドの立ち入り調査をしていた『蒼穹』のメンバーが印の浮かんだ冒険者を捕えようとするが、数が多すぎた。かなりの人数に逃げられてしまった。
「駄目だ。あいつらを追いかけたら捕まえてる奴らへの監視が緩んじまう」
「まずいな。いくら街から出られないとは言え、あの人数を探し出すには時間がかかるぞ」
朝からの調査で捕縛していたのはギルド職員と調査の妨害をしてきた冒険者合わせて30人ほど。
それ以外の冒険者からも順番に話を聴いている所でこの騒動が起こった。
リーダーのアクシスは焦っていた。
彼は神の使者の声が聞こえてすぐに西門に駆けつけた。そこで目にしたのは、この世終わりのような光景だった。
彼等の言う通りにしなければ、この街どころか国さえも滅ぶかもしれない。
ネロスに無体を働いたのは、おそらく冒険者。このギルドの責任だ。
門から戻ってすぐにネロスの事を冒険者達に尋ねたが、口々に自分は関係無いと言う。いっそ全員を西門に連れて行って神に判断してもらおうかと思っていた所にこの印が浮かび上がった。
それなのに、その多くを取り逃してしまった…。
アクシスはきつく唇を噛みしめながら考える。
もう駄目かも知れない…だが不安な顔のメンバーの前で、そんな弱音は吐けない。逡巡して重い口を開けた。
「コイツらを先に西門へ連れて行こう。そして俺たちが対象者を捕まえるから、もう少しだけ待って欲しいとお願いする」
先程、大勢を取り逃した者の言葉など聞いて貰えない可能性が高い。だが、あの巨大なドラゴンとフェンリルが街に入れば街は滅ぶ。
神の怒りに触れるかもしれない……それでも、なんとか説得するしか道は無い。
アクシスは全てを自分が背負う覚悟を決めて西門へと向かうのだった。
ここまで読んでいただき有難うございます。
今回もう少し進む予定だったのですが登場だけで一話終わってしまいました。なぜ?
…すべてエルフが悪い!ってことでw




