12 幼児の叫びは魔女を呼ぶ
「せいれいしゃん、いっぱいでしゅ…」
魔獣の森上空に移転したニ柱は、何故か今たくさんの精霊に囲まれている…。
「これから風の精霊にお願いするからザマちゃんは少し離れていてね」
「あい!」
末っ子がフヨフヨと飛んで離れたのを確認した風の神は両腕を開き目を閉じる。金色の髪が風にフワリと浮き上がり、精霊に囲まれて宙に浮かぶその姿はとても神秘的だ。
『白い狼を連れた人間を捜しておくれ。少し前に三つ目熊と戦っていた若い男性だよ』
それを聞いた風の精霊は四方八方に飛び去った。
この大陸の四割もの面積を占める広大な魔獣の森を精霊に探索してもらうにはかなりの神力を必要とする。風の神は少し辛そうな表情を浮かべて報告を待った。
「…見つけた。行くよ」
末っ子を抱えて滑るように上空を移動して行く。
すると、傷だらけの一人と一匹が大きな木の下で寄り添うように倒れているのを見つけた。
「いきてるでしゅ」
「だけど…もう魂が離れそうだ」
「だーめでしゅーーー」
末っ子が大慌てで近寄り、彼らをドーム型の光で包んだ。これはドームの中だけを世界から切り取る神の業。
状態を悪化させずに僅かな時間を作るための苦肉の策だが、神力の少ない末っ子では維持出来る時間は短い。
「きんきゅーだから、いろいろしょうりゃくでしゅ。ひどいことしたひとたちに、ざまぁしたいっておもってくだしゃい。そーしゅればたしゅけられましゅ。」
早口で捲し立てる声に、青年の瞼がピクリと動く。
「…ざまぁしたいでしゅか?」
本人からの依頼がなければ末っ子は力を使う事が出来ず、これ以上何もしてあげられない。祈るように問いかける。
すると青年の目がほんの少しだけ開き、上空に浮かぶ幼児を見た。
「……。」
唇が僅かに動くが声にはならない。
だが、それで充分伝わったようだ。
「ききとどけまちた。ざまぁをしっこうしましゅ!」
周囲を覆っていた光が消えると同時に彼らに向けて小さい手をかざす。すると血が止まり小さな傷が消えていく。
しかし…
「だめでしゅ。ちゃんとなおせないでしゅ」
必死の顔で傷を治そうとしているが、殆ど死にかけている状態からの完治は末っ子には難しい。しかも白い狼は毒にも侵されていた。
一刻を争う状況、焦りだけが加速する。
「どーちよー、なおんないでしゅ。うぅ…」
治らない傷に泣きそうどころかもはや泣いている。かわいい顔が涙と鼻水でぐしゅぐしゅだ。
そして、パニックに陥った幼児の最終手段と言えばどこの世界でも一つしかない…
必殺技それは…… 泣き叫ぶ!!!
「うえぇーん、おばーちゃーん!たすゅけてー」
次の瞬間その場にパッと現れたのは黒いローブに三角帽いわゆる魔女コスの老婆。
驚いた顔で周囲を見渡していたが一瞬で状況を把握したのか末っ子に優しい声をかける。
「そんなにお泣きでないよ。可愛いお顔が台無しだ。さてと、そこの人間と狼を助ければいいのかえ?」
「あい…グスッ。おにいしゃんたちをたしゅけてくだしゃい。ちからはこれでしゅ…グスッ」
「承知だよ」
実は、できる子ザマちゃんは彼らを見つけて瞬時に情報を読み取っていた。自分が彼らに関与出来るか、すなわち理不尽の被害者であるかを。
当然の事ながら彼らは被害者であった。ざまぁ執行に必要な『特別な力』も充分に備えている。末っ子はその力の一部を治療の為に老婆に渡した。
老婆は力を受け取ると持っていた杖を一振り。
するとキラキラした金の粉が倒れている彼らの上に降り注ぎ、傷は瞬時に完治した。荒かった息も穏やかになり命の危険は去ったようだ。
それを見て末っ子もホッと胸を撫で下ろした。
「これでもう心配ないよ」
「よかったでしゅ。このおにいしゃんとわんわんはしあわしぇにならないとなんれしゅ」
老婆は末っ子を抱き上げて、涙でぐしょぐしょになった顔を拭いている。外見はどう見ても悪い魔女にしか見えないが、その目は孫を可愛がるお婆ちゃんそのもの。
「そこに隠れてるの、出ておいで!彼らは眠らせてるから起きないよ」
老婆が何も無い空間に向かってそう叫ぶと、風の神が姿を現した。
「この役立たず!ザマちゃんをこんなに泣かせおって!」
「仕方ないだろう。僕に傷を癒すことは出来ないしね。それに彼らを探す為にかなり神力を使ってしまっているんだよ」
「言い訳するんじゃないよっ。相変わらずキザったらしい物言いしおって!」
「そっちこそ、大体どうして治癒の神が魔女コスなのさ!杖も要らないし、さっきのキラキラも必要ないよねっ!」
「何を言う様式美をバカにするでないわっ!見た目九割の法則を知らぬとはなんと情けない」
末っ子も怪我人も放ったらかしで言い合いを始めた。魔女では無く治癒の神だったようだ…。
そんな彼等の顔を交互に見ていた末っ子がひとこと。
「けんかはらめでしゅよ。ばぁばはかっこいーまじょしゃんでしゅ」
「そうかい、そうかい。ザマちゃんはほんに可愛いのう」
末っ子の判定により治癒の神の勝ち。
お婆ちゃんと孫のほのぼの風景を見ながら「僕だって頑張ったのに…」と風の神が不貞腐れてブチブチ言っている。
が、緩んだ空気もそこまでだった。
「!!。誰か近づいてくる」
「これは……面倒なのが来たねぇ。私らは姿を見せる訳にはいかなかろ…。」
「仕方ない…。ザマちゃん、僕たちは姿を消すからこれから来る人達の対応を頼めるかい?基本的に害はない種族だから」
そう言われた末っ子は頭をコテンと倒して不思議顔。
「だれでしゅか?」
「エルフさね。仕事中であるザマちゃんは彼らの前に姿を見せても問題なかろう。この者達の保護も頼むがよい」
そう言って二柱はサッと姿を消す。
よく分からないままにその場に取り残され佇む末っ子。すると木々の間から2人のエルフが現れた。
「おい!ここで何をしているっ!」
エメラルド色の髪の男女のうち気の強そうな女性がいきなり怒鳴りつけてきた。
末っ子はその勢いにビクッとして固まってしまう。
「ソフォラ、この子は…」
「こんな所に子供がいる筈がないっ!さては人を惑わす魔物だなっ」
男が口を挟もうとしたが彼女は聞く耳を持たない。なんとか彼女を止めようとするが出来ないでいる。
「ぼ、ぼくまものじゃないでしゅ…」
女エルフの剣幕に末っ子は泣きそうになりながらもなんとか伝えようと震える声で言う。
「そこに血塗れで倒れている人間と獣はお前が殺したんだろっ!」
「ソフォラ…駄目だってば…」
「ちんでないでしゅ。なおちましゅた」
「お前が治したとでも言うつもりか!」
「ば、ばぁばがなおちてくれたでしゅ…うぅ」
「ここにはお前しか居ない!下手な言い訳をするなっ!」
何とか説明しようとするが、すぐさま怒鳴り返されてしまう。天界でデロデロに甘やかされている末っ子にとっては初めての経験だ。怖いし悲しいしで、もう涙は決壊寸前。
一方、隠れて見ている二柱は鬼の形相だ。そろそろブチキレた保護者達が飛び出してくるかと思われたその時、一同の頭に声が響いた。
『やめよ!』
声と共に姿を現したのは輝く銀毛の狼。
体長8mほどもある立派な躯体のフェンリルだった。
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