第二話
今は昼ごはんを食べた後の授業中。教壇では担任である久原沙智先生によって数学の授業が行われている。察しのいい人じゃなくても、クラスがどんな惨状にあるかはわかっただろう。
そう、睡眠学習を行う生徒が続出するのである。ご飯の後に数学を持ってくるなと言いたい人もいるだろう。だが教師陣はこちらの事情を一切考慮してくれない。そして最悪なことに久原先生は人の苦しむ顔が大好きな、なぜ教師になれたのか理解できない人だ。
そんな性悪な先生が、授業中に寝ている生徒を見つけたらどうするか。それは簡単、寝ている生徒を当てて煽りまくるのだ。これは久原先生の常套手段であり、この煽りがかなり生徒たちに効くのである。
そのため煽りを受けたくない生徒たちは必死で睡魔と格闘するのである。しかしそれでも敵は強大だ。今にも誰かが脱落しそうである。ちなみに今普通に授業を受けているのは、僕とクラスの1軍女子のまじめ担当系だと思われる女子だ。クラスの人数は40人ほどいるのだが、いくらなんでも生き残っているのが少なすぎると思う。
そんな睡魔と戦っているのは、僕の前の席である勇者くんと魔王ちゃんも例外ではない。いくら異世界で覇を競いあったといっても、人間の三大欲求の一つには勝てなかったようだ。魔王ちゃんはなんとか意識を保っているようだが、勇者くんのほうは机におでこをつけて気を失ってしまっている。
さぁ、誰が最初に目をつけられるかな?そして誰が生き残るかな?そんな少しワクワクとした気持ちで、僕は板書を写していく。黒板に書くことを書き終えた久原先生が僕たちのほうを向く。そして睡魔に抵抗している生徒や睡魔を受け入れてしまっている生徒たちを見て、悪魔のような笑みを浮かべる。せっかく美人なのに、こういう仕草でだいたいダメになっている気がするのは僕だけだろうか?
「それじゃあまずは…山本。お前、この問題を解いてみろ。」
久原先生に対して、返す返事は何も聞こえてこない。まぁ寝てる人を当てているのだから当然でもある。あぁ、最初の標的となった山本くんとやら…哀れなり。
「んー?返事がないなぁ。まさか寝てたりしないよなぁ?私も寝たいのに、そんな私の目の前で寝るという悪魔の所業をするやつなのか?うーん、仕方ない。ここは黒板に山本の黒歴史を書いていくしかないかぁ。」
ただ寝ているだけの山本くんと彼の恥ずかしい過去を本人の目の前で暴露していく久原先生…どっちが真の悪魔だろうね。というかさなんで久原先生はそんなことを知っているのだろうか?これは絶対スパイがいるよね?
山本くんの黒歴史を一通り黒板に書き終えた久原先生は、もう一度山本くんに呼びかける。しかし誰も言葉を返すことはなく、久原先生は笑みをさらに深めた。あーあ、ほんとに終わったね。
しかしヤバいヤツだったんだね…山本くんは。まさかそんなことをしているヤツだとは思わなかったよ。えっ?何をしていたのかって?それは本人の名誉のために伏せさせてもらうよ。まぁでもいじめとかに発展するレベルのものではないから大丈夫だとは思う。
久原先生が教壇から降りて、一人の生徒のもとへと歩いていく。その生徒の名前は山本くん。久原先生は山本くんの耳もとに唇を近づけるとなにかを囁いた。彼女の本性を知らなければ、うらやましい光景だろう…彼女の本性を知らなければだが。
耳元でなにかを囁かれた瞬間、山本くんの身体がビクリと跳ねた。ぱちくりと目を動かして、表情を驚愕に染めている。そして久原先生の表情を見て、全てを理解する山本くん。
「放課後、職員室に来い。」
「はい。」
たった一言、しかし絶望には充分であった。山本くんは放課後、久原先生にネチネチと黒歴史のことを言われ続けるのだろう。
たとえ絶望しようとも授業は続く。僕たちの意思に反して。
少年少女よ、睡魔に抗え。それが君たちにできる唯一の叛逆行為だ。
そんなふうに心の中で、クラスメイトたちにエールを送る。しかし現実は厳しかった。
本日、久原先生がメンタルを半殺しにした生徒の数…28人。たとえ勇者や魔王であっても、睡魔には勝てないようである。




