美しき人々
「せっかくの休日に呼び出してすまなかったね。紅茶をもう一杯如何かな?」
優雅な手つきで紅茶を口に運ぶ司はどこか現実離れしている
昨夜の話では紫苑の家に行くはずだったが15時に家を出ようと玄関を開けると昨夜送ってくれた塁の車がとまっていた
「昨夜は失礼いたしました。お顔の色がいいですね。お休みになられたようでようで安心致しました」
長身の塁はまるで黒執事りのセバスチャンを少しだけ老けさせたような美丈夫だ
昨夜はヘロヘロで…よく顔を見るゆとりもなかったっけ…
「いえ、とんでもありません。ご迷惑をおかけしたのはこちらのほうです。
家まで送ってベッドに運んでもらって美味しいリゾットまで…ご馳走様でした」
「召し上がって頂けてよかったです。どうぞお乗りくださいませ」
塁は上品に微笑むと麗を後部座席へエスコートする
言われるままに乗り込むと先客がいた
「よぉ」
「紫苑様! おはようございます。昨夜は失礼いたしました。あ、あの…紫苑様のご自宅に伺うのでは?」
「俺もそのつもりだったんだが…司のやつがうちに来いとさ」
「司様が?」
「お前に話があるらしいぞ」
僕に? 何だろう…
「心配するな、あいつは紳士だから」
「はあ…」
紫苑と話し込んでいるといつの間にか車は森林へと入っていた
ここは…どこなんだろう…都会にこんな場所があったなんて…
「あいつは変人でな…森の奥に住んでるってわけさ」
「見えてまいりました…司様のご自宅です」
ご自宅って…
真紅の薔薇のアーチをくぐり抜け広い庭園を抜けた先に佇んでいるまるでイギリス貴族のマナーハウスのような豪邸に麗は言葉を失ってしまう
真紅・薄紅色・紫・黄色・ブルー・黒
至る所に見たこともないような見事な薔薇が咲き乱れむせかえるような芳香を漂わせている
凄い…まるで異世界だな…
だが不思議と心地いい
麗は上流階級というわけでもなく中流家庭で父親が若くして他界し片親に育てられたが物心ついた時からイギリスの庭園や博物館、ベルサイュ宮殿など耽美なものに心惹かれていた
車から降りると塁は慣れた手つきで重厚な扉を開け二人の客人を中へと案内する
「やあ、麗くん、待ちかねたよ! ようこそ、我が屋敷へ…」
階段からブロンドをなびかせ宝塚の王子様のように美しい司が長い両腕を広げて麗を歓迎してくれた
「ご苦労だったね。紫苑…」
「いやいや、お前さんの気まぐれには慣れてるよ(笑) でも翠は面食らってるぜ」
「昨夜から驚かせてばかりですまないね。とりあえず座ってお茶にしよう。
遠慮しないで寛いでおくれ」
アフタヌーンティーやディナーをいただいているであろうラウンジの素晴らしく座り心地のいいソファに麗は身を沈める
うわっ! フカフカだ!
こんなソファ初めてだ
クックック…
手入れの行き届いた庭園と宮殿のようにゴージャスな館内に驚いている麗の心を読んだかのように笑う司に麗は恥ずかしくなってしまう
「失礼…面白いね…君…」
アッサムのミルクティーとスコーンやサンドイッチをすすめられ麗は自分が異国の城にタイムワープしたような妄想に陥りそうになる
「司様…僕にお話しというのは…」
「ああ…単刀直入に言おう…妹ぎみに…会いたいだろう?」
「なっ…!!」
なんて無神経な質問するんだ…この人は…
茉菜が儚くなってから会いたくて触れたくて声が聞きたくて何度後を追おうとしたか…
「無作法な質問に不愉快ですといった顔だな…無理もないが…」
麗は身体の震えを止められないまま答えた
「会いたいに決まっているじゃないですか…
彼女の微笑み、心配している時の表情、僕を呼ぶ優しい声…恋しくて恋しくて気が狂いそうなのに…一秒だってを忘れられない…」
涙が頬を伝い声が震える
「塁…」
「畏まりました…少々お待ちくださいませ」
数分後…塁が連れて戻ったのは麗が気も狂わんばかりに会いたくてたまらなかったその人…茉菜だった
え…?
僕は…夢をみているのか?
茉菜…? 茉菜…
夢でもいい…
声に出すと手を伸ばすと消えてしまいそうで…名前を呼ぶより先に麗は驚きで腰が抜けそうになる
「お姉ちゃん!」
ああ…この声…間違いない茉菜の声だ…
床に崩れ落ちる麗を茉菜が抱きしめる
「手が…あたたかい…茉菜? 茉菜…茉菜なのか」
麗が問うたびに茉菜は涙を零しながらコクリコクリと頷いた
「司様がね…蘇生してくださったの…もう、私、病気じゃなくなったのよ…」
蘇生…蘇生って?
「もうなんでもいい、どうでもいい! やっとやっと会えた。待ってたんだよ。ずっと待ってたの…」
茉菜を強く抱きしめながら慟哭する麗に司の声が静かに響いた
「彼女はもう死なない…永遠にきみのそばにいられる…ただし…」
「きみがうちの店に来るならね…」
え…
「聞いて、お姉ちゃん。司様はお姉ちゃんがCamelotで働くことを条件で私を蘇生してくださったの。今の私は不老不死…ずっと一緒にいられるわ」
「茉菜…本当…に? もう離れないですむのか?」
コクリ…
「それはわたしが約束する。きみがうちの店で王子として力を貸してくれるなら永遠に君たちは一緒だよ」
「わかり…ました…司様…あなたが何者なのかは問いません。僕はただこの子がそばにいてくれればなんでもします!」
さっきまでどこかしら虚ろだった麗の瞳がギラギラと輝いている
「やはり話がはやい…決まりだな! 期間は一年…それ以上は君を拘束しない。
協力してくれれば君たちの幸せは約束するがもしも裏切れば…」
「あり得ません!」
司が言葉を終える前に麗の声が響いた
「この命にかけて約束します。何があろうとも僕はあなたを裏切りません」
司は静かに頷いた
「そういうわけだ…すまないな、紫苑…」
頭を抱えながら紫苑は大きなため息をついた
「…ったく…! 200年に一度出るかって金の卵をかっさらいやがって…その代わり、条件があるぞ、俺もCamelot で働かせてもらう」
紫苑様…
「たいした惚れこみようだな…うちはかまわないが…ナンバーワンがいなくなって大丈夫なのか?」
「確かに…オーナーががっかりするだろうな…」
「相変わらず強引ね…お兄様…」
「真理…!!」
真理?
腰まで届く艶やかな長い黒髪の恐ろしいほどに妖艶な美女が長身の男性と腕を組んで佇んでいた
「様子を伺っていたんですが…俺も気になって…」
「やあ、初めまして、麗くん、茉菜ちゃん。俺は央…またの名を紅のトリスタンだ。
彼女は最愛の妻の真理。よろしくな」
端正だがどこか安心させてくれる人懐っこい暖かい笑顔だ
「クククス…もと紅…でしょう? …今はただのぬいぐるみフェチよ(笑)
はじめまして。おふたりとも…真理です。兄が驚かせてごめんなさいね」
マナーハウスに暮らす美しくもブルジョワジーな司
司の忠実な執事・塁
焦がれ続け待ち続けた愛する茉菜との再会…
人らしからぬ雰囲気を漂わせる央と真理夫妻
突然訪れた麗しき異邦人たちに肝が据わった麗も流石に返す言葉を失っていた




