招待…
午前2時…
店を閉め帰り支度をしている麗に紫苑が声をかけてくる
「お疲れさん。なかなか面白いよ…きみ…」
「あ、ありがとうございます。お疲れ様でした」
「疲れているみたいだな…ゆっくり休んでおけよ」
紫苑はタクシーチケットを渡して
「おっと…来月はハロウィン月…ヴァンパイアになってもらう」
「蒼い口づけ…ですか?」
「おお! 打てば響くやつだな♪」
「あの作品は素晴らしいですが…ぼくのイメージのヴァンパイアは腰までのストレートヘアの銀髪で…」
麗は妹から聞かされた様々なヴァンパイア伝説のイメージを説明する
「それに…ヴァンパイアが妻や恋人の生まれ変わりに受け入れられたとき…交わすのが蒼い口づけ…ですから」
「そうなのか? 流石に詳しいな、明日は定休日だから俺の家でゆっくり聞かせてくれないか?」
はぁ? いきなり家に来いって…
……
「そんなに警戒するな(笑)襲ったりしないよ」
ぼくが女だから言えるセリフだな…仕方ないけど…彼は上司だし
「わかりました。何時に伺えばよろしいですか?」
「ん~…夕方の4時くらいかなぁ、場所はここね」
「翠…きみに会いたいって言ってる人がいてね…」
「ぼくに…? でも…お店に出たのは今夜なのにどうして…」
「相変わらず…言葉足らずだな…」
背後から響いたノーブルな声に振り向くと…
まるで少女漫画の王子様のようにイケメン…と呼ぶには優雅過ぎる麗人が佇んでいた…
白いスーツの胸にさした真紅の薔薇がごく当たり前のように彼に似合っていた
もしも悪魔が夜の街に紛れ込んだならこんな感じ…なのかな…いや、貴族のような品格と高雅なオーラ…
薔薇をしょっているような豪奢な雰囲気…まるで…彼は…
「驚かせてすまなかったね…はじめまして…麗君…僕は Camelot の司だ、こいつから君のことを聞いてぜひとも会いたくてね…」
「魔王ルディ…聞いたことはないかい?」
「すみません…今夜がデビューでホスト業界のこともよくわからなくて」
司は上品に微笑むと…
「なるほど…不夜城に降り立った天使なら知らなくて当然だ。真理が君を見たらスカウトしそうだな」
「真理様が? そういえばお姿を見かけませんが…」
紫苑の問いに寂しそうに司は答えた
「運命の相手と巡り合ってしまったのでね…本来の彼女に戻ったんだ」
紫苑の顔色が輝いた
「そうでしたか! 存ぜぬこととはいえ…おめでとうございます」
「僕にとっては微妙だけどね…彼女はブラコンじゃないから冷たいものだよ(笑)」
妹さんが…嫁いだのか…
「あの…ぼくにも妹がいました…」
司の瞳の色が薄っすらと変化する
「言わなくていい……」
えっ?
「悲しい目をしている…心が切り裂かれた者の目だ…恋慕と渇望…僅かな希望…」
なっ…何を…言ってるんだ…この人は…いったい…
「明日…話そう。今夜は解放してあげるよ。気をつけてお帰り」
「引き留めて悪かったな…お疲れ」
「はい。それでは失礼致します。お疲れ様でした」
麗は着替えて裏口から外に出ると目の前に止まっている車から品のいい美丈夫の運転手が麗を見るなりドアを開けて丁寧に頭を下げる
「どうぞ…ご自宅までお送りいたします。司様から言いつかっておりますので…」
司様? あ、さっきの人か…
えっ? な、何で? さっき会ったばかりなのにどうしてそんなこと…
運転手…というよりは執事といったほうが相応しい男性は麗の警戒心を悟ったように柔らかい表情で説明する
「わたくしは塁と申します…長年に渡り司様にお仕えしておりますのでどうぞご安心ください…ご自宅にお送り致しますので…」
塁と話しているうちに猛烈な睡魔に襲われ反論する間もなく麗はフラフラと車に乗り込むとシートにもたれかかり眠りの船をこいでいた
※
「お姉ちゃん…起きて…お姉ちゃん…」
「うん…茉菜…」
懐かしいあたたかな手が麗の髪を優しく撫ぜる
「手が冷たい…冷やしちゃダメって言ってるのに…」
茉菜…!!
涙で目覚めるとスーツのままベッドに寝ている自分に気づいて一気に現実に引き戻される
夢…か…
迎えに来てくれたんじゃなかったのか…茉菜…
僕は…どうしたんだっけ…たしか店を出て…車が止まってて…
「お目覚めでございますか…」
心配そうに声をかけてきた塁にギヨッとする
「何度かお声をお掛けいたしましたがお疲れのようでしたので失礼ながら寝室までお運び致しました…
テーブルに冷たい水と冷蔵庫にトマトリゾットを入れておきましたのであとでお召し上がりくださいませ」
「そうですか…すみませんでした。寝室まで運んでもらったうえに夜食まで作って頂いて…」
「礼には及びません。わたくしの独断でしたことですので…勝手な真似をしてしまいお許しくださいませ。では…失礼致します。明日の16時にお迎えに参りますので…おやすみなさいませ」
「あ、玄関までお送りしま…」
塁を送るついでに事情を聞こうとすると再び睡魔と軽い眩暈に襲われ麗はベッドに倒れこんで眠ってしまう
数時間後…
空腹で目覚めキッチンに行き塁の言っていた言葉を思い出し冷蔵庫を開けるとチキンと野菜のトマトリゾットが鍋に入っていた
まるで麗の食べる量を知っているかのようにお代わりの分まで余裕にある
軽く温め口に運ぶとどこか懐かしい優しい味が広がり涙が零れる…
似てる…茉菜の味に…塁さん…だっけ…料理旨いんだな…
あれ…でもどうやってあの人、家に入ったんだろう
寝ぼけて鍵…渡したのかな…
考えていると空腹を訴えるようにお腹がグゥーっと音を立てはじめ麗は本能の赴くまま、あっという間に鍋いっぱいのリゾットを平らげると再び寝室に戻り夢の中へと入っていった




