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裕子…

「ご苦労さん」


店内に戻ると紫苑が腕組みをしながら優しい微笑みを浮かべている


「日本舞踊もやってたのかい?」


「いえ…僕は筋が悪くて六歳から習っていましたが中学でやめました


妹が…踊りの名手だったんです。あの子の藤娘は素晴らしかった!」


熱に浮かされたように妹のことを語る麗に紫苑はただならぬモノを感じ取る


「そうか。実は俺も習っててさ、習い事を始めるなら六歳の6月6日からはじめるといいって母が拘ってね…〇東流の出稽古に通ってたよ(笑)


翠玉は流派はどこ?」


「僕は若柳流で妹はそのあと〇川に移りました」


「そっか、伝統芸能はいいよなぁ。日本の心だぜ… ところで…さっきの接客だけど…合格だ…」


「ありがとうございます。どこか悪いところや至らないところがあれば教えてください」


「いや…お前の思うとおりにやってみろ。さっきの姫はまた来てくれるさ。番号は聞いたか? 」


「はい。先ほどラインしましたが心配なので一時間後にまた連絡します」


「感心だ。だがなうちの姫はひとりじゃない。


あまり肩入れはし過ぎるな。お前は女性ならではの細やかさと品格と優雅な雰囲気が武器だ。


姫たちは皆、女性だからな…どこかで王子様や騎士を求めている。」


でも舞ちゃんのお兄さんは…多分…彼女を愛している…どうすればそれを伝えられるかな


「翠玉、聞いているのか?」


考え事をしていたのを見透かすように紫苑にギロリと睨みまれる


「彼女は帰ったんだ。切り替えろ…薫のヘルプにつけ」


「はい。申し訳ありません」





紫苑さん、この人は僕を奇異な目で見ずに真っすぐ内面と向き合って指導してくれる


不安だらけで足を踏み入れた世界だけどこうしてちゃんと見てくれている人がいるんだ…


貴意子(きいこ)…きみに再び巡り合える日を信じて僕はやってみるよ…見守っていて…





麗は鏡で身だしなみを整えると深呼吸して薫のテーブルに向かうと、20代後半くらいの姫と話している



「そうなんだよ。今度俺も配信するからチャンネル登録してくれる?」



「もちろん♪ でもさ、ここのお店って貴族的で配信とかSNSとか今までやらなかったのに、どうして?」



「最近売り上げが下がっちゃってさ…上からのお達しでね…まあ、俺らしくマイペースでやっていくからよろしくな」



「わかったぁ。薫くん、じゃあ前祝にドンペリ入れてあげる」


「さんきゅ~♪ でも大丈夫か? 俺は無理させるのいやだから…」


「なに言ってんの! 薫くんの役に立ちたいからぁ。キャハハ、平気、平気♪」



見た目25歳くらいの姫にどこか痛々しい空気を感じる…華やかな雰囲気だが薫にのぼせあがっているのが初見の麗にも一目瞭然だ…


大丈夫かな…麗はどことなく胸騒ぎを覚えるがあくまでも彼女は薫の姫であって自分はヘルプだ


余計な事を言って楽しんでいるのにしらけさせるわけにはいかない



「失礼いたします。姫…はじめまして。翠玉と申します」


優雅に跪き微笑む麗に女性は一瞬、気を取られる



「翠…玉? 変わった名前ね」



「はい、誕生石がエメラルドなので和名なんです」


きょとんとしてまじまじと麗を見つめる姫に薫が言葉をかける



「入ったばかりの新人だからお手柔らかにな」



「ふぅん。私、裕子。ねえ、女の人よね? 何でホストやってんの?」



「姫君たちの王子になりたいから…」


「キャハハハ、おっかしい~聞いた?薫ちゃん、王子様だってぇ~」


「おいおい、いじめんなよ(笑)」



そう言いながらもギランや紫苑とは違い薫はニヤニヤしながら面白そうに麗を見ている



物珍しいんだろう…僕が…


王子になりたいのがそんなにおかしいか…



そんな目で見られるのも蔑まされるのも慣れてる…今更、何も感じないよ




「あの、何か頂いてもよろしいですか?」



「どーぞ♪ ふうん…翠ちゃんってぇ…よく見ると美形なんだ…なんか宝塚の男役みたい♪モテるでしょ」


「とんでもありません。そんなこと初めて言われました」


「お酒は強いの?」


「弱いです(笑)」


妹の貴意子を亡くしてからどんなに飲んでも酔えなくて気づけば底なしになっていた麗だがあえてそう返答した


「じゃあ鍛えてやらないとなぁ…なあ、裕ちゃん」


「うん、酔ったとこみたいな~♪」


僕を酔わせて恥をかかせたいんだな…陳腐な嫌がらせだ


麗は見え透いた虐めをしようとする薫を軽蔑した


「テキーラ飲み比べしようぜ♪」


その様子をモニタールームで見ていた紫苑は内勤に声がけすると「薫を呼んで…」


「薫、紫苑様がお呼びだ」


内勤に耳打ちされ舌打ちする薫


「ごめんな~裕ちゃん。す~ぐ戻ってくるからこいつと遊んでて」


「え~、マジ? はやく帰ってきてね」


邪魔者がいなくなり麗はほっとする



「素敵なピアスですね」


裕子の耳に揺れているルビーのピアスは華やかな彼女に似合っていた


「ありがとう~♪ 買ったばっかりなんだ」


「7月生まれですか…」


「よくわかったね。薫ちゃんなんか8月の誕生石だと思ってて…ほら、ルビーの指輪で歌ってるじゃない?」


「たしかに…あの歌詞は誤解しちゃいますね。天使も悪魔も惹きつける魅力の石です。薫様にお似合いですね」


「ひょっとして、宝石に詳しいの?」


「叔母がジュエリーアドバイザーで子供のころから宝石を見てきただけです。でもね…宝石にはそれぞれ伝説やパワーがあって


ひも解いてみると面白いですよ」


「へぇ~聞きたい。教えて教えて」



「何を考えている?」


紫苑に呼び出され部屋に入るなりピシャリと平手打ちされた薫は屈辱に震えていた


「殴られるいわれはないって顔だな…


今夜はあいつにとって大事なデビューだ。貴様は金の卵を酔いつぶしてどうする気だ?」


「いやだな…誤解ですよ。紫苑様…あいつ、下戸らしいんでちょっと鍛えてやろうと思っただけで…」


紫苑は言い訳する薫を冷たい眼差しで蔑むとフッとほくそ笑んだ


「もういい。帰れ。うちは下種なホストに用はない」


「なっ! 待ってくださいよっ、紫苑様。あいつが女だから甘やかすんですか?


だいたい金の卵ってあいつのどこが?」


「わたしの言葉はギラン様の言葉だ…お前と翠玉とは雲泥の差だよ…」


「俺が帰ったら裕子が泣きますって。俺に会いに来てるんだから」


「貴様…」


紫苑が薫の胸倉を掴んで座った眼差しで睨みつける


やべっ! 怒らしちまった…


なんで俺が怒らんなきゃいけねえんだよっ



「彼女は天性の王子なんだよ…不夜城に舞い降りたね…」


「王子様? 男役みたいだけど…」


「人は生まれ持った品格というのがある。いわゆる彼女は貴族だ…姫はあくまでも女性だ。


ロマンティックな話題と優雅で隙のない美しい立ち居振る舞い…グラスを持つ細長く美しい指…言い忘れていたが翠玉はピアノが趣味らしい」


「はぁ…」


「信じられないって顔だな…自分の目で確かめてみろ」


薫がテーブルに戻ると…華麗なタッチで月光を弾いている麗を裕子がハートの目でみつめながらぽぉっとしていた


「薫くん、おかえりぃ♪ ねっ、すごいでしょう? リクエストしたら弾いてくれたのぉ。あたしぃ、ピアノ弾ける人、尊敬しちゃう。


それにね、宝石にも詳しいしいろんなこと知ってて面白いの~」


なんだ? ちょっと席を立った隙にすっかりとり込まれやがって…


「なんだよ~俺がいなくて寂しかったろう? ひとりにしてごめんな~飲みなおそうぜ」


「う~ん…あたしぃ、翠ちゃんと飲んでるから薫くん、他のテーブル行っていいよん。あ、来た来た♪ 素敵だったわ」


麗がテーブルに戻ると頬を赤らめ、完全に憧れの眼差しで見惚れている裕子に薫はショックを受けた


嘘だろ…たった数分前まで俺にベタぼれで貢いでくれてた裕子が…他のテーブルへ行けってなんだよ…


馬鹿にしやがって…俺が眼中にないなんて…


「裕子、ふざけんなよ、お前…」


ムカついて裕子の胸倉を乱暴に掴もうとした薫の手首を麗が物凄い力で掴んで押さえつける


ギリギリギリ…


いってぇ…なん…なんだ…こいつ…すげえ馬鹿力…


「大切な姫君を脅かしちゃいけませんね」


幹部と同期のホスト達が慌てて飛んできて薫はスタッフルームに連れていかれた


「薫ちゃん、怖い…」


泣きそうな裕子の肩を優しく撫ぜながら麗は綺麗なフルーツパフェをふたつ頼んで微笑んだ


「申し訳ございません。裕子姫、わたくしのせいでせっかくの楽しい時間を台無しにしてしまいました。


甘いものは神経を落ち着かせてくれます。ご一緒して頂けますか?」


「ううんうん、翠ちゃんのせいじゃないよ。パフェで乾杯しましょう」


「よかった、有難き幸せでございます。では…乾杯」


パフェのグラスをチンと合わせながらウインクする麗は本人も気づかない優雅な優しいムードを醸し出していた


一時間後…


エレベーターで送り指名された麗は預かったバックを裕子に渡して跪いた


「今宵は…不快な思いをさせてしまい大変に申し訳ございませんでした。


おそらく薫様は大切な裕子姫がわたくしと話されていたのに嫉妬されたのではないかと思います」


「いいの、薫ちゃんってわりと怒りっぽいから…あたしね、あなたと話せて楽しかった♪ 指名替えしたいけど…薫ちゃん怒っちゃうだろうなぁ…」


麗は天使のようににっこり微笑んだ


「お優しい姫君…今のお言葉がどれほど私を勇気づけてくださったか…心から嬉しいです。ありがとう…」


愁いのある瞳で見つめられ裕子は一瞬…時間がとまってしまう


「これ…お休み前にでも…ほっとしますよ」


カウンターに頼んで包んでもらったチョコレートをそっと薫の手に乗せて麗は呟いた


「もしも…辛いことがありましたら…どうか思い出してください。何でも伺いますので…」


「優しいのね…明日…店外で聞いてくれる?」


「もちろんです。何時がよろしいですか?」


裕子はまたきょとんとして麗を見上げるとぷぷっと吹き出す


「あはは、嘘、嘘。言ってみただけ。店外だと翠ちゃん、売り上げにならないもんね~ありがと」


麗は真剣な面差しで裕子に聞いた


「僕を指名していただくと爆弾になりますが店外でお会いするならただの女子トークです、何でも相談に乗りますよ?


それに…裕子様…少しお辛そうに見受けられて…違っていたらごめんなさい」


麗の言葉に裕子は顔を覆って泣き出してしまう


「ごめんね…優しいから…あたし…あたしね…」


唇が震えてる…このまま帰せないな…裕子の涙をハンカチでそっと拭いながら麗は悩んだ


かといって今から相談にのるには麗は研修の身だ


そんな麗の様子を察したように裕子は涙を拭いて泣き止むと麗に電話番号を教えてタクシーに乗り、手を振った


「取り乱してごめんね。いつか話、聞いてもらうね。おやすみ~」


不思議な人ね…翠…


会ったばかりなのに胸につかえた苦しみや悩みを打ち明けたくなる

聞いてほしくなってしまう…

女性だからなのかしら…一緒にいるとどこかしら安心するのは


裕子は麗の名刺を見つめると連絡先を登録した



泣かせちゃったな…


みんな…みんな…辛いんだよな…


眠らない街・歌舞伎町で何人の人が悲しみを忘れようと偽りの仮面でお酒を飲みに来るのだろう…


漆黒の空を見上げながら麗はスーツのポケットに手を入れ踵を返した










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