第一章・不夜城の王子
エメラルドには…生まれ持ったひびがある
ダイヤモンド、ルビー、サファイア、アレキサンドライトに並ぶ五大宝石のエメラルド
華やかな輝きと美しい緑の中に傷を隠し持つ運命は僕の心そのままだ…
※
「聞いてもいいかな…女性の君が何故ホストになりたいのか…」
またか…
面接の度に繰り返される質問に何も感じなくなっていた麗はホストクラブ『「ナルシス・ノアール」(Narcisse Noir』のオーナー・ギランから目を逸らさず応えた
「ガラスの靴を履かせたいから…」
ピクリと眉を動かしギランは静かに言葉を発する
「シンデレラか…」
「僕は…お店に来られる女性は誰もがシンデレラだと思うんです。
現実世界から逃れて束の間の夢をみに訪れる…だからこそ魔法が解けるまではガラスの靴が必要なんです」
「続けて…」
「正直、ホストクラブで働いた事はありません。YouTubeやテレビの取材で観た限りですが…心から姫達を愛おしみエスコートしているようには見えません。
僕は本物の王子になりたいんです。
言葉や売り上げだけに囚われず姫君達が抱えている心の闇や傷を少しでも和らげて寄り添い楽しい時間を過ごしてもらえるように心を込めてエスコートしたい」
「翠玉…」
「え…」
「君の源氏名だ。…明日から来られるか?」
翠玉…エメラルドの和名か
源氏名ってことは…採用…
何件もの面接の度に見世物小屋の客のような好奇な目で見られた挙句に馬鹿にされ苦い想いをして来た麗は5分も経たずに受け入れられた事実に驚きを隠せなかった
「目を開けたまま寝る趣味があるのか? 紫苑を呼んでくれ…」
「すみません! 断られるかと思ったので…」
ギランの手が麗の顎に触れるとクイッと持ち上げ鋭い眼差しで見据えられる
「誇りを持て…俺はボランティアは好きじゃない…」
何だ…何て目だ…
一見、物静かなのに燃え上がると凄まじい威圧感…
…蛇に睨まれた蛙みたいに身動きが出来ない…
コンコン
「失礼致します」
数分後…ノックと共に艶やかな漆黒の髪をなびかせHand across chestをする男を見てギランの表情が和らいだ
背が高い…188はありそうだな
「ナンバーワンの紫苑だ。わからない事は聞くといい。明日から働く翠玉だ。頼んだぞ」
「御意…」
御意って…執事か…なんか変わった店に来ちまったのかもしれない…
「明日から三日間の研修だ…少し店を見学していくといい」
「見学って…」
「こっちへ…」
紫苑に案内されモニタールームに入ると豪奢だが黒とボルドーカラーを基調とした品格のある店内が映し出されテーブルでは姫とプレイヤーが会話をしている
「似てるんだよな…」
紫苑は麗を凝視すると口を開いた
「は?」
「違ってたらすまない。宝塚歌劇の紫苑ゆきの舞台にそっくりだから」
鋭い…ホストがヅカに詳しいとは思わなかったな
「…親戚です。お詳しいんですね」
途端に紫苑の顔色が明るくなった
「やっぱり! 三番手の時からファンなんだよ♪
面差しがそっくりだから気になってね…でも親戚ならどうして宝塚に入らなかったの?
見たところ175はあるだろう」
想定外の紫苑のツッコミにキョトンとしながら麗は苦笑いした
まさかこんな質問をナンバーワンから受けるとは…
「演者になる気はないんです。それにあそこには夢を届ける王子がたくさんいるから」
「勿体ない!」
「え…」
「恵まれた環境でルックスも向いているのになぁ…俺は小さい頃、宝塚に入りたくて音楽学校の本まで買ったんだぜ。
母に男の子は無理よって言われた時はショックでな…」
「お好きなんですね」
「ああ! 夢の花園だよ…舞台を観ていると5組の王子様に会えるからな」
男役のファンなのか…面白い人だな
純粋な瞳で語る紫苑を見て警戒心が薄らぎなんとなく親近感が湧いてくる
「あ、俺ね、男役しか愛せないんだよ。だから姫は同性感覚というか源氏名聞いてもらえばわかるだろうけどシマさんファンね」
「なるほど! シマさんのオフショット…ありますけど」
スマホを取り出し瞳をキラキラさせる紫苑にオフショットを数枚送ると…
「おお! 肩を抱かれてる!! いいなぁ…」
「よし、決めた!
お前の衣装はLUNA MATTINOにしよう!!費用は気にしなくていい」
「あの…それってジェンヌファッションってことですか?」
「黒燕尾も似合いそうだし…俺に任せて! 姫達の目をハートにしてみせよう♪」
「FTM? なら俺達と同じがいいのかな」
「心は男…ではなくて王子です。初恋も女の子で男性は恋愛対象外で…僕…重度のシスコンなんです」
紫苑は黙って話を聞いてくれる
「最愛の妹が…病気で3年前に亡くなって去年まで引きこもりでした。
妹は髪が長くてあどけなくて優しくて繊細で…理想でした。彼女の王子様になれなかった…守り切れなかったんです!」
僕は…初対面の彼に何を言ってるんだろう…ドン引きされるのに
「彼女は…息を引き取る瞬間に言ったんです。お姉ちゃん、生まれ変わるから待っててって…絶対に後を追ったりしないでって…もう一度…もう一度…会いたい!!」
涙がとめどなく溢れて止まらない僕の肩を紫苑さんは優しくポンと叩いてくれた
「わかった…なら意気投合だな!
妹さんの生まれ変わりが惚れるような最高の王子に育ててやる」
あ…このひと…笑わない…いきなりこんなこと話したのに
「Narcisse Noirに入った時からお前は家族だ。兄貴だと思ってわからないことはどんどん聞いてくれ」
「あ、ありがとうございます…紫苑さん」
目を真っ赤にして泣きはらした麗の頭をポンと叩くと
「その顔じゃ電車はやめたほうがいい」
紫苑はタクシーを呼ぶと運転手にお金を渡しながら微笑んだ
「話してくれてありがとうな…明日からビシビシいくぞ(笑)」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
麗は深々と頭を下げると自宅に向かって走り出した車のシートに寄りかかりながら瞳を閉じて新たな人生の幕開けに腹をくくった
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