スラムの天使は意外と利己的
「スラムの子はスリムスラムの子はスリムスラムの子はスリム……」
「何言ってんだお嬢」
わたくしはフラヴィア。
コーストン子爵家の娘ですわ。
従者で護衛のベンとともに、王都のスラムに行く途中です。
貴族の令嬢がスラムに何の用だって?
ええ、疑問に思うでしょうね。
やってみたいことがあったのです。
まあコーストン子爵家は兄が継ぎ、わたくしはどこかに嫁に出されることになるのでしょう。
しかしつまらないではないですか。
平凡な人生は。
わたくしは考えました。
社会に爪痕を残したい。
事業なんていいわね。
フラヴィアの名を世に轟かせてみせるのですわ!
でも端から躓きました。
何をするのでもお金がかかるから。
ああ、もう!
何にもできないではないですかっ!
ここで閃きました。
一番の問題は人件費です。
人間さえ確保できれば、マンパワーで回せる事業は起こせる。
そして格安で雇えそうな人間はスラムにいるではありませんか。
『そううまくいきやすかね?』
『いかせてみせるわ』
ベンとともにスラムに通うようになったのは半年前でした。
ベンは昔スラムに縁があったそうで、結構詳しいのです。
大変腕が立ちますしね。
そのベンが否定的なのは意外でしたが、当時のわたくしは意欲に溢れていましたから。
いえ、もちろん今だってやる気満々ですけれども。
ベンの懸念はこういうことだったかと、すぐにわかりました。
わたくしの計画はスラムの子供達を食べ物で釣って、簡単な仕事に従事させたり教育を施したりする、というものでした。
ところが警戒されてしまってうまくいかないのです。
どうして?
『人さらいがいやすからね』
『わたくしが人さらいに見えるってこと?』
『疑わねえやつはスラムで生きていけねえんですぜ』
何ということ。
もちろん我がリエール王国で人身売買は禁止されています。
でも他国ではその限りではないですからね。
またベンによると、我が国の中でも官憲の目の行き届かない地方では、奴隷を使っていたりする者もいるようです。
とにかく今のままのわたくしでは、スタートラインにすら立てないということは理解しました。
『具体的な事業内容は決まってねえんだろ?』
『全く決まってないことはないのですが』
『実際のガキどもを見てみねえと、使えるかどうかわからねえじゃねえか。まずガキどもを馴らすことが肝心だろ』
『ベンの言う通りですね』
炊き出しから入ってわたくしの顔を売って。
余剰の土地で畑とわたくしの考えた事業を開始し、対価として食事を提供するということを始めました。
ベンのおかげでスラムの有力者達とも話がつきました。
誰にも邪魔されずに、わたくしの考えていたことが形になりつつあるのです。
少しずつ、少しずつ。
◇
――――――――――その頃、ジェイラス第三王子視点。
「『スラムの天使』、か」
「はい、フラヴィア・コーストン子爵令嬢の存在感が急速に大きくなりつつありますね」
側近からの報告に頷く。
同級のフラヴィア嬢のことはもちろん知っている。
ただ貴族学院での成績が良く、積極的な令嬢という意識しかなかったな。
まさかスラムに関わっているとは。
我がリエール王国の問題点の一つとして、王都のスラムが挙げられる。
王都は古い町なだけに、歪な部分があるのだ。
貧民達が住みつく旧市街は再開発されるべきという論は昔からあった。
ただ雇用や戸籍、税収、犯罪対策等が複雑に絡む難しさのため、問題が先送りされていたという側面がある。
しかし急に観光がクローズアップされることになった。
隣国に留学中だった次兄ローレンスが、観光の重要性を指摘したのだ。
外貨の獲得、国際理解に繋がると。
観光に手を入れないのは意識が低いと。
リエール王国は古い国で見どころも多い。
なのに観光収益が伸びないのは、王都のスラムがあるからではないかと指摘したのだ。
スラムは汚いし、犯罪の温床だしな。
もっともなことと思われた。
予算や優先順位の問題もあり、ローレンス兄上の意見が全面的に採用されることはなかった。
が、スラムをどうにかすべきという意識が強まったのは事実だ。
政務の勉強の一環として、スラム問題はまだ学生の僕に振られた。
要するに具体的な問題点を洗い出し、どうすればいいか対策案を出せ、ということだ。
大した予算もつかない気軽なものとは言え、僕が行うことになった初めての政務らしい政務だ。
また僕にどれほどのことができるか、実力を測るという面もあるはず。
気合も入ろうというもの。
貧民街の再開発に繋がる有益な仕事をしたいものだ。
「殿下はフラヴィア嬢は御存じなのですよね?」
「うむ。学院で同じクラスなのだ」
「最優秀クラスですか。しかもスラムで慈善活動とは、大変に意識が高い令嬢ですね」
確かに。
意外ではあるが、大変意欲的な令嬢だ。
フラヴィア嬢ならあり得るという気もする。
「スラムの現状を知るには、まずフラヴィア嬢にコンタクトを取るべきだろうな」
「同感です。かなり参考になる意見を聞かせてもらえるのではないでしょうか?」
フラヴィア嬢はいかにもやる気が目力に現れている令嬢だ。
きっと僕の力になってくれるだろう。
◇
――――――――――フラヴィア視点。
貴族学院でジェイラス第三王子殿下に話しかけられました。
ジェイラス殿下はにこやかで気さくな王子様なんですよ。
美男子ですしね。
テンションが上がってしまいました。
『……というわけなんだ。ぜひとも『スラムの天使』の異名を取るフラヴィア嬢の協力を得たくてね』
あれっ?
わたくし『スラムの天使』なんて言われているんですか?
ジェイラス殿下がそう仰ってるだけ?
おまけにわたくしが慈善活動を行っていると勘違いされているようです。
違うんです。
わたくしは格安の労働力が欲しいだけなんです。
……なんて主張できるわけもなく。
本日ジェイラス殿下を伴ってスラムを案内することになったのでした。
◇
「供一人だけでスラムに入るとは、フラヴィア嬢はすごいな。治安も悪いところだろうに」
「ベンはスラムのこともよく知っているのです。大変頼りになるんですよ」
ベンは軽く頭を下げるだけ。
いつもの軽口が出ません。
王族に対して失礼があってはならないと考えているんでしょうね。
ジェイラス殿下は寛容な方だから大丈夫ですのに。
スラムの住人が話しかけてきます。
「おっ? お嬢今日は人数多くて物々しいじゃねえか。そちらは彼氏かい?」
「違いますわ。ジェイラス第三王子殿下ですよ」
「えっ?」
「無礼があると絞首刑ですよ」
「勘弁してくれ!」
逃げちゃいました。
アハハウフフと笑い合います。
「フラヴィア嬢はスラムの住人と随分気軽に話せるんだな」
「はい、慣れてしまいましたね」
「やはり住民との交流が必要か」
「最初にスラムに来た時は、大変警戒されてしまったのです」
「ふむ? フラヴィア嬢と供一人なのに?」
「わたくしはスラムの子供達と接触を図りたかったのです」
「なるほど。より弱き者を救うのが基本だものな」
殿下はわたくしが『スラムの天使』らしい、慈愛溢れる活動をしていると思い込んでおられるようです。
違うんです!
子供の方が教育しやすく、いい労働力になると思っただけなんです!
「スラムを含めた王都旧市街の再開発というのは、浮かんでは消える我が国の大きな課題の一つでね」
「はい」
「フラヴィア嬢の考えを聞きたい。王都の貧民街対策としては何をすればいいと思う?」
王都旧市街の再開発構想で、一番厄介なスラムをどうすべきかということですか。
随分大きな話になりましたよ。
わたくしは事業を起こしたい、お金がないというところから入りました。
ですから天下国家の観点から俯瞰するジェイラス殿下とは、スタンスが全く違うと思いますが……。
「……何をすればいいかというのは、都市開発の専門家に任せておけばいいと思います」
「ふむ、再開発となると、どういう方向に持っていくかという思惑も絡むからね。となると?」
「スラムの人達がどう動いてくれるかが大事です。反発されたら思い通りにいきません」
あっ、これは王族である殿下にはない視点だったようです。
命令を出せば動くと考えているからでしょうね。
部下が動きやすい環境作りも必要かと思いますよ。
「わたくしも最初は本当に子供達に逃げられてしまって。どうしたものかと途方に暮れました」
「それで交流が必要なのか。僕が思っていたよりもずっと深いレベルで。……確かに反再開発で意固地になられると厄介か」
「交流を保った方が、絶対にうまくいきますよ」
「なるほど。フラヴィア嬢の言うことは参考になるなあ」
「スラムにも顔役と言いますか、有力者が数人いるんです」
「ふむ?」
「彼らにそっぽを向かれると、とても大変だと思います」
わたくしの場合はベンが顔を繋いでくれたから大丈夫でした。
有力者達と利害も対立しませんでしたしね。
向こうもコーストン子爵家の令嬢と知り合っておけばいいこともあるだろう、くらいの態度で接してくれました.
「顔役同士ももちろん一枚岩ではありません」
「では、貧民街地区を再開発するとなると難しいのか?」
「難しいと思いますね。特に王家が強権を発揮してムリに行おうとすると、必ずしこりを残します。後の犯罪の抑止という観点でも不安です」
「では?」
「スラムの住人全員に働き口を世話してやる。顔役を全員割のいい職に就けてやる、くらいの気持ちでいればいいのではないでしょうか? 王家のお墨付きなら喜んで協力してくれると思いますよ。彼らだって国に盾突きたいわけではないのですから」
考えているジェイラス殿下の横顔は凛々しいですね。
「スラムの有力者は、このベンがよく知っているんですよ。わたくしも紹介してもらって助かりました」
ベンったらビックリしたような顔をして。
ずっと黙っているんですから。
少しは働きなさい。
「うんうん、大変ためになる考え方だった。フラヴィア嬢に相談してよかったよ」
「いえいえ、恐縮でございます」
「……フラヴィア嬢の活動に乗るのが近道かもしれないな」
「えっ?」
「ところで今からどこへ行くのかな?」
「子供達のところです。せっかく殿下がお肉を差し入れてくださいましたので。そろそろ到着ですよ」
ああ、子供達が飛び出してきました。
「お姉ちゃーん。いらっしゃい!」
「ねえねえ、この人は? 恋人?」
「違いますったら。皆さんの様子を見にきたジェイラス第三王子殿下です。失礼があってはなりませんよ」
「「「「はーい!」」」」
「今日は殿下がお肉をたくさん提供してくださったのです」
「お肉?」
「やったあ!」
「本日の事業報告をお願いします。終わったら食事にしましょうね」
「「「「はーい!」」」」
◇
――――――――――半年後。ジェイラス第三王子視点。
フラヴィア嬢が『スラムの天使』なのは一面の真実なのだろう。
ただ『スライムの天使』という側面が強い。
「コーストン子爵家領に生息してしている、温和なスライムなんですよ。ペットとして飼う人もいるんです」
フラヴィア嬢は単にスラムの子供達に施しを与えているわけではなかった。
耕作と魔物のスライムの飼育を同時に行わせていたのだ。
『スラムの住人全員に働き口を世話してやる』とフラヴィア嬢は言っていたが、実際にこういうやり方を用意していたのかと驚いた。
「スライムは動物でも植物でも食べますから、とても飼育しやすいです」
「ふむ、スライムの皮が素材として流通していることは知っている」
「はい。それにあまり知られていませんが、スライムの糞は発酵させなくてもそのまま良質の肥料として使えるんですよ」
コーストン子爵家領独自の知恵が含まれていた。
なるほど、収穫後の株や草や害虫などをスライムを通して肥料に変え、畑を肥やすのか。
また脱皮したスライムの皮も収入にという方策だ。
つまりフラヴィア嬢はスラムで雇用と金を生み出そうとしていた、ということになる。
画期的な試みだ。
再開発とは金と威信をかけて行うものだという常識――――常識でなくて意識だったかもしれない――――を覆された。
「やりたい事業もあるのですけれどもね。わたくしにはお金がありませんでしたから、スラムの子供達を使おうと思っただけなのです。だからわたくしは褒められるような大それたものじゃないんですよ」
フラヴィア嬢は笑うが、発想がすごい。
実行力がすごい。
スラムの住人に寄り添わなければうまくいかないという、フラヴィア嬢のやり方には重大な示唆がある。
結局雇用がなければ貧民街は救われないということ。
上からの命令で上辺だけきれいにしても儲けは産まず、真に我が国のためになるかわからないこと。
フラヴィア嬢は反発されたら思い通りにいかないとは言っていたが、僕は何ほどのものかと思っていた。
しかし再開発をスムーズにスピーディーに、金をかけず後に遺恨を残さず行うには、フラヴィア嬢のやり方が正解なのだ。
既に成功しつつあったフラヴィア嬢のやり方を全面的に採用する。
スライムを利用した混合農業を拡大し、スラムの住民達を労働者として動員した。
子供でもできることなので全然問題なかった。
スラムに金が回り始める。
また責任者にはスラムの有力者を就けたら、運営は非常にうまくいった。
フラヴィア嬢の言う通りだ。
スライム利用の混合農業は珍しいので、他国からの観光客を呼べるかもしれない。
観光ガイドの育成も視野に入れている。
貧民街の古い時代の建物も観光資源になるのでは、と言い出したのはフラヴィア嬢だ。
なるほど、言われてみれば。
再開発は解体と建築を意味するものでは必ずしもない。
住人が混合農業牧場等に移動した後、歴史的な街並みを利用した店舗や博物館にしようと計画されている。
もちろんそこにスラムの住人達を充ててもいい。
貧民街の再開発と観光客誘致が、考えてもみなかったスピードで進みつつあるのだ。
才女フラヴィア・コーストンの名は一躍知られるようになった。
結局フラヴィア嬢のアイデアを丸々買い取り、コーストン子爵家に結構な金額が支払われた。
といっても当初貧民街の再開発に必要な資金は莫大なものになると試算されていたから、コーストン子爵家に支払った金などどうってことはなかった。
フラヴィア嬢?
僕の婚約者になったよ。
これだけの才覚を発揮したんだ。
どこからも文句は出なかった。
「フラヴィアはよかったのかい? 君の事業を国で取り上げちゃった形になったけど」
「いえ、わたくしの考えが思った以上の規模で実現されていくのは、とても嬉しいです」
「そうか。フラヴィアの収入にはならなかったから、残念なのかなあと思っていた」
フラヴィアははにかむように言った。
可愛いな。
「わたくしは……必ずしも儲けたかったわけではないのです。自分の考えで何ができるか、ということを知りたくて」
フラヴィアの従者ベンが何か言いたそうだな。
まあフラヴィアも何か野望があったんだろう。
多分自分の力を試してみたかったというのもウソではないのだろうし。
「『スラムの天使』か……」
「もう、それは恥ずかしいからやめてください」
僕との婚約話が出た時、フラヴィアはすごく嬉しそうだった。
子爵家の娘ではやれることが少ないですから、と。
付け加えるように、殿下はとても素敵ですしとも言っていた。
いやあ、フラヴィアの本音はわかりやすいな。
また何かやりたがるのなら協力してやらねば。
僕の評価も上がりそう。
僕がフラヴィアをどう思うって?
フラヴィアの積極性はとてもいい。
学院の成績がいいだけでなくて、実用的な賢さとでもいうのだろうか?
今後も我がリエール王国に貢献してくれるだろう。
そんなこと聞いてるんじゃないって?
わかってるよ。
フラヴィアが何かを思いついた時のキラキラした瞳は、実に美しいのだ。
この令嬢が僕の婚約者なのだなあと、ドキムネするわ。
「ジェイラス様、何を考えているんですか?」
「フラヴィアは奇麗だなあって」
「もう、ジェイラス様ったら」
婚約して知ったことだが、フラヴィアは褒め言葉に弱い。
可愛いやつめ。
僕達がうまくやっていけることは間違いないな。
ところでもう一人の殊勲者だが……。
「ベンは結婚してないのかい?」
「ええ、あまり縁がないようなのです。募集中なのですけれども、ベンはいかついでしょう? 女性ウケがよろしくなくて」
「よろしくないな。お似合いと思われる女性をリストアップするよう、手配しようじゃないか」
「本当ですかい!」
「おお、初めてベンの声を聞いたよ」
アハハと笑い合うこの瞬間が最高だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
どう思われたか↓の★~★★★★★の段階で評価していただけると、励みにも参考にもなります。
よろしくお願いいたします。