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帝国の津波

氷壁が呻いた。

山を揺るがす砲声が、観測哨のガラスを軋ませる。雪はまだ静かに降っていたのに、その静けさが一瞬で引き裂かれた。


そして、それは一発では終わらなかった。

連続する炸裂。山肌を削る衝撃波が、白銀の地に黒い穴を刻んでいく。帝国軍が放ったのは、威嚇ではなく、本気の火力だった。


通信士が顔を強張らせて叫ぶ。


「第七監視所、応答なし! 南東哨戒線、全域反応断!」


霊夢は双眼鏡を上げた。吹き溜まりの陰、動く影。

白。だが速い。滑っている——スキーだ。


「……滑走部隊」霊夢が呟いた。「帝国の雪中機動歩兵よ」


魔理沙が、空気を飲み込むように息を詰めた。


「まさか……最初から戦力を潜ませてたのかよ……!」

その声には怒りと、自責が混ざっていた。


「偵察だと思い込んだ……私が、強く止めていれば……!」


唇を噛み、拳を握る魔理沙に、霊夢が口を開きかけたその時——

それを断ち切るように、足音が響いた。重く、沈んだ一歩。


師団長、レオン・シュタイナーが前に出た。

冷静な顔。だがその瞳には、明らかな怒気が宿っている。


「悔いるな。判断が間に合わなかったことよりも、これから間に合わせることを考えろ」


その声に、怒号はなかった。だが“信頼”があった。

それは命令というより、責任の受け渡しだ。


レオンは連絡将校に振り返ると、淡々と命じる。


「第六遊撃隊、展開。南尾根から包囲に入れ。敵の滑走軌道を潰せ。撃退では足りん。……後退路を焼け」


兵士たちは即座に動いた。誰も問い返さない。

その背に向けて、レオンは静かに、だが鋭く言い放つ。


「……雪の上に血を流す覚悟で来たんだろう。ならその血ごと、凍土に封じてやれ」


その言葉が、戦場に鋼の帯を巻いた。

霊夢は深く息を吐き、震える指を静めた。


これは奇襲ではない。演習でもない。

──ここが、戦場だ。


そして、自分たちの国を守る、その“最前線”だった。


作戦結果:同日22時、師団司令部 戦況整理

南東哨戒線、壊滅。第七監視所との連絡断絶、現地施設喪失。戦死者42名、行方不明17名。


敵部隊:雪中機動歩兵+軽火砲隊の複合編成。総勢約400名。


攻撃の性質:鹵獲された敵兵の供述により、これは「先制を誘発する限定的戦闘行為」であったとされる。


第六遊撃隊の展開により、帝国側の退路を遮断。包囲戦が成立。


戦果:帝国側損害──戦死約200、負傷80、捕虜31。共和国側損害──戦死58、負傷112。


戦術的には勝利である。

だが、哨戒線に穿たれた穴と、「帝国が本気で戦端を開いた」という事実が、兵たちの胸に残る。


夜は静かだった。

雪は変わらず降り続けている。


その白の下には、もう血が滲みはじめていた。



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