小国の運命
ヴァルディア共和国。
西の山岳地帯に抱かれたその国は、数十年前まで帝国の緩衝地帯に過ぎなかった。
だが、戦争は地図を変え、記憶だけを残す。
帝国の崩壊と、独立派の決起。七年の戦いと三度の裏切り。血の和約。
──そして、いまも国境には銃声こそないが、硝煙の匂いは消えていない。
人口わずか七百万、山岳を挟んだ絶望的な防衛線。
経済なし。後ろ盾なし。あるのは自然地形と、数で劣るが訓練された一個師団。
第十二機動防衛師団。
山岳最前線。標高2,000メートルの氷壁にしがみつくように建てられた観測哨。
そこに霊夢と魔理沙がいた。
二人は、士官学校を最上位で卒業したばかりの新人だった。
霊夢は静かに双眼鏡を構え、冬の陽にかすむ稜線を見据える。
その目は研ぎ澄まされていた。恐怖ではなく、覚悟の色。
「……見える?砲台の配置が変わったわ。第六ラインに増設砲列、昨日まではなかった」
背後から投げられるように返る声。
魔理沙はフラスコを揺らし、カフェイン混じりの湯気に顔をしかめる。
「見えてる。けど、それがどうしたんだ。どっちにしろ撃ってくるつもりだろ」
「そう決まったわけじゃない」
「なら、あたしらは何を見張ってるんだ?」
霊夢は答えなかった。
ではなく──答えたくなかった。
(私は、撃たれる瞬間を待つしかないのか……)
扉が軋む音。
観測哨の入り口に立っていたのは、一人の男だった。
白銀の軍服に、階級章が重すぎるほどついている。
レオン・シュタイナー。師団長。共和国独立戦争を生き延びた、ただ一人の“戦略級”。
「敵は、撃ちたいんじゃない。撃たせたいんだよ」
彼は雪のまま、床に足を踏み入れた。
「我々が先に手を出せば、帝国に正義を与えることになる。──そうなれば、終わりだ」
霊夢は、唇を噛んだ。
魔理沙が珍しく、師団長に言葉を返せずにいた。
そのとき、通信機が砂をかむようなノイズを吐いた。
「哨戒第7班より報告、帝国側の軽歩兵部隊、非武装で境界線通過。……旗なし、標識なし、交信なし」
魔理沙が立ち上がる。
「挑発です。先に撃てってことだ。そうでしょ、師団長?」
「……」
「撃たなきゃ、国境線を実効支配される。撃てば、宣戦布告扱いになる。──全部、帝国の仕組んだ罠だ」
レオンは短く言った。
「──撃つな」
「でも!」
「撃てるのは、“撃たれた者”だけだ。それが共和国の軍というものだ」
霊夢の指が、無意識に震えていた。
彼女は、魔理沙の手をそっと押さえた。
「……まだ、あたしらが“軍人”でいられるなら、従うべきね。師団長の命令に」
レオンが、初めて霊夢に目を向ける。
「その言葉を、十年後にも言えると思うか?」
──その瞬間、遠くで何かが燃える音がした。
彼らの“戦争”は、始まっていた。まだ銃声のないままに。
※注意 東方プロジェクトの二次創作です