第6話「視線の先の違和感」
「……学校か。ちょっと、ついて行ってみるか」
何の気なしに、俺は咲良の後をつけた。日課のように彼女の登校ルートを追ううち、自然と足が――いや、足じゃなくて肉球か――学校のほうへと向いていた。
人間の頃だったら絶対にありえない行動だ。でも今は猫。多少のストーカーまがいな行動も、罪悪感は半分以下になる。猫、最強。
咲良の姿が門をくぐって見えなくなると、俺は校舎裏を回り込んで、校庭の端にある大きな木へと駆け上がった。意外と筋力もあるらしく、ヒョイと枝まで登れるのが猫の良さ。人間のときより自由な気がする。
(ここからなら、教室が見える)
木の上からそっと覗くと、2階の窓際に咲良の姿があった。髪を耳にかけながら教科書を開いている。机の上には水色のペンケース。仕草も、視線も、昔と変わらない。
……そう、ただ眺めているだけなら、今の俺は完璧に“無害”だ。
けれど、今日のその教室には、もう一つ――いや、もう一人、気になる存在がいた。
藤村 晴登。
いつも爽やかで人当たりがよくて、男女問わず人気があるらしい。咲良の隣の席で、にこやかに話している。教師にも一目置かれていて、成績も悪くない……いわゆる“完璧”な高校生。
でも、俺は見た。たまたま視線がぶつかった、その一瞬。
あいつは俺を見た。俺を“ただの猫”としてではなく――“何かを知っている”目で。
(まさか……気づいて……?)
そんなはずはない、と打ち消しかけたその時。
藤村が、にやりと笑った。
明らかに、俺に向けて。
その笑みは、咲良と話す時のものとはまるで違う。表情筋は同じように動いているのに、そこに乗っているのは冷たい感情だった。中身のない仮面みたいな「善良さ」。……あれは、俺に“見せつけて”きている。
(あいつ……俺のこと、知ってる……?)
そして、さらに決定的だったのは――
藤村が口を動かしたことだ。声は聞こえない。でも、はっきりと読めた。
「――また、あとで」
冗談じゃない。なんでお前がそんなことを俺に向かって言うんだ。
俺は猫になった。それだけでも異常なのに、今度は藤村が――いや、あいつだけが、何かを知っている様子で、にやけている。
「……マジで、なんなんだよ……」
風が吹いた。木の枝が揺れ、俺の視界を一瞬遮った。
次に窓を見た時、藤村はすでにこちらを見ていなかった。ただ、教科書を広げ、普通の高校生としてそこにいた。
まるで、さっきの出来事が幻だったかのように。
でも、俺の背中にはずっと、冷たいものが這っていた。
猫の暮らしに慣れてきたと思った矢先に、現実が牙をむいた。
何かが始まろうとしている――そんな予感だけが、やけに鮮明に残っていた。
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