表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/111

第6話「視線の先の違和感」

「……学校か。ちょっと、ついて行ってみるか」


何の気なしに、俺は咲良の後をつけた。日課のように彼女の登校ルートを追ううち、自然と足が――いや、足じゃなくて肉球か――学校のほうへと向いていた。


人間の頃だったら絶対にありえない行動だ。でも今は猫。多少のストーカーまがいな行動も、罪悪感は半分以下になる。猫、最強。


咲良の姿が門をくぐって見えなくなると、俺は校舎裏を回り込んで、校庭の端にある大きな木へと駆け上がった。意外と筋力もあるらしく、ヒョイと枝まで登れるのが猫の良さ。人間のときより自由な気がする。


(ここからなら、教室が見える)


木の上からそっと覗くと、2階の窓際に咲良の姿があった。髪を耳にかけながら教科書を開いている。机の上には水色のペンケース。仕草も、視線も、昔と変わらない。


……そう、ただ眺めているだけなら、今の俺は完璧に“無害”だ。


けれど、今日のその教室には、もう一つ――いや、もう一人、気になる存在がいた。


藤村 晴登。


いつも爽やかで人当たりがよくて、男女問わず人気があるらしい。咲良の隣の席で、にこやかに話している。教師にも一目置かれていて、成績も悪くない……いわゆる“完璧”な高校生。


でも、俺は見た。たまたま視線がぶつかった、その一瞬。


あいつは俺を見た。俺を“ただの猫”としてではなく――“何かを知っている”目で。


(まさか……気づいて……?)


そんなはずはない、と打ち消しかけたその時。


藤村が、にやりと笑った。


明らかに、俺に向けて。


その笑みは、咲良と話す時のものとはまるで違う。表情筋は同じように動いているのに、そこに乗っているのは冷たい感情だった。中身のない仮面みたいな「善良さ」。……あれは、俺に“見せつけて”きている。


(あいつ……俺のこと、知ってる……?)


そして、さらに決定的だったのは――


藤村が口を動かしたことだ。声は聞こえない。でも、はっきりと読めた。


「――また、あとで」


冗談じゃない。なんでお前がそんなことを俺に向かって言うんだ。


俺は猫になった。それだけでも異常なのに、今度は藤村が――いや、あいつだけが、何かを知っている様子で、にやけている。


「……マジで、なんなんだよ……」


風が吹いた。木の枝が揺れ、俺の視界を一瞬遮った。


次に窓を見た時、藤村はすでにこちらを見ていなかった。ただ、教科書を広げ、普通の高校生としてそこにいた。


まるで、さっきの出来事が幻だったかのように。


でも、俺の背中にはずっと、冷たいものが這っていた。


猫の暮らしに慣れてきたと思った矢先に、現実が牙をむいた。


何かが始まろうとしている――そんな予感だけが、やけに鮮明に残っていた。

読んでいただきありがとうございます。

感想やご指摘など気楽に頂けますと幸いです。

今後ともよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ