第4話 「神谷咲良のいる暮らし」
咲良の家に転がり込んで、三日が経った。
気づけば日差しも柔らかく、昼間は窓辺でまどろむにはちょうどいい気温だ。
まだ朝晩は肌寒いけれど、ストーブ前を陣取っている俺には関係ない。
「ほら、今日のごはんねー」
カリカリが皿に落ちる音に、条件反射で耳がぴくりと動いた。
――いやいや、今の俺は猫だけど、中身はちゃんと人間だからな?
そんな習性みたいな反応してる場合じゃない。
目の前にはネコ用の乾燥フード。例のカリカリ。
皿をのぞき込んで、しばらく無言になる。いや、無言しかできないけど。
(俺、人間だった頃、朝はパンとかだったんだけど……)
にゃあと不満をこぼすが、咲良は「はいはい、ツナはまた今度ね〜」と笑って俺の頭をなでてくる。
その手があたたかくて、なんだかずるい。
結局、腹には勝てずにカリカリをポリポリ。
乾いた食感と、妙に香ばしい風味が口に広がる。
……味は、まあ、食えなくはない。だが、できれば二度と選びたくない。
咲良は朝食を済ませて、制服の襟を整えている。
鏡の前でさっと髪をまとめたり、靴下を履きながら片手でスマホを操作したり。
その何気ない動きひとつひとつが、妙に生活感があって――なんだか少し、見てはいけないものを見ている気分になる。
(……こんなに近くで咲良を見るのは、たぶん、初めてかもしれないな)
学校ではあまり関わりもなかったけれど、こうして彼女の生活を間近で見ると、不思議と安心する。
他人の暮らしの中に紛れ込んだ居心地の悪さと、それでも温もりを感じてしまうこの矛盾。
……ちょっとだけ、後ろめたい。
彼女が「いってきます」と声をかけて家を出ると、部屋は静かになった。
俺はこたつの中に潜り込み、丸くなって一息つく。
(人間だった頃に戻りたい気持ちがないわけじゃないけど……)
こたつ、暖かい。
頭を撫でてくれる手も、なぜか心地いい。
ごはんに文句はあるけれど、それすらも“日常”になりつつある自分がいる。
(……猫の生活も、悪くないかもな)
そんなことを思いながら、目を閉じた。
シンがだんだん猫の生活に違和感覚え無くなってきましたw
今後のシンの猫の活躍を見守っててくださると幸いです✨