第3話 「下校中の神谷咲良を見かけて思わず尾行→家に入り込んで」
気まぐれな風が吹く午後。
俺は、コンビニ裏の段ボールで昼寝をキメようとした、そのときだった。
通りの向こうを歩くひとりの女子。
制服姿に長い黒髪、スッとした横顔。スマホを片手に、どこか気だるげな歩き方。
「……神谷……?」
名前が自然と浮かんだ。
高校のとき、同じクラスだった。
特に親しいわけじゃないし、話した記憶も数えるほどしかない。
だけど、男子の半分は彼女のことを密かに見ていたんじゃないか。
俺も――その一人だった。
猫のくせに、心臓が跳ねた。
まさかこんな形で、再会するとはな。
(うわ、変なテンションになってる……俺、どうかしてる)
だが、足は勝手に動いていた。
ふにゃふにゃとした猫足で、俺は彼女のあとを追っていた。
咲良はスーパーで買い物を済ませ、住宅街の一軒家に入っていった。
神谷の家か……?
近くの植え込みに身を潜めながら、俺は考えた。
(……いや、やめとけよ。ストーカーかよ。人としてどうなんだよ)
そう思った。思ったけど……気づけば、俺は窓の隙間を見つけていた。
少しだけ開いた網戸。その奥からは、柔らかな日差しと、あの石鹸の香り。
(……ここ、いい匂いする……いや違う! でもちょっとだけ……な?)
人間としての倫理観と、猫としての好奇心がぶつかり合った結果――
俺はスルリとその隙間から、家の中に忍び込んでいた。
中は整理されていて、生活感はあるけど、どこか静かだった。
家具の並び、洗濯物の柔軟剤の匂い、ふわふわの絨毯。
(咲良、こんなところで暮らしてたのか……高校のころは全然知らなかったな)
テレビの音、炊飯器の蒸気、足音。
そのすべてが心地よくて、俺はこっそりとリビングの隅に身を潜めた。
「……ねぇ、あんたどこから入ってきたの?」
翌朝、俺は咲良の声で目を覚ました。
彼女は驚きつつも、俺にツナ缶を差し出した。
「……まあ、今日は寒いし……ちょっとだけね?」
ツナ缶を前に、俺は条件反射で尻尾を振っていた。
咲良の手が、俺の頭を撫でる。
その一瞬――体がビリッとしびれた。
(え、ちょっ……やばい……この距離……最高かよ……)
もちろん、彼女は俺が東條シンだなんて思いもしない。
ただの野良猫としか見てないはずだ。
それでもいい。
彼女の家にいられる。
ごはんをくれる。
撫でてくれる。
しかも、風呂上がりにタオル巻いた姿とかも……ワンチャン……!
(俺は猫だ、猫なんだ。罪には……ならん、はず!)
「……ふふっ、なんか顔がニヤけてるみたい。気のせいか」
咲良の独り言が聞こえる。
俺は喉を鳴らしてごまかした。
(ここなら……寒くないし、咲良のそばにいられる。あと、いろいろラッキーだ)
欲望と癒しが同居する、俺の猫生活が、今始まった――。