表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/111

第3話  「下校中の神谷咲良を見かけて思わず尾行→家に入り込んで」

気まぐれな風が吹く午後。

俺は、コンビニ裏の段ボールで昼寝をキメようとした、そのときだった。


通りの向こうを歩くひとりの女子。

制服姿に長い黒髪、スッとした横顔。スマホを片手に、どこか気だるげな歩き方。


「……神谷……?」


名前が自然と浮かんだ。

高校のとき、同じクラスだった。

特に親しいわけじゃないし、話した記憶も数えるほどしかない。

だけど、男子の半分は彼女のことを密かに見ていたんじゃないか。


俺も――その一人だった。


猫のくせに、心臓が跳ねた。

まさかこんな形で、再会するとはな。


(うわ、変なテンションになってる……俺、どうかしてる)


だが、足は勝手に動いていた。

ふにゃふにゃとした猫足で、俺は彼女のあとを追っていた。


咲良はスーパーで買い物を済ませ、住宅街の一軒家に入っていった。

神谷の家か……?


近くの植え込みに身を潜めながら、俺は考えた。


(……いや、やめとけよ。ストーカーかよ。人としてどうなんだよ)


そう思った。思ったけど……気づけば、俺は窓の隙間を見つけていた。

少しだけ開いた網戸。その奥からは、柔らかな日差しと、あの石鹸の香り。


(……ここ、いい匂いする……いや違う! でもちょっとだけ……な?)


人間としての倫理観と、猫としての好奇心がぶつかり合った結果――

俺はスルリとその隙間から、家の中に忍び込んでいた。


中は整理されていて、生活感はあるけど、どこか静かだった。

家具の並び、洗濯物の柔軟剤の匂い、ふわふわの絨毯。


(咲良、こんなところで暮らしてたのか……高校のころは全然知らなかったな)


テレビの音、炊飯器の蒸気、足音。

そのすべてが心地よくて、俺はこっそりとリビングの隅に身を潜めた。


「……ねぇ、あんたどこから入ってきたの?」


翌朝、俺は咲良の声で目を覚ました。

彼女は驚きつつも、俺にツナ缶を差し出した。


「……まあ、今日は寒いし……ちょっとだけね?」


ツナ缶を前に、俺は条件反射で尻尾を振っていた。

咲良の手が、俺の頭を撫でる。

その一瞬――体がビリッとしびれた。


(え、ちょっ……やばい……この距離……最高かよ……)


もちろん、彼女は俺が東條シンだなんて思いもしない。

ただの野良猫としか見てないはずだ。


それでもいい。

彼女の家にいられる。

ごはんをくれる。

撫でてくれる。

しかも、風呂上がりにタオル巻いた姿とかも……ワンチャン……!


(俺は猫だ、猫なんだ。罪には……ならん、はず!)


「……ふふっ、なんか顔がニヤけてるみたい。気のせいか」


咲良の独り言が聞こえる。

俺は喉を鳴らしてごまかした。


(ここなら……寒くないし、咲良のそばにいられる。あと、いろいろラッキーだ)


欲望と癒しが同居する、俺の猫生活が、今始まった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ