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転生した私に待ち受けるのは、無慈悲な裁きと血塗られた結末  作者: ぱる子


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第4話 虚ろな縁①

 朝の光が、やけに冷たく感じられる。窓から差し込む薄曇りの光が、部屋の壁を灰色に染めていた。私は寝台の端に腰を下ろし、きしむような胸の痛みを抑え込む。昨夜、侍女が部屋に来て伝言を告げていったのだ――「本日、当主様が戻られます。お嬢様は午前中にお会いすることになっています」と。


 当主――この屋敷の主であり、世間からは名家として知られている一族の長。私にとっては“父親”にあたる人物だという。しかし、今まで姿を見せなかった彼がついに帰邸し、私と対面することになるらしい。親子であるならば通常は自然に顔を合わせる機会があるだろうに、ここでは明確に「会う日、会う時間」が指定されているように思えた。その不自然さは、まるで他人同士が形だけ面会するのと変わりない。


 私は現代の日本での感覚をどうしても捨てきれないまま、混乱と恐怖を抱えている。屋敷の使用人たちは皆、私をよそよそしく避けるように行動していた。侍女の一人などは、「当主様にお会いになれば、いずれわかるでしょう」と、どこか意味ありげな笑みをこぼす。そこに見え隠れするのは、期待ではなく諦観めいた雰囲気――まるで「当主様と会っても何も変わらないけれど、一応手順としては必要」というような。


 指先が震える。顔を合わせれば、多少なりとも事情を説明してもらえるかもしれない――そう思えば少しは希望を持てそうだが、それ以上に胸を締めつけるのは「もしその人が私を完全に拒絶したら」という不安だった。いくら肉親だと言っても、噂されるような悪評が事実なら、あるいは私の存在を面倒と感じているなら……考えるだけで足がすくんでしまう。


 やがて侍女が迎えに来て、私は意を決して部屋を出る。長い廊下を進んだ先にある応接室の扉の前で、侍女が小さく頭を下げてドアを開ける。躊躇いがちに足を踏み入れると、そこには数名の家人らしき者が待機していた。執事風の初老の男性が一歩前に出て、あくまで形式的な口調で言う。


「お嬢様、当主様がお待ちです。どうぞこちらへ」


 それだけ告げると、奥の重厚な椅子のほうへ私を促す。居心地の悪さに胸がぎゅっとなる。こういう場面はもっと自然な家族の会話であってほしいのに、まるで公務の一環のように厳粛だ。私は緊張で唇を震わせながら執事の後ろに続き、椅子を回り込んだ。その視線の先にいたのは、四十代半ばくらいの男性。背筋をまっすぐに伸ばし、鋭い眼光でこちらを見据えている。髪は暗い色で短く整えられ、深い色合いの衣服を身に着け、どこか威圧感すら漂わせていた。


 私は喉が渇いたような感覚を覚えながら、どうにか言葉を絞り出そうとする。


「……お久しぶりです、父様……」


 意識して口にした「父様」という呼びかけに、自分自身がひどく違和感を覚える。それでもここでは、それが当たり前の呼び方なのだろうと推測している。案の定、当主は一瞬だけまぶたを伏せるが、感情はうかがい知れない。彼の唇から返ってきた声は、ひどく低く、そして冷ややかだった。


「体の具合はどうだ」


 それだけ。形だけの気遣いの言葉にさえ感じられない無機質な声。私は戸惑いながらも、喉をこくりと鳴らして答える。


「はい……少し戸惑っていましたが、今はなんとか……」


 その言葉を最後まで聞く前に、当主は私の顔から視線を外し、退屈そうに椅子の背もたれに寄りかかった。その仕草に拒絶めいた空気がはっきり漂い、こちらから何を言おうかと考えていた言葉が喉の奥で詰まる。彼はわずかに息を吐き、つまらなそうに口を開く。


「……そうか。しばらく静養していろ。余計なことはするな。屋敷の者に迷惑をかけないようにな」


 まるで命令のような言葉に、私は言い知れぬショックを受ける。父親と名乗る人物から、こんなにも他人行儀な態度を向けられるなど、想像していなかったわけではないが……実際に直面すると、痛みが胸に突き刺さる。私が震える声で、


「ご迷惑、ですか……?」


 と、情けなくも聞き返すと、当主は面倒くさそうに顔をしかめる。家長としての立場ゆえか、直接的に罵倒するような言葉は口にしないが、その様子は明らかに「距離を置きたい」と物語っていた。


「……少なくとも、これまで屋敷で騒ぎを起こしてきたことを思えば、これ以上の混乱は避けたい。わかるだろう」


 先日の侍女たちの噂話が頭をよぎる。私が知らない“私”の過去――周囲を振り回し、皿を割って暴れ、使用人に手をあげたなど、数えきれないほどの悪評。それが事実かどうかさえ、自分では確かめようがないのだが、当主、つまり父親の言い分は“既に起きた事”として確固たるものらしい。もしかすると、彼自身も私を嫌っているのかもしれない。遠回しにそう告げられているようで、息が詰まるような苦しさを覚えた。


「そ、それは……私には、よくわからなくて……」


 しどろもどろになりながら言葉を探す。けれど、当主は興味を失ったように目を伏せ、手元の書類めいたものを気だるげにめくっている。その横顔からは、親子の情など微塵も感じられない。私は思い切って、本音を切り出すべきか葛藤する。せめて何があったのか教えてほしい、ちゃんと話を聞いてほしいという思いがある。けれど、その願いを口にする勇気が今の私にはなかった。


 応接室には薄い緊張が漂う。執事は無言のまま目を伏せ、周囲に控える者たちも「早くこの場を終わらせたい」と言わんばかりだ。どうやら彼らも、この親子の対面を円滑に進めようとは考えていないらしい。初めての正式な再会だというのに、あまりに形だけの通過儀礼――それこそ、挨拶というよりは「処理すべき予定の一つ」かのようだ。


「わたし……もう少し、お話がしたいです。知らないことばかりで……」


 怖さをこらえながら、私はなんとか言葉を紡いだ。けれど、その声はほんのかすかな響きでしかなかった。すると当主は、苛立ちを押し殺したように顔を上げ、こちらに視線を戻す。


「話がしたい? 何を今さら。お前の言動がどれほど周囲を困らせてきたか、わかっていないのか」


 冷淡な言葉が降りかかる。私はびくりと身体を震わせた。今さら、ときた。まるで、以前から“私”が散々やりたい放題をしてきたことを前提にしているのだろう。そこには私の戸惑いや混乱を顧みる気配はまるでない。彼は怒りというよりは、深い失望か倦怠のほうが強いらしい。


「……私が、そんなにひどいことを……?」


 問いかけたものの、声音は弱々しく途切れがちだ。私には記憶がない。だからこそ何があったのか知りたいのに、当主は薄笑いさえ浮かべる様子で、そっけなく言う。


「自分で覚えていないのなら、それでいい。屋敷の皆がどれだけ苦労したかは、いずれ思い知らされるだろう」


 まるで脅しのような口振りだった。まっすぐに見据えられたその眼光は、私の心の奥底をのぞき込むように鋭い。思わず目を伏せ、言葉を失う。親子ならもう少し思いやりがあってもいいはずだが、当主の態度からは一切の温かみを感じられない。私が何を言おうとも「どうせ今さら言い訳だろう」と受け止めるに違いない。噂だけで判断しているのではなく、過去に積み重なった事実がある、という確たる確信が彼にはあるのだろう。


 息を呑んで沈黙する私に、当主は声を荒らげるでもなく、むしろ冷静さを保ったまま告げる。


「……いいか。もうこれ以上、波風を立てるな。下手に外に出るな。余計な問題を起こすな。今はそれだけ守っていればいい」


 さながら命令書のような言い回しを聞きながら、私の胸は重く沈んでいく。一言ひとことが“お前がろくでもないトラブルメーカーだ”と言われているようだ。認めたくはないが、この世界での“私”に対する認識は、父親ですらそうなのだから、屋敷の使用人たちがあのように冷たく接するのも当然なのかもしれない。


「わかり……ました」


 喉が詰まるようで、ひび割れた声しか出せない。こんな会話、私がどれだけ頑張っても溝は埋まらないだろう。お互いに必要最低限の言葉だけを交わして済ませようとしている空気が、まるで重苦しい膜のように応接室を包んでいた。私はこれ以上何も言えず、唇を噛む。


「父様……私は……」


 もう一度呼びかけると、当主は面倒そうに眉を寄せ、視線を執事へ向けた。執事はそれを合図ととったのか、私に近づいて穏やかに退室を促す仕草をする。まるで「はい、面会はここまで」と時間切れを宣言されたかのようだった。まったく情けない話だが、私は追い立てられる形で部屋から出ざるを得なかった。

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