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転生した私に待ち受けるのは、無慈悲な裁きと血塗られた結末  作者: ぱる子


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第17話 無関心の果て

 首が落ちた瞬間、観衆はひとしきりどよめき、凄惨な空気が辺りを支配していた。血のにおいが生々しく広場の空気を汚し、台の上には兵士が処理を淡々と進めている。しかし、その緊張した雰囲気は、驚くほどあっけなく解けていった。人々はすぐに顔を背け、互いに口を開き、まるで手頃な見世物を楽しみ終えたかのように動き始める。


「あの子、よほどの罪を犯したんだろうね。まあ、私には関係ないけれど」

「いずれにせよ、役人も手間が省けてよかったろう。こんな面倒事は長引かせないほうがいい」


 無遠慮なひそひそ声が行き交い、露骨に嫌悪を表していた者たちは、満足したように足を引き始める。恨み言や同情を漏らす者はほとんどいない。わずかに好奇心を燃やしていた人々も、目を背けるようにそそくさと立ち去り、何事もなかったように散っていく。数十分前には惨劇を目にしておきながら、彼らの関心はすでにほかの話題へ向いているようだった。


 遠巻きに見守っていた商人らしき男は、袂を翻すと「ああ、やっと客が戻ってくる」と言わんばかりの顔をして町のほうへ急ぐ。あるいは、夫婦と思しき中年の二人連れは、処刑台から離れた角に移動しながら「それにしても、もっと凄い叫び声になるかと思ったけど、案外あっさりしてたわね」と笑みを浮かべる。いっそ気味が悪いほど、ここには死者への哀悼などかけらも感じられない。


「そろそろ次の予定に行かなくちゃ。ちょうどいい時間だし、食事にでも行こうかな」

「そうね。せっかくだもの、ランチの後は新作のドレスを見に行こう」


 そんな会話が耳に届き、台のそばを通り過ぎながら視線だけはちらりと死体を見る者もいるが、誰一人として名前を呼びかけるでもなく、手を合わせるでもない。こうして“見世物”としての処刑はひと区切りつき、あとは役人と兵士が後始末をするだけ。人々は普通に日常へ回帰していく。


 とりわけ冷淡なのが、かつて“婚約者”と呼ばれた青年の態度だった。人だかりの傍に立つ彼は、台を見上げることすらせず、淡々と周囲の貴族たちと軽い談笑を始める。まるで自分に関係のない行事が終わっただけのように見えて、さほどの興味も感じられない。横にいる別の貴族が「これで厄介事も片付いた。次の縁談に集中できるな」と肩をすくめると、彼は「全く面倒だったよ。正直、時間の無駄だった」と笑み混じりに返事をした。


「まあ、今後は家の評判も回復するだろうし、余計な噂に巻き込まれることもない。さっそく新しい話題を探さないと、退屈で仕方がないよ」


 そんな会話を交わし合いながら、彼らは広場を離れていく。関心を向けるのは今後の商談や次の夜会、あるいは新しく取り結ばれるかもしれない縁談の話ばかり。真っ赤な血の染みついた処刑台の光景など、もう眼中にない様子だった。


 ほかにも、街の通りを行き交う人々の動きは早い。処刑のあった場所には一定の警戒があるのか、すぐには足を踏み入れないが、時間が経てばすぐにまた往来が回復してくる。どこかの店員が声を張り上げ、「見世物は終わりだよ。さあ、こっちで買い物していかないか」と笑って客を呼び込む。客も「ちょっと覗いてみようかな」と返し、二人して遠ざかるときに「ああ、少し前に処刑があったね」と思い出す程度だ。その口ぶりは極めて軽く、「なんて酷い結末だ」という類の嘆きもなければ、死者への憐れみすら見当たらない。


「そういえば、大罪人らしい娘がいたって?」

「そうよ、さっき終わったみたい。もう片付けが進んでるわ」


 街角の会話を拾っても、そんな程度で会話は打ち切られる。人々にとっては新しいゴシップの一つでしかなく、すぐに誰かの恋愛沙汰や新作ドレスの話題へ移行してしまう。まるで処刑された人物の存在など関係ないかのようで、記憶にとどめられることさえない。


 一部の者は軽い好奇心で処刑台を見に行こうと近づくが、血痕や台座の生々しさに顔をしかめ、すぐに立ち去ってしまう。淡い吐き気を催しても、真剣に考える者はほとんどいない。「ああ、気分が悪くなっちゃった」と言いながら友人と笑い合い、それで終わり。死者に思いを馳せる人など、見つからない。


 広場の隅では兵士が死体の後始末を進めているが、その光景に足を止める人間は皆無だ。まるで“汚い場面”に触れたくないかのように、視線を外して足早に通り過ぎる。斧や滴った血の匂いを避けるように回れ右をする者もいるが、それだけだ。言葉にして残酷と非難する者もなければ、祈りを捧げる者もほとんどいない。


 それどころか、夕方になればすっかり人通りは戻り、行商人がにぎやかに客を呼び込み、子どもたちははしゃぎ声をあげながら通りを駆けていく。ほんの数時間前にそこでひとつの命が断たれたとは思えないほど、いつも通りの街が動き出していた。まるで処刑は形だけの見世物であり、今となってはすでに終わった行事にすぎない。


 かつての“家族”や“知り合い”も同様に割り切っているらしく、屋敷へ戻った者たちは当たり前のように夕食や後日の予定を話題にしている。日々の雑事や上司の機嫌、次に開催される夜会の日時などが話の中心で、誰も彼女の最期を口に出さない。まるで元から存在しなかったかのように、話題にすらのぼらない。


 特に関係の深かったはずの者たちは、まさに「厄介払いが済んだ」程度の気分でいるらしい。婚約者を名乗っていた青年などは、屋敷へ戻る途中でさっそく新たに気になる女性の名前を挙げ、「今後の縁談を考えるなら、早めに話を進めたい」と真顔で相談を始めていたという噂がごくあっさり漏れ伝わる。周囲の貴族たちも、それを止めるどころか「それが賢明だ」とうなずくだけ。罪を着せられた娘の死を惜しむ者はいないのだ。


 こうして街は何事もなかったかのように夜へ向かう。飲食店や宿は、客たちの喧騒で賑わい、明日は市場へ行こうという者や、恋人と夜会で踊る約束をする者まで、日常はたちまち回り始める。通りすがりに「少し前に派手な処刑があった」と言う者もいるが、それは単なる噂としての興味であって、じきに誰も気にしなくなる。あまりにもあっけないほど、命ひとつが消えたという事実は、周囲の空気から瞬く間に剝ぎ取られていく。


 まるで人生の終わりなど存在しないかのように、城下の街はいつも通りの暮らしを続ける。誰もが目を逸らすことで、己の安寧を守っているのかもしれない。死の衝撃は一瞬で霧散し、後に残るのは商取引や社交の予定。かつて生きていたはずの娘の姿は、すでにこの世界から完全に忘れられつつあった。


 こうして、彼女の血は街の小さな記憶となり、一部の好事家が「ちょっと前に死刑があったらしい」と話題にするだけ。それも日が経てばまた別の噂と混ざり合い、何もかもが風化していく。誰も強く思い返さない。まるで最初からいなかったかのように、また日々が巡る。残酷な終焉の余韻はあっという間にかき消え、人々は日常の歯車をひたすら回し続ける。


 最後にあの娘の姿を見た光景を記憶にとどめる者など、ほんの一握り。それも日が経てば他の刺激的な話や事件に上書きされるだろう。生きた証も、存在の意義も、全てがこの街から切り捨てられ、塵のように流れていく。そうして、命を落とした娘の“最後”は、あまりにも簡単に打ち捨てられ、救いのないままに葬り去られたのだった。

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