第15話 絶望の行列①
陽の光が鋭く照りつける昼下がり、私は兵士たちに両腕をつかまれるまま、裁判所から石畳の道へと連れ出された。周囲にはいつの間にこれほど集まったのかと思うほど大勢の人々が押し寄せ、押し合いへし合いしながら私を取り囲んでいる。生温い風が汗や埃の匂いを攪拌し、喉がひりつくような乾きに襲われる。けれど、そんな不快感すら意識の片隅へ追いやられるほど、心は深い絶望に沈んでいた。
少し前までの裁判所の冷え切った空気とは対照的に、ここではむしろ熱気が渦巻いている。人々の目は好奇や侮蔑、娯楽としての興味が入り混じってぎらつき、私はその中心で完全にさらし者にされていた。兵士たちは無機質な声で「道をあけろ」と叫びながら、私を先頭にして隊列を組み、まるで戦利品を運ぶかのように周囲を押しのけて進む。けれど、その行列が進むたび、野次馬たちは「早く処刑しろ」「見せしめだ」と囃し立ててくる。
「国を乱した大罪人らしいぜ」
「すごい人だかりだこと。散々偉そうにしていたのに、ざまあないね」
そんな辛辣なささやきが、至るところから響く。まるで自分の死刑が祝祭のように扱われているかの錯覚に陥るほど、彼らは血の匂いを待ち焦がれているらしい。下卑た笑みを浮かべて石畳から覗き込む男、わざわざ背伸びして私の顔を見ようとする女、怯えた様子ながら興味をそそられている子ども――その一人ひとりの瞳には、恐怖や軽蔑や好奇が絡み合い、どうしようもない現実を映し出していた。
思わず顔を伏せたくても、兵士が腕を厳しく引き上げるものだから、前を向いて歩かされるしかない。鎖が足首に巻きついているため、歩幅も限られ、まるで道化のようによろけながら進まされるたび、足に石が当たって鋭い痛みが走る。熱い日差しで体力を奪われ、意識が半ば朦朧となり始めても、野次馬たちの罵声は容赦なく耳を刺す。
「おまえみたいな者がいるから国が乱れるんだ!」
「最後はあっさり首を落とされるのかしら。見ものでしょう?」
震える呼吸を整えようとするが、うまくいかない。呼吸が浅くなるたび、頭の中がノイズで満ちていくようだった。もしかすると、ここが最後の道になるのだと、薄々感じているのに、その事実を真正面から受け止める勇気が出ない。兵士に押されるまま、転がるように前へ進んでいると、ふと頭の片隅に、日本での記憶がちらついた。
無性に懐かしく、あたたかく、無事に生きていた日常。交通事故に遭う直前まで繰り返していた、ごくありふれた時間。あの時はまだ、さまざまな夢や計画を抱いていたし、友人も家族も、それなりに近くにいたはずだった。その世界でなら、こんな理不尽な裁判や処刑など遠い過去の歴史でしかなく、自分に降りかかる危険と思ったことなどなかった――切実に、あの穏やかな世界に戻りたいと願ってしまう。でも、そう思ったところで、ここには何の救いも存在しない。
「あの世界へ、帰りたい……」
声にする気力はなかった。ただ唇を震わせ、目を伏せる。それでも、兵士は微塵の容赦もなく私を引き立てる。現実は、群衆の罵倒と嘲笑が轟く石畳の道に引きずり戻される。ゆっくりと、でも確実に、私を破滅へ導く道程が続いているのだ。
道幅が広がるとともに、遠くに大きな門が見え始めた。周囲の声がいっそう高くなる。どうやら処刑場が近いのだろう。私の足取りが自然と乱れ、思わず立ち止まりそうになると、兵士が槍の柄で背中を押し、「止まるな」と厳しく命じる。押し出されてよろめいた拍子に、腕に巻かれた鎖が小さく軋む音を立て、背筋にぞっとする寒気が走る。
「反逆者の最後をしかと見届けようぜ」
「馬車に乗らず、歩いて連行される姿が醜いわね。恥をかいて死ぬのは当然よ」
通りすがりの女がわざとらしく罵声をかけ、私のことを指差して笑い合う。不思議と怒りは湧いてこない。むしろ静かな絶望がさらに心を沈めていく。どうせ私は、死を迎える運命にいる。誰がどれほど罵ろうが、それ以上の痛みなど今さら大差ないと感じるほど、魂が擦り切れているのかもしれない。
すれ違った男が石粒を蹴り上げ、私の足元に転がってくる。埃がわっと舞い上がり、口の中に砂が入り苦い味が広がった。ごほごほと咳き込んで視線を上げると、男は冗談めかして大声を上げ、「逃げられると思うなよ」と嘲った。まるで怒りをぶつける対象がほかにないから、私という“見世物”で憂さを晴らしているようにすら見える。その光景が、心の奥にあった最後の灯火をも消し去っていく気がした。
「あの世界で、死んでいた方がよかったのかも……」
自分でも怖いほど自然に、そう考えてしまう。事故で命を落としかけたあの瞬間に、もしそのまま意識が消えていたら、こんな地獄を経験することもなかったはずだ。日本では、ごく平凡な暮らしの中に、小さな幸せが確かにあった。けれど今は、その日常に戻る道などどこにもない。二度と交わらないまま死を迎えるとわかっていても、どうすることもできないのが現実だった。
門をくぐると、処刑場の広場が見えてきた。地面には古い血痕のような赤黒いシミが所々に残っていて、草が半ば朽ちたように乱雑に伸びている。そこには既に数多くの野次馬が詰めかけ、兵士の指示で囲いの外に整列するような形でこちらを待っているのがわかった。あの中で何が行われ、どんな悲鳴や鮮血が飛び散ってきたのか、考えただけで足がすくむ。しかし現実は、私もまたその犠牲者の一人になるということだ。
「あれが反逆者か。ずいぶんやつれてるな」
「どのみち首が落ちるだけでしょ。見物にしては簡単かも」
聞きたくもない声が耳を裂いてくる。敷かれた細い道を先導されながら、私は意識が遠のきそうになるたび、自分に「まだ倒れてはいけない」と言い聞かせた。生き延びるチャンスがあるのなら、せめてそれを探さなくてはならない。だが、そんな望みなど残されていないことを、理性はとっくに理解している。




