表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した私に待ち受けるのは、無慈悲な裁きと血塗られた結末  作者: ぱる子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/29

第12話 沈む心

 どれほどの時間が経ったのかもわからない。地下牢の薄暗い天井は、一日を示す光の変化などほとんど見せてくれず、私の感覚を狂わせる。湿気を帯びた冷たい空気が肌にまとわりつき、先の見えない不安と恐怖が胸を締めつける。足音が近づくたび、看守による尋問が始まるのではないかと身を硬くするが、疲労でまぶたは重く、まともに立ち上がる気力さえ湧かない。


 看守たちの態度は一貫して冷酷だった。彼らは私を“国を揺るがす反逆者”としか見ておらず、一言の弁明を試みる隙も与えない。時折、鉄格子の向こうで嘲笑をこぼしながら、心をえぐるような言葉を吐く。


「いつまで白を切るつもりだ。どうせ裏で汚い金を動かしていたんだろう」

「おまえの仲間はみんな口を割っているさ。誰一人、おまえを庇ってなどいない」


 彼らは調査官の指示か、自分の憂さ晴らしなのか、意図的に私の心を抉る。聞けば聞くほど頭が真っ白になりそうだ。私は必死に首を振り、「ちがう」「私には関係ない」とつぶやくのが精一杯。激しく否定したい気持ちがあっても、体力が残っていないし、叫んだところで誰も信じてはくれない。


 尋問と称して行われる行為は、それ自体が拷問に近かった。私を無理やり引きずり出し、狭い取調べ部屋へ連行しては、粗野な兵士たちが質問を浴びせる。答えに窮すると、鞭や棒で脅し、手を振り上げて威嚇してくる。痛みこそ最低限に抑えているのかもしれないが、暴言と嘲笑による精神的圧迫はむしろ暴力よりも辛い。


「仲間たちがおまえを売ったんだよ。これだけ証拠が揃ってる以上、あきらめるんだな」


 そう言いながら兵士が机を叩く音が耳に響く。中には下卑た笑みを浮かべ、「貴族の娘でもこんな目に遭うのか。随分と落ちぶれたもんだな」などと絡んでくる者もいる。私は悔しくて仕方がないが、せめて真実を語ろうとしても、彼らはそれを聞き入れるどころか鼻で笑うだけ。


「私……本当に、何も……わからないの……」


 か細い声で言葉を紡いでも、兵士は盛大に嘲笑する。威勢のいい声が狭い部屋にこだまして、鼓膜を揺らすたび、心臓が痛む。わずかにしがみついていた自尊心すら削り取られ、何もかも放り出してしまいたい気持ちが頭をもたげる。


 取調べ部屋を出たあとは、また地下牢の薄暗い独房へ戻される。床に散らばるわずかな藁の上に横たわっても、眠れるわけではない。身体は酷使され、痛みや怠さが絶えないのに、気持ちは張り詰めたままで、まるで深い泥の中でもがいているような苦しさが続く。ドアの隙間からは常に湿った空気が流れ込み、時折混じる腐臭のようなにおいで吐き気を催すほどだ。


 看守がすれ違いざまに浴びせる言葉は、私の意識を休ませる暇を与えない。


「おまえが着ていた豪華なドレスや宝石は、全部嘘だったんだな。仲間だと思っていた連中も、今頃はおまえを笑い者にしているさ」


 その一言一言に、これまで私が信じようとしていた人々の顔が浮かぶ。かろうじて「味方になってくれるかも」と思った侍女、社交界で出会った同年代の令嬢、そして家族までもが、全員私を切り捨てる道を選んだ。皆、それぞれの保身のために、あるいは自分が不利益を被らないために、私を手放すことを選んだのだ。嘲笑が耳に焼きつくたび、心の奥深くに空洞が広がっていく。


「なぜ、こんな……」


 薄汚れた壁に手をついて膝を折り、か細い声で独り言のようにつぶやく。しかし答えはない。狭い独房の中で、ひんやりとした石壁が沈黙で応じるだけ。たまにほかの囚人の叫び声やうめき声がかすかに響いてきて、ここが地獄の底であることを突きつける。


 頑張ろう、負けたくないと自分を鼓舞しようにも、その糸口さえ見つからない。私にはもう、反乱に関わったとされる濡れ衣を晴らす方法がなく、証人どころか昔からの知り合いが皆、私を裏切り者として告発しているのだ。まるで世間が総出で私を罰しようとしているかのような被害妄想が頭を巡るが、そう思わなければやりきれないほど状況は追い詰められている。


 ある日、看守が笑い混じりにこんなことを言った。


「おまえさんが家族に手紙を書いて助けを求めても、どのみち破り捨てられるだろうよ。もう見放されてるんだからな」


 きっと、家族のもとへ渡ることはないのだろう。仮に届いたとしても、父や家の人間が私をかばう道理がない。そんな現実を考えれば、どれだけ書こうが無駄という思いが頭にこびりついて離れない。わずかな期待を持つたび、結局は理不尽な壁にぶつかって絶望へ叩き落される――その繰り返しだ。


 今や私の瞳に映る世界は、暗くじめじめとした独房の石壁と、時折差し入れられる粗末な食事だけ。そのわずかな時間ですら看守の嘲弄が入り混じり、心は絶えずすり減っていく。体調は日増しに悪化し、しばしば立ち上がるときに目眩が襲う。殴られた箇所や乱暴に扱われた手首が青黒く腫れ、腕を動かすたびに鈍い痛みが走る。すでにどこが痛いのかさえはっきりしないほど疲れ果てていた。


「こんなところで……死んでしまうのかな……」


 寝台の隅で膝を抱え、震えながらつぶやく。私は現代で死にかけたとき、ただ生きたいと強く願った。その結果、なぜこうなってしまったのか。すべてが理不尽で、不条理で、考えるほど絶望感が深まるばかりだ。息をするたび、その絶望がじわりと胸に食い込んでくる。


 足音が近づくと、看守が鉄格子を棒で叩きながら下卑た笑いを浮かべる。


「まだ生きてたか。そろそろ全部吐いてくれるんだろう?」


 私は首を振るしかない。言えることなど何もないのだ。自分こそが何も知らないし、何も持っていない。それでも看守は「また同じ台詞か」とあざけり、「次の尋問ではもっときつい目に遭うかもしれないぞ」と脅す。私は目を逸らし、息を詰めて声を出すことさえためらう。耐えるしかない。これがどんなに非道な扱いであっても、抗うすべがないと悟っているからだ。


 思い返せば、私が信じかけた人々も同じように私を避け、利用し、裏切ってきた。かろうじて友好の影を感じた侍女にさえ偽証をされ、社交界で声をかけてきた令嬢は、自分の立場を守るために私を利用したのだろう。婚約者に至っては、私を唾棄するかのように嘲笑して距離を置き続ける。それが私の現実なのだ。


 頭の片隅で、「それでも自分が悪かったのかもしれない」と思う声がする。評判の悪い過去を背負い、周囲から嫌われていた自分。迷惑行為をしたと噂される日々。もしかして、自分こそが元凶で、仕方のない結末だったのか――そんな自責の念が、じわりと精神を蝕む。反論する意欲すらわいてこない。まるで私は、自分から破滅を望んでいるかのようにすら感じられる。


 地下牢の一角にうずくまり、かろうじて繋ぎとめていた意識が揺らぎ始める。天井を見上げても、そこに光はない。私はどこまでも深い闇に沈んでいくのだろう。何もかもが嫌になる。仮にこのまま朽ち果てたところで、もう誰も悲しまないし、私を必要とする人もいない。そう考えれば、死すら怖くはない――そんな危うい思考が脳裏をかすめる。


 けれど、ほんの片隅で「死にたくない」という思いが残っているのがわかる。どれほど絶望が深くても、生きる本能は消えていない。だからこそ、この酷い仕打ちに耐え続けようとしている。だが、それが何のためなのかはわからない。これから先に待つのはさらなる屈辱か、罪を着せられて処刑される結末だけかもしれないのに――矛盾だらけの考えが頭を巡り、苦しさが増す。


 そして私は、また一筋の涙を流す。地下牢の床にこぼれ落ちる滴は、あっという間に石の隙間へ吸い込まれて消える。あたかもこの世界そのものが、私の存在を隅々まで吸い取り、痕跡さえ残さぬように仕向けているかのようだ。自分の意思や感情が、この場所では何の意味も持たないと痛感するたび、胸に深い虚無が広がっていく。


 あまりにも長い夜が、また始まろうとしている。重苦しい空気に包まれた地下牢の中で、私は目を閉じて震えながら息を潜める。声を出すことすら無駄だと知りながら、それでも歯を食いしばらないと自分が壊れてしまいそうで、じっと耐え続けるしかないのだ。背後では看守の笑い声がにじんで聞こえ、遠くから誰かの悲痛な叫びが木霊する。そのすべてが、私の心をさらに追い込むための暗い調べのように思えた。


 生きる意味も、希望も、どこにも見つからない。暗闇を漂うような感覚の中で、私は打ちひしがれ、もう何を信じればいいのかもわからなくなっていく。こんなにも救いがなく、息苦しい場所で、ただ朽ちていく自分を想像しながら、それでもまだ死ねない自分を恨む――そんな途方もない苦痛が続く限り、絶望はなおいっそう深く私を絡め取るばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ