第11話 崩れゆく闇①
鬱屈した空気が屋敷の隅々にまで染み渡り、私の居場所をさらにつぶしていくようだった。疑いの目を向けられてからというもの、使用人たちはますます冷ややかになり、足音が遠のいた廊下でさえ、まるで私を監視するような沈黙が支配している。もはや部屋に閉じこもるしかない日々が続く中、突然の呼び出しが告げられたのは、ある静かな午後のことだった。
「お嬢様、当主様から客間に来るようにとのことです」
侍女がそう告げに来ても、その声には冷淡さしか感じられない。私を呼ぶ父の意図が何なのか――ろくな話でないことだけはわかっている。それでも従わねばならない立場なのだと自覚しながら、重い足取りで客間へ向かった。
部屋の扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、当主である父や執事だけでなく、見慣れない役人風の男たちの姿だった。彼らはみな険しい表情をしており、私を見るなり露骨に身構える。嫌な予感がして息を飲むが、すぐに父が低い声を響かせて宣言する。
「こちらの方々は、王城で捜査を担っている調査官だ。……お前に尋ねたいことがあるらしい」
その言葉だけで、心臓が締めつけられる思いがした。どうやら本当に、私の疑惑を正式に追及する段階に来てしまったらしい。息を詰まらせて立ち尽くす私に向かって、調査官の一人が書類を広げて読み上げる。反乱未遂への関与、財務不正への加担――そして、以前の私の“行い”を挙げ連ねて「信用できない人物だ」と結論づける文面が滔々と続く。そこには私が初耳の情報さえ混ざっており、自分が何者なのかわからなくなるほどだ。
「私は、そんなつもりはありません……!」
なんとか口を開くも、父が手をあげて制する。その目には、もう娘に対する情など欠片も感じられない。まるで「余計なことを言うな」と言わんばかりの、冷たい光を宿している。
すると、調査官たちの後ろに隠れるようにして、思わぬ人物が姿を見せた。私が昔からそばに置いていた侍女だ。唯一、多少なりとも信頼できるかもしれないと思っていた存在――だが、彼女の表情は不安と嫌悪の入り混じった複雑なものだった。そうして彼女は、震える声で私を“裏切る”証言を始めたのだ。
「……お嬢様は、以前から何か書簡を内緒でやり取りなさっていました。私にも見せてはくださらず……ときどき、自分だけ外出なさることがあって……」
それは、まるで私が意図的に怪しい活動をしていたかのように聞こえる言葉だった。確かに、書簡を渡しに行くよう指示されたことはあったが、すべて父や周囲の意向だった。私自身の意思で外へ出向いたわけではない。それでも、部分的な事実だけを切り取られて並べ立てられると、まるで本当に私が裏で暗躍していたように聞こえる。私は必死に否定しようとするが、侍女はうつむきがちに眉を寄せてささやく。
「申し訳ありません……でも、もう隠しきれません……」
その表情に同情の色はない。どうやら父や調査官たちに言わされているのか、あるいは自分の保身のためなのか――いずれにせよ、私への信頼はとうになく、彼女はこの場で私を追いつめる側に回ったらしい。衝撃で胸が軋むが、ここでさらに追い打ちをかける言葉を聞いてしまう。
「確かに、以前あの方に呼び止められ、何か渡されたことがありましたわ。見たら、まるで陰謀に関わる書類のようで……気味が悪くて、すぐに逃げてしまったんですけど」
背後から聞こえてきたのは、かつて社交界で“少しだけ”言葉を交わした令嬢の声だった。あの場では表面的に微笑みかけていた彼女が、今や他の証人として立ち会っている。事実にない話を混ぜ合わせ、「私が不穏な書類を押しつけようとした」と主張する。昔の私がどのように振る舞っていたか知らないが、これでは完全な誤解を招くだけだ。いや、誤解というより、もはや計画的な“でっちあげ”に近い。
「そんな……嘘よ……」
信じられない思いで彼女を見つめるが、彼女は目を伏せ、あえて私と視線を合わせようとしない。まるで“少しでも関わりを持てば自分まで疑われる”とでも思っているかのようだった。会場の隅でクスクスと侮蔑をささやいた頃と同じ、冷たい態度だ。
結局、侍女や令嬢の証言は次々と積み重なり、「私が裏で王国の秩序を乱す計画を進めていた」という筋書きが固められていく。反乱未遂や財務不正に直結させるには無理のある論理ばかりだが、もともと評判の悪かった私の素行が、全てを裏付けるように取り沙汰されてしまう。




