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転生した私に待ち受けるのは、無慈悲な裁きと血塗られた結末  作者: ぱる子


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第8話 裂かれた交わり①

 夜会への出席がいくら憂鬱でも、貴族としての体裁を守るためには出かけざるを得ない。そんな義務感に背中を押されるようにして、私は再び招かれた集まりに足を運んでいた。前に参加したときと同じように、華やかな装飾や優雅な音楽が場を彩っている。けれど、それらのきらびやかな演出を目にしても、私の心は少しも浮き立たなかった。むしろ、人々の陰口や嘲笑に晒される場へ自ら赴く恐怖と苦痛が、肺の奥まで重たくのしかかる。


 案の定、会場ではあちこちで若い貴族同士が固まって談笑しているが、私を見るや否や、さっと視線をそらす者ばかり。挨拶するでもなく、遠巻きにするでもなく、まるで“目に入れたくない”というような態度が透けて見える。先日、初めての夜会を経験したときから、状況はほとんど変わっていないのだと、無言の圧迫感が訴えてくるようだった。


 今日はいつにも増して、胸の奥がささくれ立つような不安が募る。というのも、会場の片隅で見かけた令嬢の姿が私の視線を強く引いたからだ。彼女は以前、屋敷内の宴でちらりとだけ顔を合わせたことがある、同年代の貴族令嬢。周囲に合わせてか大人びた装いをしているが、ほんの少し幼さの名残を感じさせる笑顔が印象的だった。


 前に一度だけ言葉を交わしたとき、彼女は他の令嬢たちほど露骨な嫌悪を示さなかった。むしろ、どこか心配そうに私の様子をうかがっていたようで、それが妙に胸に残っていたのだ。私にとっては珍しく「もしかしたら、この人なら多少は話せるかもしれない」と感じられる相手だった。けれど、なかなか接点がなく、そのまま機会を逃していた。


 そんな彼女が、今日は会場の中央付近で友人らしき令嬢たちと楽しそうに言葉を交わしている。せめて軽く挨拶だけでもしてみたい。そう思いつつも、周囲の視線が怖くてなかなか動けない。下手に近づいてまた嫌な表情を向けられたら、と想像しただけで鼓動が強くなる。しかし、幾度となく冷遇されてきたこの社交界で、ほんのわずかな希望を見いだせる相手が彼女しかいないとしたら……思い切って話しかけるしかないかもしれない。


 意を決して、グラスを置き、小さな溜息をついてから足を踏み出す。薄いドレスの裾が床を擦る音とともに彼女のグループへ近づくと、こちらに気づいた別の令嬢が怪訝そうに目を細めた。私はその視線に気圧されそうになりながらも、目的の彼女――かつて一度だけ言葉を交わした令嬢――に向かって、控えめに声をかける。


「……こんばんは。以前に少しだけお話ししたことがあると思うのですが……」


 彼女は振り返って一瞬だけ微笑した。あのときと同じ柔らかい表情。それを見て、私はほっと胸を撫で下ろす。けれど、周囲の友人たちは私を値踏みするような視線を向けて、ささやき声を交わしている。そこには歓迎の気配など微塵もなく、むしろ私の存在を嫌がる空気がはっきり漂っていた。


 その令嬢はすぐに友人らの方を向きなおり、何かを言いかけたようだったが、彼女たちがわざとらしく口をつぐんだのを見て、困ったように目を伏せる。それでも私には、彼女だけは「仕方ない、少し話をしてあげよう」という雰囲気に見えた。冷たい視線の海の中で、ほんの小さな浮き輪を見つけた気持ちになる。


「……良ければ、少しお話ししませんか。あまり皆さんと話す機会もないので……」


 私がそう続けると、彼女はちらりと周囲にうかがいを立て、気まずそうに笑う。


「ええ、そうね。では――」


 そこまで言いかけたところで、すぐ傍にいた令嬢の一人が、こちらに聞こえるか聞こえないかという微妙な声量で一言、何かをつぶやいた。思わず耳をそばだてようとするが、はっきりとは聞こえない。どうやら私を侮蔑する言葉だったらしく、彼女の顔が一瞬こわばる。


 そのまま無理に場を盛り上げようとするのは難しいと感じたのか、彼女は渋々とでも言いたげに私の誘いを受ける素振りを見せる。友人らしき令嬢たちのほとんどは露骨に嫌な顔をしたが、「私、ちょっとあちらへ」と口実を告げて場を離れた。そのタイミングで、私と彼女だけが二人になる。


 そうして人混みを少し抜けたところで、ようやく彼女と向かい合う形になった。もっとも、私たちの周囲には常に人々の往来があり、完全に二人きりというわけではない。落ち着かない環境ではあるが、せめて少しでも言葉を交わしたい――私はそれを励みに、なるべく笑顔を保とうと努める。


「先日は……あまりゆっくり話せなかったので、今日お目にかかれてよかったです」


 そう言うと、彼女は形だけの笑みを浮かべた。表面的には優雅に見えるその笑顔に、少し安堵しかけたものの、何かぎこちなさを感じてしまう。言いたいことを飲み込んでいるような、いや、こちらに合わせているだけのような雰囲気――嫌な予感はするが、それでも彼女と交わす会話は、私にとってかすかな光だった。


 しかし、その光はあまりにも儚かった。私がほんの少し近況を尋ねると、彼女は「ええと……」と煮え切らないまま、簡単な返事をするにとどまり、すぐに視線を彷徨わせる。まるで早くこの場を切り上げたいと願っているかのようだ。周囲の若者たちから浴びせられる冷たい視線が、彼女にも影響を与えているのだろうか。気づけば私も、何とも言えない気まずさに耐えきれず、次の言葉が出なくなる。


 そうして、半ば白けた空気のまま、彼女は「では、失礼しますね」と逃げるように立ち去った。あとには私だけが残され、再び孤立した気分になる。周囲では、さっき私を見やった令嬢たちが小声で笑っている。結局、すべてが無意味に終わったのかと自嘲しながら、私は壁際に戻ってグラスに手を伸ばす。これ以上、誰かと話す勇気など出てこない。

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