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俺は悪くない

「でも……、離婚してもお父さんはお父さん……」

「あいつは、もう俺たちの父親じゃない」

「ち、違うよ……。お父さんはお父さんだよ。血が繋がってるじゃない……」


 明凜の声が微妙に湿り気を帯びてきたのには気づいた。でも、俺は止まらない。


「血が繋がってたってなぁ……。あいつは母さんを裏切ったんだ! 俺たちだってそうなんだぞ! おまえだって父さんに裏切られたんだ!」

「ち、違うよォ……」


 俺は、間違ってない。


「だって、親離婚した友達は、毎月お父さんに会ってるって言ってたよ……。私も……、会いたい……」

「知らねぇよ! 人は人、自分は自分だ! 他人なんか関係ない! 父さんだってもう他人だ! 関係ねぇんだよ、オレたちとはもうヨォ!」

「でも、会いたい……」

「ダメだ!」

「お兄ちゃん……」

「……そんなに会いたきゃなぁ、おまえ一人で行ってこい! そのかわり、二度とこの家戻ってくるな! 母さんに二度とそのツラ見せんな!」


 自分でも驚くほど、大きな声が出てしまった。自分でも驚くほど、息が上がっていた。


 異様に静かな、無音が響くような沈黙が流れた。


 明凜は俯いたまま無言で立ち上がり、ダイニングを出ていった。


「あ……」


 俺は何か声をかけようとしたが、何も出てこなかった。


 廊下に小さく足音が続いた後、ドアが閉じられる音がした。決して大きくはないその音なのに、それは責めるような響きに感じられた。後には半分ほど残ったきのこスパと、俺が残された。



 俺は悪くない。


 ベッドに仰向けになり、後頭部に両手を添えて天井を眺めてる。味気ない、大量生産の、やや薄汚れた、中古マンションの天井。


 悪くない。悪くないんだけど……。いや! 俺は悪くない。俺は悪くない……。


 そもそも、悪いのは、あの男だ。あいつが、あんなことしなければ……。


 明凜も明凜だ。なんで、あんな奴に会いたいんだ。


 そうだ。明凜が悪いんだ。悪いのは明凜の方だ。そうだ、そうに決まってる。オレはいつも正しいのだ。


 明日、明凜には、言い過ぎた、って謝らなくちゃな。



「うん……、夜は一緒に食べた。……きのこスパ。……え? いや、あいつが嫌いなのはタコだよ。きのこ好きだよ。きのこ嫌いなのは母さんだろ。何言ってんだよ、こんな時に……。え? うん……、わかったよ、ごめんよ……」


 年頃の妹の部屋で立ち尽くし、母親相手にスマホで通話をしているとは、自分でもなかなかだと思う。人間、こんな時でも妙に冷静な自分に戻るものだ。


 普通に乱れたベッド、普通にちらかった部屋。まるで、ついさっきまで明凜がいたかのようだ。そう、たとえば、ちょっとトイレに行ったとか、居間にお菓子取りに行ったとか、そういった感じ。


「……えぇ! あいつに電話すんの? ……あぁ、まぁ確かに。でも、あいつのとこには行ってないんじゃないかなぁ……」


 昨日の明凜とのやり取りが脳裏をよぎる。


「わかった、ごめん、じゃあ、そっちの連絡は頼むよ」


 部屋の調度品は昨日と同じで平面のイケメンだらけ。しかし、よく考えればよくあるオタク部屋、或いは腐女子部屋と言ってしまえばそれまでだ。そういった意味では、やはり何の変哲もない。


「……うん、もちろん。これから警察行くけど……。うん、わかった……。オレ、今日は学校休むと思う……。うん、気を付けてね……。うん、わかった。じゃあ……」


 スマホの電源を切って、改めて明凜の部屋を見渡す。溜め息が出てしまった。


 今朝、メシの支度が終わり、頃合いになっても、明凜は部屋から出てこなかった。


 昨日のことがあるから、そっとしておこうとは、もちろん思っていた。でも、それにしても、なんか妙な違和感を感じた。


 なかなか気が進まなかったが(気まずいからな)、明凜の部屋のドアをノックした。ちょっと手が震えていたことは内緒だ。


 しかし返事はなし。そのまま回れ右して引き返そうかとも思ったが、やはり何か違和感が残る。返事がないなりにも、もう少し体温というか、そういうものがあるはずだ。そういうものが何にもない。


 だからか、嫌な予感に導かれ、オレは思い切ってドアを開けた。


 明凜はいなかった。


 トイレにもいない。風呂場にもいない。広くはないマンションだが、探せるところは全て探した。だが、やはり明凜はどこにもいなかった。


 でも、単なる家出とは思えない。何か引っかかる。何かおかしい。


 母さんにはああ言ったものの、警察に行く前に一応オレの方でもう一度調べてみようと思った。状況がおかしすぎるからだ。


 玄関に鍵はかかっていた。ウチはオートロックではない。鍵をかけるには内側から。外側からは合鍵がなければ鍵をかけることはできない。そして鍵を持ってるのはオレと母さん、そして明凛。この三人が持っている三つだけ。予備はない。そして明凛の鍵はバッグの中に入っていた。


 窓も全て閉められている。もちろん、内側からでしか鍵はかけられない。


 つまり、明凛が消えた後、ウチは俗に言う密室になっていた。状況から判断するに、忽然と消えたとしか言いようがない。


 こんな状況、警察に話しても相手にしてくれないかもしれない。だからこそ警察に相談しなくちゃいけないとも言えるが……。


 とりあえず、警察に行くにしても、もうちょっと現実的な状況を見つけておいた方がいいだろう。オレは再び手袋をはめた。一応、第三者の存在がないとは言い切れないからだ。下手に指紋とか残したくない。


 しかし改めて調べてみても、これといって妙なところはない。


 スマホはベッドの上に投げ出されるように置いてある。これもまたよくある風景かもしれない。


 明凛のSNSとは全て相互にしてある(と思う。明凜を信じよう)。ここ数日、特におかしな投稿はなかった。


 さっき、念のため調べたが(スマホのパスは実に不用心なものだった)、どのSNSにもオレの知らないサブ垢のようなものはなかった(ほら見ろ)。


 一応、元あった位置に寸分違わず戻しておいた。ぬかりない。


 しかしどうだったかなー、もうちょっと角度がベッドのへりに対して急だったかなー、と思いつつ見ていたら、あるものが目に入った。


 スマホはベッドの手前側に置いてあるが、その向こう側にマンガが置いてあった。いや、『立てかけてあった』。


 さっきも言ったが、明凛の部屋はそこそこちらかっている。しかし、なんというか、その妙に薄いマンガ本は、妙にキッチリしているのである。壁に、表紙がこちら側を向くように立てかけられ、上下も合っている。なんかこの薄い本だけ他に比べて『人工的』なのである。乱雑さのかけらもない。


 表紙にはお姫様みたいな可愛い女の子、その後ろから肩を抱くのはまぁ、王子様的な何かなのだろう。イケメンである。しかも金髪である。


 壁を背景に鎮座したその様は、どことなく観光地によくある、顔のところだけ穴が空いているフォトスポットを思い出してしまった。


 フォトスポット……。


「まさかあ!」


 思わず声に出してしまった。あたりに誰かいなかったか、と見回してしまった。いたら大問題だが。そもそも怖い。


 いや、まさかあ。いやいやいやいやいや。そんなことあるわけないでしょ。と言いつつ、スマホを拾い上げていた。


 アプリを探ると、やはりあった。


 雨之戸さんも使っていた写真アプリ。


 アニフォト。


 同じアイコンが写真アプリのフォルダの中にあった。


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