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革命の悪役令嬢クリスティーヌ  作者: 涼紀水無月
もういっちょ編
39/40

元の世界への入り口

「よし。荷物は全部積み終わったな」


 セバスのその一言で、準備は全て終わった。積荷は全て食料である。いよいよ乗船だ。先ずはトニー、それからアームストロング、そして南方寺蘭太郎こと南十字蘭丸王子が乗り込んだ。更に、オレが続く。


 以上だ。オレが乗り込んだ後、セバスがすぐにブリッジを外した。それと同時に船はエンジン音を唸らせた。


「え、私たちは?」

「仕方ない。クリスティーヌ様のお言いつけだ」


 そんなやり取りが置き去りになる波止場から聞こえた。正直、後ろ髪を引かれる思いはある。しかし、別れは昨日の夜に済ませたはずだ、オレ!


「他の者たちは来ないのかい?」


 船上では、王子が異変に気付いた。


「ええ。これで全てですわ」


 そう言ってる間にも、船は外海へと爆進している。


「……これは一体どういうことだ?」


 王子がそう言い終わるのと、ほぼ同時であった。突然、もの凄い衝撃と共に、船が急停止した。海面から少し浮き、大量の水飛沫と共に着水した。皆、甲板に叩きつけられた。操舵室のトニーは無事だろうか。


「痛って……」


 そう(うめ)くと、今度は海面から巨大な触手が飛び出した。タコやイカのような吸盤がある。触手は船の縁に絡みついた。とても離れそうにない。


「キャーッ! 何コレェ! キモーい! ちょっと、どういうこと?」


 そんな叫び声を上げたのはオレではない。南十字蘭丸王子だ。


「本性を現したな」

「……え?」

「明凛」

「……え! あ、あなた……、だ、誰……?」


 王子の声が、唇が震え、顔はみるみる青くなっていく。こいつを怖がらせるのが目的ではない。


「オレだ。乱太だ」


 なるべく、やさしく声をかける。しかし、こっちとしても興奮しているのが自分でもわかるくらいなので、上手くやさしく言えたかどうかは、正直自信がない。


「え……。お兄ちゃん……?」


 明凛の表情は固く、青ざめたままだ。


「そうだ。オレだ」


 ダメだ。うまくいかない。どうしても、早口になってしまうし、強くなってしまう。


「な、なんで……、こんなところに……?」


 もはや王子の威厳はない。怯えた表情でこちらを見返している。


「おまえを追って、あのカメラアプリを使ってここまで来たんだ」

「……どうして?」

「どうしてもこうしても、心配してるからに決まっているからだろう!」


 そんなんじゃダメだ、オレ! どうしてこう、人ってのは身内には荒っぽくなってしまうのだろう? こんな言い方したいんじゃないのに。自分でも感情がコントロールできない。我ながら、とんでもない荒れ球である。


 一つ、深呼吸をした。効果のほどは……どうだろうか?


「帰ろう。母さんも心配してる」

「や……、やだ」

「明凛……」

「やだ。わ、わたし……、ここにいる」

「そうか……。だが、気持ちはわかる」

「え……? お兄ちゃんにわかるわけ……」

「おまえが全元様なんだろ?」


 王子は目を飛び出さんばかりにカッ開いて驚いた。あまりのカッ開き具合に、ちょっと心配したほどだ。


「……! どうしてそれを……!」

「このマンガの世界を支配する者、それはこのマンガを作った作者だ。ということはつまり、おまえだ、明凜。ここはおまえがいるべき世界じゃない。たとえ、おまえが作った世界だとしてもだ」

「な、なんで……わかったの……?」

「そりゃわかるだろ。オレたちの通った中学のジャージや、オレたちが通った小学校の教室が出てくるし……。大体、このマンガのキャラクターはみんなおまえそっくりだ。食い方がそっくりだから、最初は瑠璃の中におまえがいるのかと思ったら、そうじゃねぇ。サッチャーは喋り方がそっくりだし、セバスはいい加減なところがそっくりだし、トニーは存在の消し方がそっくりだし……、やさしいところは、クリスティーヌそっくりだ。みんな、おまえを切り売りしてる。みんなおまえだ」

「自分じゃ全然わかんなかった……」

「この世界、つまり、おまえの部屋にあったあの薄いマンガ、おまえが描いたんだろ? 全く……。ずさんな設定のマンガ描きやがって」


 すると、明凜王子はグッと目に力を込めてオレを見た。


「ちょ……! 見たの?」

「見てない。むしろ読んどきゃ良かった。そうすりゃ、もっと楽に立ち振る舞えたのに……」

「私の部屋に、入ったの?」

「……入った」

「サイッテー!」


 今度は逆に明凛が声を荒げる番だった。


「もう、いい加減にしてよ、お兄ちゃん!」

「いい加減にすんのはどっちだよ! いい加減にしろよ!」


 しかし、負けねぇ。負けてたまるか。オレは兄だ。威厳だってあるし、それに……!


「勝手にいなくなりやがって。しかも、こんな……説明したところで誰も信じてくれねぇような世界に逃げ込みやがって。母さんにも心配かけさせやがって……。オレだって心配したんだからな! 実の兄妹ナメんな!」

「お兄ちゃんにはわからないよ!」

「わかるよ!」

「……わかんないよ」

「明凜、」

「……何?」

「ごめん……」


 オレは頭を下げた。


「え……?」

「おまえ、父さんに会いたかったんだろ?」


 王子こと明凜は、驚いてオレを見つめている。


「おまえが、そんなに父さんに会いたくて、こんなに傷ついてるなんて、思わなかった」


 オレは、陸地を見た。


「この世界、おまえの王国。王国なのに王はいない。それって、父さんがいなくなったからだろ?」


 王子は黙ってオレを見下ろしている。


「王子が権力を持ってるのって、家の中で言いたいこと言ってる、オレのことだろ? おまえが王子になったのって、おまえにも言いたいことがあったからなんだろ?」


 王子は、目を逸らし、海を見た。


「みんながみんな、やりたくもない役をやってるのは、生きたいように生きていない、おまえなんだろ? だから、みんながおまえだったんだ」


 王子は、オレに顔が見えないように、顔を背け、うつむいた。


「このマンガの世界を生きて、明凜がどんなに生きづらいか、傷ついていたか、わかった。なんで、オレが、おまえが傷ついていたかわかったか、わかるか?」


 王子は、首を横に振った。


「オレも傷ついていたからだ。ちょうどおまえみたいに」


 王子は、オレを見た。


「ここに来て、オレも初めてそのことに気づいた。明凜、ありがとな」

「お兄ちゃん……」

「父さんに捨てられたのはおまだけじゃない。母さんだけじゃない。オレだって父さんに捨てられたんだ。オレたちみんな、父さんに捨てられた。でも、おまえを父さんに会わせないことで、オレも、父さんを捨ててたんじゃないか、って思った。ごめんな。おまえは、父さんを捨てたくなんて、なかったのにな。ごめんな……。ごめんなさい」


 オレはもう一度、明凜に頭を下げた。


「お兄ちゃん、」

「ん?」

「お父さんに、会ってもいい?」

「……オレも一緒に行きたいけど、いいかな?」

「うん!」


 王子は百九十の長身から笑いかけた。つられてオレも見上げて笑った。


「じゃ、帰るか」

「でも、どうやって?」


 その時、ちょうどタコ怪獣が甲板に乗り上げてきた。


「キャーッ! ちょーッ! やめてえー!」

「あれ」


 オレはタコ怪獣を指差した。


「……え?」

「あいつの口が、元の世界への入り口だ」


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