またね
サロンを抜け、窓を開ける。バルコニーには玖梨子嬢がいた。手すりに両手を乗せ、背を真っ直ぐに、沈みゆく夕日を眺めている。こうして見ると、やはり彼女も絵になる。悪役はカッコ良くなくてはいけない。
「よぉ」
「あら。最近はあなたから来るパターンが多いのね」
「まぁ、多分今日で最後だからな。挨拶にね」
「妹さんは見つかったの?」
「……あぁ。迷ったけどね。連れて行こうと思ってる」
「迷うことなんてないのに」
「いや……、随分、傷つけちゃってたから……、だからこんなところに逃げ込んだのかな、って……。妹にとっては、このままの方がいいのかな、って……。あ、ごめん……。こんなところって、言い方はねぇよな」
「そうね。ひどい」
「ごめん」
「でも、許す。特別に」
「ありがとう」
「じゃあ、……行くのね」
「あぁ」
「せいせいする」
「だろうな」
思わず笑ってしまった。そりゃそうだ。自分の体を乗っ取られたのだから。
「嘘。寂しくなる」
「え?」
その反応はあまりに意外すぎた。少し固まった。
「な、何よ?」
「だって、これからはおまえが二時会とかにも行けるし、瑠璃とも会えるんだぜ」
「ルリルリは連れて行かないの?」
「置き土産だ」
そう言うと、玖梨子は笑った。
「ものは言いようね」
「この世界の登場人物をオレの住んでいる世界に連れて行くことは、どうやら不可能らしい」
「あ、そうなんだ」
あのヘドラドリンクが教えてくれた。
「だから、オレが出てっても、玖梨子が一緒に外の世界に出ることはない。瑠璃だって、この世界にとどまったままだ」
「そっか……」
良かった。飲み込んだであろう、その言葉が聞こえた気がした。言わなかったのは、オレに気を遣ったからか。
「でも、あなたはいなくなるんでしょ? やっぱり、今までいた人がいなくなっちゃうのは、寂しい。あなたのやること見るのも面白かったし」
本音か建前かはわからないが、玖梨子のこのリアクションは想定外だったこともあり、なんかだか、調子が狂う。
「ところでさあ、今日、サッチャーが自分と瑠璃が似てる、って言ってたんだけど」
調子を戻すために話題を変えてみた。なんとなく、こういう雰囲気は苦手だ。
「あぁ、似てるよね、あの二人」
これまた想定外の答えだった。
「ウソ!」
「似てるじゃん」
「全然」
「これだから男は……」
「どこが似てんだよ。対照的じゃん」
「繊細なところがすごく似てる」
「そうなのか?」
「ルリルリは過剰に人に気を遣って、サッチャーは過剰に感情を隠す。一見対照的だけど、要は二人とも人のこと気にしすぎなんだよ。過剰に接するのも、過剰に隠すのも、元を辿れば神経が繊細で過敏だからそうなるの」
「なるほど」
「そのことはお互いわかってるんじゃないかな」
「でも、サッチャー、瑠璃のことは苦手だって」
「そうだろうね」
これまた想定外の答えだ。
「なんでそうなるんだよ。似た者同士なら仲良くなれそうなもんじゃねーか」
「似てるからだよ。似てるから、自分を見てるようで嫌なんじゃない」
「自分ならいいんじゃないの?」
「あんたって、自信家ねー。良いところばかりじゃないでしょ? 悪いところも見させられてる気になるから、嫌なんじゃない。それに、人は自分の悪いところに目が行きがちだし」
「……そうかもしれない。しかし、よく見てるな」
「仲良いからね」
「そうか。おまえは二人とも苦手じゃないんだな」
「まあね」
「似てるのに?」
「似てるかな?」
「そりゃ似てるよ」
「ふーん」
「玖梨子だけじゃない。みんな、それぞれに似てるよ」
「えー、そうなの? じゃあ、私と瀬場さんも似てるの?」
「似てるよ」
「えー! ヤダー!」
そしてひとしきり、二人で笑った。
「じゃあ、みんなのことはよろしくな」
「言われなくても」
それからオレたちは黙ったまま、いつまでも沈まない夕日を眺めた。
陽光が海面に反射する中、オレのクルーズ船が波止場に止まっている。家の者総出で乗船の準備だ。その最中、オレは瑠璃を手招きした。
「瑠璃、ちょっと来てくださらない?」
「はい、クリスティーヌ様。今すぐ」
やってきた瑠璃を物陰に連れて行く。
「あの、さ」
小声で呟く。
「はい」
「もう、二時会来てもいいぞ」
「え?」
「あぁ、電撃のことは大丈夫だ。その……全元様もこの海辺の街までは目が届かない……届きにくい……はずだ。とにかく、大丈夫なんだ」
「は、はい……」
瑠璃は警戒するように空を見上げた後、再び視線をオレに戻した。
「気づいてたんだろ? オレのこと。いつものクリスティーヌじゃない、って。だから、二時会に来なかったんだろ?」
サッチャーと瑠璃は似ている。二人とも繊細だ。他人が気づかないことにも気づいてしまう。サッチャーは多分オレのことに気づいていた。だったら、瑠璃も気づいていた可能性は高い。二時会に姿を現さなかったのは、そんなところだろう。
「オレ……?」
瑠璃は最初訝しそうにしていたが、すぐに合点がいったようだった。
「でも、今日で最後だから。……多分」
「やっぱり……、あなたは……、クリちゃんじゃなかったのね?」
「あぁ。オレは、とある理由で、この世界に来たんだ。まぁ……、俄かには信じられる話じゃないとは思うけど」
「ううん。信じるわ。だって、最近のクリちゃん、なんだか人が変わったように変な人になっちゃったんだもの」
割とシンプルにパンチ効いたこと言う美少女である。
次のループの時、もうオレはいない。それに、このループでは瑠璃は本物の玖梨子に会うことはできない(オレが体を乗っ取っているからな)。ループが終われば、記憶はリセットされる。だから、オレの正体なんか明かさなくてもいいんだけど……、こういうのはけじめだ。
いやごめん、ウソついた。本当は単純に瑠璃とオレとで、一言でいいから、話したかっただけだ。
「本物のクリちゃんは、今、どこにいるの?」
「あいつは、夢の中にいる。……いや、今こうしているところを見てるかな?」
「どういうこと?」
「オレの中にいるんだ。いや、オレが玖梨子の中に入っちゃったんだ。あいつとは夢の中でだけ会えた」
「あいつ、だって。なんか、クリちゃんと、夢の中で仲良くやってたみたいね」
そんなことないよ!という玖梨子の声が聞こえたような気がした。
「あぁ。仲良くやってたぜ」
「いいなぁ。その中に私も入りたかった」
「え?」
「でも、最後にこうしてあなたと話せて良かった」
「オレと?」
「うん。なんだか、怖がって損しちゃった」
「なんで? だってオレ、成り行きとはいえ玖梨子の体乗っ取っちゃって、瑠璃から玖梨子奪っちゃって……」
「だって、あなた、とっても面白いんだもの」
正直、踊り出したいくらい嬉しくはあった。オレ、踊れないけど。ただ、
「なんで……そんなことわかんの? 今、ちょっとしか話してないじゃん」
「わかるの」
「あんなんでわかんの?」
「そういうものなの。男の子って、ホーント、鈍いよね。……あ! 念のため聞くけど、あなた、男の子よね?」
「さあね」
「もう! 意地悪なんだから」
思わず笑ってしまった。もちろん、ちょっと怒った瑠璃も可愛かった。
「ごめん。オレの方こそ、最後に話せて嬉しかった。じゃ……、なんていうか……、まぁ……、そういうことで」
残念ながら、最後に気の利いたセリフは出てこなかった。
「うん。またね」
……次はねぇけどな。ないことを祈るような、祈らないような、って感じだけど。オレは船に戻ろうとしたが、最後に振り返った。
「あのさ、本当はオレ、瑠璃のこと……」
ん?という感じで、瑠璃は小首を傾げた。その仕草、表情は『主役少女』として、決まりすぎるきらいがあるほど決まっていた。なんだか、それで十分だった。
「なんでもない。またな」
「うん、またね」




