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革命の悪役令嬢クリスティーヌ  作者: 涼紀水無月
もういっちょ編
38/40

またね

 サロンを抜け、窓を開ける。バルコニーには玖梨子嬢がいた。手すりに両手を乗せ、背を真っ直ぐに、沈みゆく夕日を眺めている。こうして見ると、やはり彼女も絵になる。悪役はカッコ良くなくてはいけない。


「よぉ」

「あら。最近はあなたから来るパターンが多いのね」

「まぁ、多分今日で最後だからな。挨拶にね」

「妹さんは見つかったの?」

「……あぁ。迷ったけどね。連れて行こうと思ってる」

「迷うことなんてないのに」

「いや……、随分、傷つけちゃってたから……、だからこんなところに逃げ込んだのかな、って……。妹にとっては、このままの方がいいのかな、って……。あ、ごめん……。こんなところって、言い方はねぇよな」

「そうね。ひどい」

「ごめん」

「でも、許す。特別に」

「ありがとう」

「じゃあ、……行くのね」

「あぁ」

「せいせいする」

「だろうな」


 思わず笑ってしまった。そりゃそうだ。自分の体を乗っ取られたのだから。


「嘘。寂しくなる」

「え?」


 その反応はあまりに意外すぎた。少し固まった。


「な、何よ?」

「だって、これからはおまえが二時会とかにも行けるし、瑠璃とも会えるんだぜ」

「ルリルリは連れて行かないの?」

「置き土産だ」


 そう言うと、玖梨子は笑った。


「ものは言いようね」

「この世界の登場人物をオレの住んでいる世界に連れて行くことは、どうやら不可能らしい」

「あ、そうなんだ」


 あのヘドラドリンクが教えてくれた。


「だから、オレが出てっても、玖梨子が一緒に外の世界に出ることはない。瑠璃だって、この世界にとどまったままだ」

「そっか……」


 良かった。飲み込んだであろう、その言葉が聞こえた気がした。言わなかったのは、オレに気を遣ったからか。


「でも、あなたはいなくなるんでしょ? やっぱり、今までいた人がいなくなっちゃうのは、寂しい。あなたのやること見るのも面白かったし」


 本音か建前かはわからないが、玖梨子のこのリアクションは想定外だったこともあり、なんかだか、調子が狂う。


「ところでさあ、今日、サッチャーが自分と瑠璃が似てる、って言ってたんだけど」


 調子を戻すために話題を変えてみた。なんとなく、こういう雰囲気は苦手だ。


「あぁ、似てるよね、あの二人」


 これまた想定外の答えだった。


「ウソ!」

「似てるじゃん」

「全然」

「これだから男は……」

「どこが似てんだよ。対照的じゃん」

「繊細なところがすごく似てる」

「そうなのか?」

「ルリルリは過剰に人に気を遣って、サッチャーは過剰に感情を隠す。一見対照的だけど、要は二人とも人のこと気にしすぎなんだよ。過剰に接するのも、過剰に隠すのも、元を辿れば神経が繊細で過敏だからそうなるの」

「なるほど」

「そのことはお互いわかってるんじゃないかな」

「でも、サッチャー、瑠璃のことは苦手だって」

「そうだろうね」


 これまた想定外の答えだ。


「なんでそうなるんだよ。似た者同士なら仲良くなれそうなもんじゃねーか」

「似てるからだよ。似てるから、自分を見てるようで嫌なんじゃない」

「自分ならいいんじゃないの?」

「あんたって、自信家ねー。良いところばかりじゃないでしょ? 悪いところも見させられてる気になるから、嫌なんじゃない。それに、人は自分の悪いところに目が行きがちだし」

「……そうかもしれない。しかし、よく見てるな」

「仲良いからね」

「そうか。おまえは二人とも苦手じゃないんだな」

「まあね」

「似てるのに?」

「似てるかな?」

「そりゃ似てるよ」

「ふーん」

「玖梨子だけじゃない。みんな、それぞれに似てるよ」

「えー、そうなの? じゃあ、私と瀬場さんも似てるの?」

「似てるよ」

「えー! ヤダー!」


 そしてひとしきり、二人で笑った。


「じゃあ、みんなのことはよろしくな」

「言われなくても」


 それからオレたちは黙ったまま、いつまでも沈まない夕日を眺めた。




 陽光が海面に反射する中、オレのクルーズ船が波止場に止まっている。家の者総出で乗船の準備だ。その最中、オレは瑠璃を手招きした。


「瑠璃、ちょっと来てくださらない?」

「はい、クリスティーヌ様。今すぐ」

 やってきた瑠璃を物陰に連れて行く。

「あの、さ」


 小声で呟く。


「はい」

「もう、二時会来てもいいぞ」

「え?」

「あぁ、電撃のことは大丈夫だ。その……全元様もこの海辺の街までは目が届かない……届きにくい……はずだ。とにかく、大丈夫なんだ」

「は、はい……」


 瑠璃は警戒するように空を見上げた後、再び視線をオレに戻した。


「気づいてたんだろ? オレのこと。いつものクリスティーヌじゃない、って。だから、二時会に来なかったんだろ?」


 サッチャーと瑠璃は似ている。二人とも繊細だ。他人が気づかないことにも気づいてしまう。サッチャーは多分オレのことに気づいていた。だったら、瑠璃も気づいていた可能性は高い。二時会に姿を現さなかったのは、そんなところだろう。


「オレ……?」


 瑠璃は最初訝しそうにしていたが、すぐに合点がいったようだった。


「でも、今日で最後だから。……多分」

「やっぱり……、あなたは……、クリちゃんじゃなかったのね?」

「あぁ。オレは、とある理由で、この世界に来たんだ。まぁ……、俄かには信じられる話じゃないとは思うけど」

「ううん。信じるわ。だって、最近のクリちゃん、なんだか人が変わったように変な人になっちゃったんだもの」


 割とシンプルにパンチ効いたこと言う美少女である。


 次のループの時、もうオレはいない。それに、このループでは瑠璃は本物の玖梨子に会うことはできない(オレが体を乗っ取っているからな)。ループが終われば、記憶はリセットされる。だから、オレの正体なんか明かさなくてもいいんだけど……、こういうのはけじめだ。


 いやごめん、ウソついた。本当は単純に瑠璃と()()とで、一言でいいから、話したかっただけだ。


「本物のクリちゃんは、今、どこにいるの?」

「あいつは、夢の中にいる。……いや、今こうしているところを見てるかな?」

「どういうこと?」

「オレの中にいるんだ。いや、オレが玖梨子の中に入っちゃったんだ。あいつとは夢の中でだけ会えた」

「あいつ、だって。なんか、クリちゃんと、夢の中で仲良くやってたみたいね」


 そんなことないよ!という玖梨子の声が聞こえたような気がした。


「あぁ。仲良くやってたぜ」

「いいなぁ。その中に私も入りたかった」

「え?」

「でも、最後にこうしてあなたと話せて良かった」

「オレと?」

「うん。なんだか、怖がって損しちゃった」

「なんで? だってオレ、成り行きとはいえ玖梨子の体乗っ取っちゃって、瑠璃から玖梨子奪っちゃって……」

「だって、あなた、とっても面白いんだもの」


 正直、踊り出したいくらい嬉しくはあった。オレ、踊れないけど。ただ、


「なんで……そんなことわかんの? 今、ちょっとしか話してないじゃん」

「わかるの」

「あんなんでわかんの?」

「そういうものなの。男の子って、ホーント、鈍いよね。……あ! 念のため聞くけど、あなた、男の子よね?」

「さあね」

「もう! 意地悪なんだから」


 思わず笑ってしまった。もちろん、ちょっと怒った瑠璃も可愛かった。


「ごめん。オレの方こそ、最後に話せて嬉しかった。じゃ……、なんていうか……、まぁ……、そういうことで」


 残念ながら、最後に気の利いたセリフは出てこなかった。


「うん。またね」


 ……次はねぇけどな。ないことを祈るような、祈らないような、って感じだけど。オレは船に戻ろうとしたが、最後に振り返った。


「あのさ、本当はオレ、瑠璃のこと……」


 ん?という感じで、瑠璃は小首を傾げた。その仕草、表情は『主役少女』として、決まりすぎるきらいがあるほど決まっていた。なんだか、それで十分だった。


「なんでもない。またな」

「うん、またね」


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