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革命の悪役令嬢クリスティーヌ  作者: 涼紀龍太朗
もういっちょ編
37/38

うそつき

「ちょっと、キャサリン」

「はい。なんでございましょう」


 今夜の晩餐のため、テーブルを整えているキャサリンを手招きして廊下の隅まで呼び出し、小声で要件を告げた。


「今日の二時会のことなんだけどね、蘭太郎さんは……」

「あー、はいはい。お声がけすればいいのね」


 と、キャサリンも小声で応じ、まだバルコニーで黄昏てる南方寺蘭太郎こと、南十字蘭丸こと、王子の元へ行こうとした。


「ちょちょちょちょちょー! 待てェーい!」


 キャサリンの二の腕(太め)を掴み、強引に引き戻す。


「何何何ぃ? もおー、ちょっと痛いじゃない」

「待て待て待て」


 全元を二時会に呼んでどうする。電撃喰らいたいのか。


 しかし当然、みんな南方寺蘭太郎が南十字蘭丸王子であることは知らない。ましてや王子様が全元様であることなど、知る由もない。更には、自分たちに電撃を落としてきた魔法使いがトニーであることを知るはずもない。


 でも実は、次の二時会で諸々本当のことを話そうかとも思っていた。どうせループが終われば全員記憶がリセットされるのだし、その方が今後の動きが楽だ。


 そのことを念のためトニーに打ち明けたところ、「僕、袋叩きにされるじゃないですか」と言われた。そりゃそうだ。これまで散々電撃を落としてきたトニーである。怒られない方が不自然というものだ。


 ただ、「袋叩きにされそうになったら電撃で返り討ちにすればいいじゃないか」と少し粘ってみたが、「そういう問題じゃありません」と言われてしまった。どういう問題なのか今一つよくわからなかったが、嫌がっているものを無理強いする必要はないだろう、ということで結局断念した。


 だからキャサリンは事情を知らない。


「え? だって、あのイケメン呼びたいんでしょ?」

「いや、呼びたくなくはないけど、」


 もちろん嘘である。一つも呼びたくない。


「今日のところは、こっちに来て初日だし、身内だけで楽しみましょう」

「まぁ、クリちゃんがそれでいいならいいけどね」


 そう言いつつ、めちゃめちゃ不満顔である。むしろ、あのイケメン王子と一緒に飲みたがっていたのは、キャサリンの方だったのだろう。


「よその家の人たちと二時会で飲めるなんて、なかなかない機会だからね。楽しみにしてたんだけど、それはまぁ明日でいっかぁ。楽しみは後に取っとくもんだしね」


 さすがキャサリン。大人の余裕と懐の広さを感じる。でも、イケメンと飲みたい、という本心は最後まで言葉では明かすことはなかった。顔では明かしたが。




 その夜。


「くあーっ! この一杯のために生きてる、って感じだな!」


 セバスがビールを一気に飲み干し、いつものセリフを吐いて二時会は始まった。


 いつものお屋敷ではないにせよ、「蘭太郎さんや南方寺家のお付きの人たちを起こしちゃいけない」という口実で(本当は全元にバレたら大変だから)、いつもより静かだったにせよ、いつものように二時会は行われた。


 セバスはいつものようにクダを巻き、トニーはいつものようにいるのかいないのかわからず、アームストロングはいつものようにノリが軽く、キャサリンとサッチャーはいつものように()()()()()()()に興じた。


 オレもいつものように過ごした。最後の夜は普通に過ごした。いや、最後の夜だからこそ、普通に、いつものように過ごしたかった。キャサリンはよその家の人たちと飲みたいと言ったが、気持ちはわかるものの、オレとしては、最後の夜は気心の知れた身内だけで話すことができて良かったと思う。やはり、これで正解だったのだ。


 いつものように笑っていると、オレの脇腹をつつく者がある。振り向くと、サッチャーであった。


「ねぇ、」

「ん?」

「なんで、今日、そんなに悲しそうなの?」

「え……?」


 オレはずっと笑っていた。セバスのアホな愚痴に笑い、キャサリンとサッチャーの毒を含んだ世間話に笑い、トニーの存在感のなさに笑い、アームストロングの独特の軽いノリに笑った。いつものように、いや、いつも以上に、最後の二時会をしゃぶるように楽しんでいた。それなのにサッチャーは……。


 突然、ガバとサッチャーが抱きついてきた。


「もー、サッチャーったらあ! 私のワイン飲んだのお?」


 その様子を見て、キャサリンは笑った。しかし、サッチャーはオレの耳元で言った。


「どこにも行かないよね」

「あ、あぁ……。どこにも行かないよ。行くわけないし、行けるわけないじゃん」


 真実だとも言えるし、嘘だとも言える。


 サッチャーはオレの首に手を回したまま、真正面からオレの目を見た。近い。


「……うそつき」

「え?」

「瑠璃と話したいんでしょ?」

「あ、まぁ……」


 話があっちこっちに飛ぶ。ホントにキャサリンのワイン飲んだんじゃないか? そしてその瑠璃は、今日も二時会には来ていない。


「私、あの子苦手なんだよね」


 サッチャーはそんなことを言った。


「……そうだったの?」


 サッチャーは頷いた。


「なんで?」

「私に似てるから」


 結局、瑠璃は最後まで二時会に来なかった。




「ああいう子の方が、案外動物的なのかもしれないですね」


 サッチャーに抱きつかれた時の話をトニーにしたら、そんな答えが返ってきた。二時会の後、オレはトニーを自室に呼んで、最後の打合せ、確認をした。


 オレとしては、サッチャーがトニーと同じく魔法使いの類ではないのかと訝って聞いたのだが、トニーの見解としてはそうではないらしかった


「まぁ確かに、ああいう普段何を考えているのかわからない、感情があるのかないのかわからないような子の方が、全体を冷徹な目で見ているのかもしれないな」


 よく考えたら動物は冷静である。冷静に見える。表情筋がないからな。


「それにしてもおまえ、いつも二時会に参加してるよな」

「えぇ。まぁ」

「なぜ今まで電撃を落とさなかったんだ?」

「え?」

「二時会って、それぞれの登場人物が役を逸脱する場だろう? その現場を、参加しているおまえは見ている。なぜ、役から逸脱した者に罰を与えるおまえが、その現場を見てるのに罰しない? 変ではないか」

「あぁ。それはガス抜きですよ」

「……なるほどな。案外つまらん理由だな」

「一回大変なことになったんですよ」

「大変?」

「暴動が起きたんですよ」

「暴動!」

「みんな無理矢理違う自我を持たされてるようなもんですからね。もうヤダーッ!って、それぞれの家で同時多発的に暴動が起きて。ま、軍が出てなんとか収めたんですが、逆に軍が同じ理由で蜂起したらもっと大変なことになりますからね」

「それはそうだ。クーデターだからな」

「だから、全元様は二時会というものを屋敷の者に提案するよう、僕に命じて、ガス抜きをさせるようにしたんです」

「何! じゃあ、全元は二時会のことを知ってるのか?」

「ええ。ご存じですよ」


 当り前だろう?と言わんばかりである。そりゃそうだ。むしろ発起人なのだから。とはいえ、オレは反射的に全元である王子の寝室の方を振り向いてしまった。多分あっちだ。


「大丈夫ですよ。だって、知ってるんだから」

「そうか……。そりゃ、そうだな……」

「公認の無礼講なんですよ」

「ふむ……。そうか……。全元は、二時会には参加することはないのか?」

「あるわけないじゃないですか。全元様に隠れて騒ぐのが二時会なんだから」


 と言って、トニーは笑った。


「そうか……」

「どうしました?」

「いや、なんでもない」


 この世界で二時会に参加できないのは、王子だけなのか。


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