礼など言わんからな
「面白そうだったから、続けさせたんですよ。あなたが納得いかない、って言った時、そういえばこんな展開は初めてだな、と思って、そういうのも面白そうだなぁ、って。こういうのが、キャラクターが勝手に動き出す、ってやつかなぁ、って思ったら、なんだかワクワクしちゃいました。作者の手のひらから外れて行動する! すごい! こんなこと、本当にあるんだ! そう思ったんです。でも……、残念ながら失敗ですね。こんなつまんない終わり方なんて、ガッカリです。だから、終わらせるんですよ。そして、本来の物語が辿るべき終わりでなくとも、またはじめに戻って繰り返すんです。……そのことは、ご存知なかったようですね」
王子は薄ら笑いを浮かべた。そんな笑いでも決まってしまうところが、かえって癪に触る。
「と、いうわけで。ここでエンドです。あ、瑠璃、」
王子は瑠璃を振り向いた。瑠璃は、青ざめていた。部屋の中は寒くもないのに、唇が震えている。
「また、次でも一緒になろうね」
そして、王子はオレに向き直って言った。
「と、いうわけでぇ……」
やばい!
「トニー!」
「は……、はい!」
「記憶回復液を吐き出させるな!」
「はい。終ー了ー」
そう言って王子は、手を一回叩いた。甲高い音が、ホールに響いた。
◆ ◆ ◆
「カモン大統領!」
オレはかけ声一発、鼻の息を止め、カップを口元に運び、ヘドラを液状化したような不気味ドリンクを一気に飲み干した。
「熱ッつい!」
もちろん不味かった。しかし、それ以上に熱かった。熱さが喉を通り、食道、胃の腑へと溜まっていくのがわかる。
次の瞬間であった。
頭の中に様々なイメージが一気に駆け巡った。それは、次から次へと、というような連続的なものではない。一気に、この世界そのものとでもいうべきものの中に、取り込まれたような感覚だ。
「……クリスティーヌ様、どう……なされましたか……?」
翁がそう戸惑ったのも無理はない。なぜならオレは、とめどなく涙を流していたのだから。
「お不味うござ」
「不味い」
今度は逆にオレが食い気味に答えてやった。
それにしてもそうか……、そういうことだったのか……明凜……。
「翁……、セバスティアンと言ったか」
「はい! お嬢様、御記憶が戻られたのですね!」
「うむ。すっかりな。それにしても驚くべきは呪術だ。バカにできぬものだな……。気に入ったぞ。このドリンクの作り方を知りたい。どのように作った?」
「おい、トニー」
セバスティアンとやらは、いつの間にか横にいたやせぎすの男に声をかけた。こんな奴いたっけ?
「はい。ヤモリとイモリを乾燥させ、トカゲとカエルを煮込みます。それらに四十八のキノコ類を混ぜた上、百八種類の薬草で包んで燻し……」
胃の底から急激に胸へと暖かいものが遡って来た。なんとか抑えようとしたが叶わなかった。オレがベッド脇に跪いているセバスに、頭から粗相をしそうになる、その寸前だった。
「クリスティーヌ様!」
トニーが飛びかかってきた。うぬ! 狼藉か! そう思うが早いか、トニーは無礼にもオレの口を塞いだ。塞がれたことによって、一旦口の中まで上がってきて外界に出ようとしたヘドラがその行き場を失い、当然の帰結として元来た道を帰っていった。
「ご記憶が戻ったようで、何よりです」
「礼など言わんからな」
オレの部屋の雑巾がけをしながら、したり顔で言ったトニーに対し、ベッドに寝っ転がったままビシッと言ってやった。
「えー、そんな……」
せっかく言われた通りにやったのに。トニーは明らかにそんな言葉をこぼしたのだろうが、声が小さすぎて聞こえなかった。
確かに物語が失敗として終わる時、オレがヘドラドリンクを吐き出しそうになったらそれを止めろ、とトニーに言った。
しかしそれは、セバスがドリンクの原材料を言うのを止めろ、という意味だった。もっと言ってしまえば、オレが原材料を尋ねるのを止めて欲しかった。つまり、オレに原材料を知らせるな、ということを言ったつもりだったのだ。
少なくとも、ああいう形では止めて欲しくなかった。止め方としては最下位である。これ以下はない。
しかしおかげで、こうして前回のループの記憶はある。その意味で、ちゃんと感謝はしている。しかし礼は言わない。断じてな!
「まぁ、とにかく、ここまでは計画通りだ。こうして再び物語を始めることができた。しかも、今度はちゃんと記憶もある上、この世界の全体像も掴んでいる」
だけど……やっぱり飲まなきゃ良かったかな、とも思う。前回のループの時に飲んだのと違い、今回は前回のループの最後までの記憶がある。そこでわかったことと、この世界の理がわかったことで、初めてわかったことがある。計画通りか……。我ながら強がりのペテンである。
「ところで、何でこの世界がループしてることがわかったんですか? 僕、言ってないですよね?」
「もちろん、おまえは言ってない。ただ、おまえに教えてもらったようなものだ」
「え……?」
トニーの掃除をする手が止まる。
「おまえ、タコ怪獣退治した時、オレに向かって「今度のクリスティーヌ様」って言ったんだよ。覚えてるか?」
「……言いましたっけ?」
トニーはそう言いつつも、やっちまった、という顔をした。
「今度の、と言うからには、つまりは何度もクリスティーヌを見てるということだ。元々、この世界の終わりについて幾つか仮説を立てていたんだが、その中の一つにループがあった。マンガだからな。最後まで読んだら最初から読み直すだろ? そういうマンガのシステムを考えると、そういう仮説は当然出てくる。その仮説に確信を持たせてくれたのがおまえの発言だった、ってわけさ」
「なるほど……。で、そのことはわかっていたけど、僕には言わなかった、ってわけですか。なかなかのタヌキですね。いや、見た目はキツネっぽいですが」
「本質はマナティなのだがな」
「ご冗談を」
いや、玖梨子の本質は本当にそうなのだが。
「でも、おまえも教えてくれなかったじゃないか」
「え? ま、まぁ……」
「次のループではオレにコキ使われたくなかったからだろ?」
「それもありますが、さすがにそこまで言っちゃマズいかなって……」
「全元様の堪忍袋の緒が切れると思ったか」
「それ言っちゃうと、さすがに許してくれなさそうですからね。あ、でも、それを言うなら、クリスティーヌ様もよく僕を信用してくれましたね。僕が記憶回復液を吐き出させなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「記憶がないからどうもしねぇよ」
「まぁ、そりゃそうですが……。そうなった場合のことは考えなかったんですか?」
「全然」
「え? なんでですか?」
「おまえ、夢があるって言ってたろ?」
「はぁ……、まぁ……」
「本気で違う景色が見たいのなら、オレが必要だろ? そして、今回のことでおまえが本気だったことがわかった」
「敵わないなぁ……」
トニーは背を向けて、再びテーブルを拭きはじめた。
「あ。でも、よく考えたら、」
トニーは振り向き、話しかけた。




