失敗
「ええ。想い人のためならば、国など売る覚悟でございます」
オレは瑠璃を見た。見てるか?玖梨子。
「見上げた心意気です」
王子はオレの言う「想い人」を自分と勘違いしてるだろうか。
「但し、単に我が国を王国の一部に戻す、というのではありません」
「と、申しますと?」
「王国の制度に我が国の制度を採用していただきとうございます」
心なしか、王子の顔が気色ばんだように見えた。
「我が国が、この短期間で発展を遂げたのは、自由な国だからです。交通、経済、階級、全てから解放された自由の国だからです。自由は適切な競争を生み、努力を生み、発展を生みます。王や貴族など、階級にこだわらず、力のある者はその力の分だけ栄えることができるのです。努力と成果が比例する。それこそが我が国を、そちらの国よりも魅力的たらしめている原動力なのです。階級に縛られない自由こそが、多くの人が我が国を選ぶようになった理由なのです。国はそちらに委ねます。しかし、制度は我々のものを使ってください」
「そうすれば……、あなたは『納得する』のですね?」
「はい。そして、私は……そんな自由な国で、瑠璃が……、そして蘭丸様が、共に幸せであることを願っているのです」
「……あなたの『幸せ』は?」
「お二人の幸せこそが、私の願い、そしてそんなお二人と同じ国で暮らすことが、私の幸せであります」
オレは瑠璃を見た。瑠璃もオレを見た。オレが瑠璃を見つめた想いと、瑠璃がオレを見つめた思いはすれ違っているだろう。瑠璃はオレを通して玖梨子を見ているはずだ。
いや、明凜の向こうにいる瑠璃、と言った方が正確か。オレの後ろの玖梨子が瑠璃を見ているように。それとも、おまえも玖梨子を見ているのか?明凜。
オレは……どうだろう? 一度は瑠璃を外の世界へ連れ出そうとも思ったオレだ。まだ瑠璃への未練はあるだろうか。それは自分でもわからない。瑠璃を見ると、やはり思う。あぁ、綺麗だなぁ、と。これがおまえの理想形なのか?明凜。でも、おまえだって、十分綺麗だ。兄の贔屓目なんかじゃない。と思う。
でも、もう今は、瑠璃を外の世界へ連れ出そうだなんて思っちゃいない。瑠璃は玖梨子といるべきだ。そして明凜はオレと帰るべきだ。人にはそれぞれ、いるべき場所がある。
瑠璃は、一歩踏み出し、オレに歩み寄ろうとした。オレも瑠璃へと、一歩足を踏み出した。オレのつもりとしては、玖梨子として踏み出した。オレは玖梨子の代わりでもある。そして、もちろん、オレとしても、踏み出した。
そして一歩、一歩と歩みより、もうすぐそこまで、という距離に届いた。
しかし、王子が瑠璃の手首を掴んだ。
「蘭丸様……?」
「下がっていなさい」
「え……! でも……」
何かを言いかけた瑠璃の言葉を遮るように、王子はオレに声をかけた。
「クリスティーヌ殿、」
「はい」
「残念ながら、今のお話は承服できません」
自分でも、自分の右眉が「ピクッ」と動くのがわかった。
「それは……なぜでしょうか?」
「階級こそが絶対だからです」
「……どういうことでしょう?」
「高貴な者を中心に、その周りを下賤の者が固める。人の世の在り方として、この円形ほど美しく、自然なものはないと思います。この私を中心とした、この美しい円形を維持すること。それこそが、私の使命であると」
ぶ……、ぶっちゃけたあー! すげえよ、この王子様。言い切った。
「従いまして、残念ながらあなたのご提案を受け入れることはできません。戦争は終わらせます。あなた方の国と我々の国を統一します。そして、我々南十字家を中心とした王政は維持します。それが、私の答えです」
こいつ……、なんの妥協もしてねぇじゃねーか! いけしゃあしゃあと、この野郎……! 計画通りに事は進んでいるとはいえ、さすがに頭に来た。
「し、しかし……、それでは私は納得できません!」
「じゃあ、今回は失敗です」
「え?」
「今回は失敗したんですよ、クリスティーヌ殿。今回はここまでとします」
「え? それは……、一体、どういう……」
王子はオレの様子を観察するように見つめた。何を思う? オレのどこを見てやがる? 南十字蘭丸!
「ひょっとして……ご存知でしたか?」
「え……?」
オレは、ポーカーが苦手だ。王子は言った。
「これは意外だ! 繰り返された世界では、それまでの記憶は消される」
繰り返される世界……? こいつも知ってるのか? だとしたら、まさか……オレは間違えたのか?
「だからみんな、同じことを繰り返しているとは知らないはずなのに。……そこの殿垣内を除いて」
王子はトニーをちらッと見遣った。
「え?」
オレもトニーを振り向いた。トニーは蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。汗がトニーの顔をヌラヌラと光らせている。ガマガエルみてぇだな、と思った。そこじゃない。なぜ王子が殿垣内の事を知っている……? それに、トニーのこのうろたえよう……。そうか、こいつが……、王子が全元だったのか!
「そしてあなたも例外の存在になっていた。この世界は……この物語は、終わると最初に戻って、また最初から繰り返されます。そのことは誰も知らないはず。彼から聞きましたか?」
「いえ! 王子様! 私はそこまでは……」
「今更嘘など見苦しいぞ、殿垣内」
王子がトニーを睨む。
「嘘ではありません!」
「そうです。彼は嘘などついておりませぬ。実際、私はトニーからはそのような話は聞いておりません」
「クリスティーヌ様……!」
トニーが驚いた顔でオレを見る。だが、別にトニーを庇おうと思ったわけではない。実際、オレがループを看破したのはトニーから聞いたわけではないのだから。ただ単に、オレは違うものは違うと言いたかっただけだ。
「なるほど……。信じましょう。ただ彼は、ちょっとイレギュラーな存在ですからね。僕が疑うのも無理はないでしょう? でも、だから、お側に仕えさせているんですよね、クリスティーヌ殿? そして、上手い具合に丸め込んで、この戦況を作り出した……。なんだか、今回のクリスティーヌ殿はすごいなぁ。……まるで今までとは別人のようだ」
こいつ……、オレの正体に……、オレがクリスティーヌじゃないことに気付いているのか? こいつが全元なら、あり得る。
「私のことなど、どうでもよろしいです。今回は失敗、って……、どういうことですか?」
「あなた、僕らが結婚したことに納得がいかなくて、こうして物語の続きを生きてきたんですよね? 自分が納得すれば、みんなが幸せになって、エンディングを迎えることができる、と。でも、あなたの納得は、到底僕が納得できるものではなかった。今のままでは全員が幸せってわけにはならない。だって、僕が納得いってないんだから。だから、ここで打ち切りです」
「打ち切りって……。でも、あなたも納得いっていないのでしたら、この物語はいつまでも終わらないんじゃなくて?」
「いえ、終わります。ここで終わりにします。あ、物語の終わりって、上手くいかなくても終わる時は終わるんですよ。それはさっきも言ったように、失敗、という形で」
「じゃあ、なぜ、あの時、あの舞踏会の時に終わらなかったのですか?」
「面白そうだったからです」
「……え?」




