正義なら何をやってもいいのか?
「死体を見たのは初めてですか?」
向かいに座ったトニーがオレに問いかける。
横倒しになった馬車を、オレも含め残った人員総出でなんとか元に戻し、停戦調停への道を急いだ。馬も数頭やられたが、護衛の兵士が減った分の馬を馬車へあてがった。兵士は半分以上死んだ。ちなみに相手の兵士は全滅である。そのほとんどを仕留めたのはトニーだ。
「……あんなに多くはな」
ついでに言ってしまうと、殺された死体を見るのも初めてだった。しかし、あそこにあった死体の山は今回の襲撃によるものだけではないはずだ。敵も味方も数が合わない。
「そのうち慣れますよ」
「……。予定よりも合流が早かったな。おかげで助かったが……」
「あぁ、クリスティーヌ様暗殺計画を阻止しなくちゃいけなかったですからね」
「暗殺計画……? 全く。呆れたものだな。王国は自分の兵士の管理もできてないのか」
「いやいや、管理できているからこその実行でしょう」
「……どういうことだ?」
「暗殺計画というからには、王子の命令で動いたんですよ」
「何! どういうことだ? これから調停交渉だというのに、オレを暗殺だと?」
「クリスティーヌ様、オレって言っちゃってます」
「あ、あぁ……。しかし、なぜ……?」
「やだなぁ。そんなもの、わかりきったことじゃないですか」
「……どういうことだ?」
「調停交渉はもちろんするつもりではあるんでしょう。けど、あわよくばクリスティーヌ様を道中で除いちゃえば儲けもんじゃないですか」
「……なんだそれは? 正義の国ではなかったのか!」
「正義ってのは、名乗ったもん勝ちですよ」
「なっ……!」
あまりのことに言葉も出なかったが、まぁ、確かにその通りだ。オレは一つ息を吐き、冷静になろうと努めた。
「そうだったな……」
「しかも向こうはお墨付きの正義ですからね」
「正義なら何をやってもいいのか?」
「そりゃ正義ですからね。何やってもいいんですよ」
まぁ、確かにその通りだ。オレはもう一つ息を吐いた。
その後も王子の城に着くまで、何度かゲリラ攻撃を受けた。
しかし、その度ごとにトニーが電撃で撃退した。三度目までは恐怖や憤りに苛まれていたが、それ以後は徐々にそういった感情も薄れ、襲撃も二桁を数えるようになると特に何も感じなくなった。
「クリスティーヌ様、到着しました」
護衛の兵士からの言葉で馬車を出ると、真っ白な城がそびえていた。
鉛筆のような塔がいくつも連なる、三角形のフォルムはあの時のままだ。その白さもあの時のまま。まるで、自分たちこそが絶対の正義である、と誇示しているかのような純白である。
前回は屋敷の皆で来たが、今回はトニー一人である。そういや、随行するのがトニーだけと知った時、みんな憤慨してたっけ。なんでも、瑠璃に会いたいのだそうだ。ま、そりゃそうか。もう何か月も会ってないのだから。
ただ、今回はあまりに危険なので、置いてきて良かった。それは来る前からそう思っていたが、この道中を振り返ると、余計にその思いは強くならざるを得ない。
「いよいよですね」
オレの後ろからトニーが声をかけた。
いよいよだ。城を見上げた。
「行きますわよ」
果たし合いの如く、そう一言発し、護衛の兵を伴い、城内へと入っていった。
城へ入ると、舞踏会が催された大広間へと案内された。ここまでの道中、散々暗殺を仕掛けられてきた。その本丸なので、どこで何が仕込まれているかわからない。それはトニーも察しているようで、オレの側にピッタリと寄り添っている。若干キモいが、今は許そう。
大扉の前まで来ると、向こうの従者の一番偉そうな奴に、
「ここから先は共和国大統領と、お付きの方、お二人だけでお願い致します」
と言われた。
「いやしかし、」
「構わない」
護衛の長の者が意見しようとしたが、オレはそれを制した。
大きな扉がゆっくりと開かれる。中には誰もいない。
「しばし、お待ちください」
向こうの従者がそう言って下がり、だだっ広い部屋の中、トニーと二人だけになった。心なしか、トニーが青ざめているように見える。無理もないだろう。元の主に敵として会わなければならないのだから。平気でいられるほどのあつかましさを持ち合わせてもらっていた方が心強かったが。
それにしても、あの舞踏会の時と同じ部屋なのだが、随分と殺風景に見える。今はあの時の華やかさは影を潜めている。国中の貴族が集まり、花と咲いた舞踏会。方や、悪役令嬢とそのお付きである存在感のない執事が訪れた停戦交渉。違いは明白すぎる。
「いやあ、お待たせして済まないね」
王子の声が響いた。見上げると大階段の上、南十字蘭丸王子、そしてその妃となった瑠璃がいた。王子と瑠璃が現れただけで、この大広間に華やかさが戻った。
いや、本来あるべきところに収まった二人が現れたことで、あの時よりも華やかさは増したくらいだ。とても二人だけとは思えない。いや、我々も含めると四人だが、残念ながら我々なぞいないも同然である。
二人は大階段を降りてきた。まるで、天上から降りてきた、とでもいった風情だ。停戦交渉を申し出ておいて暗殺を仕掛けたとは到底思えないほどの屈託のなさである。逆に清々しい。
そしてたっぷりと時間をかけて我々の元に降り立った。しかしこうして我々と同じ地平に立つと、逆に「格の違い」ってやつが際立ってしまった。なんなら階段の上にいて欲しかった。
「早速なんだが、今日、ご足労願ったのは他でもない。そろそろこの戦争を終わらせたくてね」
例の良い声で王子が切り出した。そちらが侵攻してきたくせに、まるでこちらが悪いかのような言い草だ。まぁ、こちらが刺激したのではあるが。
「それは良いご提案だと思いますわ。私共と致しましても、そろそろ頃合いだと思っておりましたの」
「そういった意味では、我々は気が合うねぇ」
「仰る通りですわ」
なぁーにが「気が合う」だ。その気が合う人間を暗殺しようとしてたくせに、どの口が言うか。そもそも、気が合ったら武力衝突などしない。まぁ、それは言わないでおいてやる。
「しかし、やめると申しましても、ただ争いをやめて元通り、というわけにはいかないと思います」
「確かに」
「そちらが我が国領土へ侵攻してきたのにも、」
そこは言ってやった。ハッキリさせておかんとな。
「それなりの理由があると思いますので。その理由が詳らかになれば、なんらかの妥協点が見い出されるかもしれません」
「その通りだと思います」
「そして、邪推ではありますが、そちらが侵攻してきたその理由。それは、そちらからの我が国への人の流れが、問題だったのでは? あまりにも人が出て行ってしまうので、労働力の減少、雇用の質、そして量の低下、それらを原因とする経済力の地盤沈下が起こり、国力が大きく傾いた、というのが背景ではないでしょうか」
「いや、全く耳が痛い……。もちろん、それだけが理由ではないのですが……」
チラッと王子はオレの目を見た。事の発端は我々が王国をつついたことである、と暗に非難しているのだろう。それはまぁ、その通りだ。
「隠さず申しましょう。その通りです」
あ、認めた。向こうも腹を割ってきたか。よし。順調だ。では計画通り、事を進めるとしよう。
「で、あれば、我が国を王国に編入されてはいかがでしょうか?」
「な……! 仰っていることがどういう意味か、おわかりになっているのですか?」
これにはさすがの王子も驚きを隠せなかった。
「ええ」
「あなたが今仰ったことは、それはつまり、国を売る、ということですよ?」




