違う景色を見たくはないのか?
「なんで、この世界の理がわからないんだよ……!」
「知りませんよ。そもそも、元々、そんな効能ありませんもん」
いつもの、お気に入りの海辺のカフェは見違えるほど綺麗になり、二階建てにもなった。その二階の一番端、海側の部屋はオレ専用のVIPルームとなっている。そこにトニーを呼んだ。
そしてトニーが作った、あのヘドラドリンクリターンズを飲んだ(もう一度飲んだオレを誉めて欲しい)。そして……この世界の理の記憶を取り戻すことはなかった。
「なんでだよ!」
「だから知りません、って」
これぞ押し問答。しかし、押し問答したくもなるのが人情ってもんだ。最短で元の世界へ明凜を連れて帰れる計画が台無しになった。
「うーん……、でも多分、材料が微妙に違ったのかもわかりませんねぇ」
「おお! なんだよそれ! 早く言えよ! つーか、なんで変えたんだよ! で、なんだ? その微妙に違った材料ってのは? それ入れりゃ、この世界の理がわかるようになんだろ?」
「あ、無理です」
「へ……?」
「ジャノヒゲがなかったので、竜のたてがみを代わりに入れてみたんですよ。多分、それが原因だったのかな、って。でも、竜って、次に現れるのは三十年後とかになっちゃうので……。それまで待ちます?」
「いや……無理。つーか、この世界、竜いるの?」
「いますよ」
「普通に言ってくれたね」
さすがおとぎ話的マンガ。容赦がない。
「だから、無理です」
「あああああぁぁぁー!」
オレは頭をかきむしった。それくらいは許して欲しい。でも、実に悪役令嬢らしくはある。そうかあ、竜かあ……。そりゃ世界の理もわかるわなぁ。
「あーもー、なんか嫌になっちゃったなぁー……」
「残念でしたね」
「あ……!」
「なんです?」
「おまえ、このマンガの世界からの出方、わかるだろ?」
「いや、わかんないです」
「嘘つけ」
「嘘じゃないですよ」
「だっておまえ、魔法使いだろ?」
「魔法使いだって知らないことは知らないんです。僕だってこの世界の住人ですよ。かなりイレギュラーな存在って自覚はありますが。この世界の理なんて大それたもん、知らないですよ。それに、この世界からの出方知ってたら、僕がとっくに出てますよ」
「なんだよもー、使えねーなー!」
「すみませんね」
腹立つわぁ。こいつ、マジ腹立つわぁ。いや、別にこいつ、全然悪くないけど。でも、腹立つわぁ。そんな風にしてトニーの面を眺めてたら、ふいに、なんとなく、ツラツラ思っていたことが口をついて出た。
「ところでおまえさぁ、……なんで、オレの側へ着いたの?」
「え?」
「全元を裏切ってまで、なんでオレの味方したの?」
「あー……、それは……」
トニーの視線が泳ぐ。
「どした?」
「言わなきゃダメですか?」
「できれば聞きたい」
「そうですか……」
トニーは一度天井を見て、テーブルの上の紅茶に視線を注ぎ、そのカップを手に取って喉を湿らせてから、言った。
「夢があるからです」
オレはトニーの頭の先から、テーブルの上に見えている上半身を上から下まで二往復くらい見た。そして出た言葉は次のようなものだった。
「……はぁ?」
「僕にも、夢があるんです」
なんかちょっと面白くなってきた。
「あ、そう……。何だ? 言ってみろ。叶えられるものなら叶えてやる」
「……違う景色が見たいんです」
「わかった。見せてやる」
「随分と簡単に言いますね」
「こういうのは売り言葉に買い言葉だ」
「相手を前にして言いますか」
「後で何とかすれば良い」
違う景色が何なのか、わかったところで見せられるのか、もちろん、まるで確証はない。
「期待しています」
半笑いで言いやがった。なんだかムカついてきた。
「それで、記憶回復液以外にも話あったんですよね、今日。なんですか?」
「あぁ。実は、折り入って頼みがあるんだ」
「改まって、なんだか怖いな……」
「かなり危険な頼みになってしまうが、まぁ、おまえなら問題ないだろう」
「まぁ、多分問題ないといえばそうなのですが、もうちょっと気を使ってもらえると嬉しいです」
「まぁそう言うな。オレだって似たような状況になるだろうからな」
「勝ち目はないんですか?」
「正直今回、勝ち負けはどうでもいい。どうでもいい、ということを知ってしまったからな」
「そう……なのですか」
トニーは今ひとつ要領を得ない顔をした。その薄ぼんやりとした表情は、ただでさえ存在感の薄い顔を半透明にしてしまいそうだった。ちょっとしたホラーである。
「ただ、そうは言っても全うせねばならん。現在の状況だが……、国境の山脈を挟んで、我が共和国と王国が武力衝突を始めてから三ヶ月が経った。戦果は想定以上と言っていいだろう。国境線は毎日変動しているが、市街地までは全く攻め込まれていない。しかし、王国が停戦交渉を提案してくるまでには、まだ足りない。もうひと押しが必要だ。で、頼みというのは、そのもう一押しのことだ」
「もう一押し?」
「おまえには前線に行ってもらう」
「え……! 前線……ですか……?」
「そうだ。敵の、それぞれの部隊の将官クラスがいそうなところに、電撃を喰らわせろ」
「え!」
「別に将官であることを確認する必要はない。それっぽい奴がいそうなところに落とせばよい。白兵戦しかないこの戦場では、飛び道具があればそれだけで脅威となる」
「さすがにそれは……」
「できないと?」
「電撃は、秩序を乱す者のみに落とすものです。敵とはいえ、彼らはこの作品世界の秩序を乱してはいません」
「では今すぐ自分自身に電撃を落とせ」
「え?」
「秩序を乱した者に喰らわせるのだろう? ならば、今のおまえは何だ?」
トニーはオレを睨むような、それでいてどこか憐れむような目で見た。なんかムカつく。
「なんなら、オレに落としてもいいぞ。今すぐ」
「……いえ」
オレはソファの背に深くもたれ、足を組んだ。
「全元には、オレに脅されたと言えばいい」
「あぁ、いや……」
責任を取り除いてやれば、大抵の人間はこちらの要求するよう動いてくれる。トニーの強張った顔の筋肉が和らいだように見えた。しかし決心には至っていないようだ。こちらも『もう一押し』が必要か。
「おまえの力がなければ、戦線は停滞したままだ。いつまでも戦争は終わらない」
逆に責任を与えてやるのだ。
「それは、まぁ……」
すると今度はその責任から逃れようとする。
「この戦争を終わらせることができるのはおまえだけだ」
逃れるためには行動するしかない。
「そう……かもしれません……」
しかし、今一つ反応は鈍い。こいつにとっては、戦争が続こうが終わろうが、さしたる問題はないのかもしれない。作戦を変えるか。
「違う景色を見たくはないのか?」
「え?」
「おまえにそれを見せる、その次のステージに進むためには、この戦争を終わらせなくてはならない。それができるのは、おまえ自身だ」
トニーは仰向き、天井の一点を凝視した。
「次のステージへの切符を、勝ち取れるのはおまえだけだ」
トニーは今度は下を向き、自分のカップを見つめた。
「頼まれてくれるか?」
トニーはカップを取り、口に運んで一気に飲み干し、カップを元のソーサーに置いた。
「わかりました」




